第76話 大切な時間・パンケーキ
「ああ、なんでもないよ」
冨岡はそう誤魔化してから、引き続き計算を教える。まだ五歳のフィーネだが小学一年生が学ぶ程度の計算は一度教えれば簡単にやってのけた。
二時間ほど教えたところでアメリアが百個分のハンバーグを形成し終え、トレイに並べてラップをし、冷蔵庫で寝かせる。
「さて、こちらは終わりました」
アメリアが冨岡に報告すると、二桁の足し算を解いているフィーネが立ち上がって笑顔を浮かべた。
「もう終わり?」
「その計算が終わったら晩御飯にしましょう」
「うー」
一音で不満を漏らすフィーネだったが、難なく答えを出し、今日の勉強は終了である。
「よく頑張ったね、フィーネちゃん」
「今度こそ終わり?」
「ああ、終わりだよ。じゃあ、一緒に晩御飯の準備をしようか」
冨岡は教科書を閉じて段ボールに片付けた。そのままアメリアに向かって、晩御飯の話をする。
「アメリアさん、晩御飯用の食材も買ってきてますからここで作っちゃいましょう。えっと、フライパンに油を引いて温めてもらえますか?」
「はい、ここを押すんですよね」
まだIHクッキングヒーターに慣れていないアメリアは恐る恐るボタンを押した。次第にじわじわとフライパンが温まり、油がジリジリと音を立てる。
「もう良さそうですね、じゃあこれを焼きましょう」
冨岡は冷蔵庫から準備していたパンケーキの生地を取り出し、おたまで掬った。
嗅覚の鋭いフィーネは鼻をすんすんと鳴らし、目を輝かせる。
「甘い匂い!」
「ははっ、さすがフィーネちゃんだね。そう、甘いパンケーキだよ。フィーネちゃん、焼いてみるかい?」
「え、いいの?」
嬉しそうに背伸びをするフィーネだが、アメリアが心配そうに問いかけた。
「フィーネにさせても大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。そこまで難しいこともないですし、俺の国では幼い子と一緒に作ることもあります。生地を乗せて、焼けたらひっくり返すだけですから」
これはフィーネが料理に興味を持つための作戦である。パンケーキであれば楽しみながら焼く工程を学べるだろう。
実際、ハンバーグを焼く手順と近しい。
「フィーネ、気をつけるんですよ」
アメリアは心配そうに言う。冨岡はフィーネ用の踏み台を準備して、おたまを手渡した。
「はい、どうぞ」
穏やかな時間。まるで三人家族のように寄り添いながらパンケーキを焼く。人によっては小さな幸せというかもしれない。または大きな幸せかもしれない。
冨岡にとって、アメリアにとって、フィーネにとってかけがえのない時間であることは確かだ。
何枚か形の崩れたパンケーキを経て、フィーネは綺麗なパンケーキを焼き上げる。全ての生地を焼き上げた後、冨岡がベーコンと卵を焼いて晩御飯の完成だ。
「朝御飯みたいになっちゃいましたね」
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