第53話 美味しい雲
するとメルルはフィーネのことも気に入ったのか明るい笑顔を向けた。
「君が選んでくれたんだね。いやぁ、見る目があるなぁ」
目よりも鼻ではないだろうかと思いながらも頷く冨岡。
何を言われているのかいまいち理解していないフィーネだったが褒められたことは分かったらしく嬉しそうに笑う。
「えへへ、他のパン屋さんよりもいい匂いなの」
フィーネの言葉を聞いた冨岡は何も考えずに話を続けた。
「へぇ、何が違うんだろうね」
そこまで言ってから冨岡は輝き出したメルルの瞳に気づく。こだわりを持っている者は一定の割合で熱く語りたがるのだ。これまでの話を聞いていればメルルがそういった性質を持っているとわかるはずなのだが、気づくのが遅すぎる。
「聞きたい? 聞きたいですか? 仕方ないですねぇ。ウチで出してるパンは、素材からこだわっているんです。もちろん高級なものを使えばいいってわけじゃなく、自分の舌で選んだ本当に良いものを使うんですよ。それに素材ごとの相性や配合具合もあって、それこそ世界中の砂からたった一粒を見つけるような作業なんです。そうして完成したのがメルルの作るメルルズパンのパン!」
その熱量で火傷しそうなくらいの言葉だった。
しかし、冨岡は冷静に言葉を返す。
「メルルの作るメルルズパンのパンって、言葉が重複しすぎて飲み込みづらいなぁ。でもこだわりを持って作ったパンなんですね。じゃあ、せっかくだから買って行こうか」
冨岡がそうフィーネに話しかけるとフィーネは優しく頷いた。
「うん!」
どうやらフィーネはメルルのが熱く語る姿に興味を持ってしまったらしい。珍しいものを見るような表情でメルルを眺めていた。
そのまま冨岡とフィーネはよくある丸いパンを選び一つずつ購入する。
何の変哲もないただのパンだ。冨岡はあんぱんの餡抜きのようなものだなと心の中で呟く。
メルルが紙袋に入れようとするとフィーネが手を上げた。
「フィーネ、今食べるからそのままでもいいよ!」
「あら、今食べるんですね。じゃあ、どうぞ」
フィーネの言葉を聞いたメルルは小さな手にパンを握らせる。
受け取ったフィーネはそのまま大きく口を開けてパンを頬張った。
「あーむっ!」
「ちょ、フィーネちゃん。まだお店の中だよ」
冨岡が店内飲食を注意するとメルルは優しく笑う。
「ふふっ、良いんですよ。他にお客さんもいませんし」
「あ、すみません。ありがとうございます。メルルさんが良い人でよかった」
安心した冨岡は続けてもぐもぐと咀嚼しているフィーネに声をかけた。
「どう? 美味しい?」
「あのね、これは雲!」
「雲?」
「うん! 美味しい雲!」
食べ物の感想とは思えない言葉が返ってきた冨岡は一瞬困惑したが、何とか意味を読み解く。
「ああ、ふわふわってことかな?」
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