第40話穴熊
ヘイヴィア率いる襲撃隊は木々や高草に紛れ盗賊に奇襲をかける瞬間を今か今かと見計らっていた。
月が雲に隠れた瞬間。
荷物を運び出している集団に騎士達は襲い掛かり皆、剣一振り、剣一突きで盗賊を絶命させる。
「なっ! 何なんだテメェらは!」
唯一騎士達の一太刀目を防ぎ、鍔迫り合いに持っていく事の出来た賊が声を荒げる。
鍔迫り合いに応じた騎士は技術で賊を押し返すとこういった。
「我らはベーゼヴィヒト公爵配下の騎士。地獄から来た死者だ!!」
ヘイヴィアは何てことはないように長剣を袈裟斬りに振るう。
才覚は十分にあるのだろう。
賊は攻撃を防ごうと咄嗟に動くが、
「――――なッ!」
「才覚は十分しかし時間が足らなかったようだ……」
シャツの上から胸元がパックリと斬り裂かれドクドクと鮮血があふれ出る。
「……それと良い師と良い環境もな……もし生まれ変わる事が出来たのなら来世は正道を歩むんだな……」
ヘイヴィアは手向けの言葉を投げかけると、返事を待つ前にその胸に白刃を突き立てる。
「やってられねぇよ……」
ヘイヴィアじゃ小さく文句の言葉を紡ぐ。
「ヘイヴィアさん……」
ヘイヴィアの言葉を訊いていた後輩騎士が名前を呼ぶ。
「何でもない作戦を続行する」
ヘイヴィア達には感傷に浸る贅沢を味わう時間などない。
外の異変を察知して旧坑道内で作業していたと思われる賊が現れる。
「疲れたからってサボってるとお頭に折檻されるぞ?」
右手で目を擦り、大きな口を開け欠伸をしながら外に出て来たのは年端も行かない “少年” と言ってよい年齢の男子が出て来る。
しかし、ヘイヴィアは迷わない。
逡巡の迷いも無く剣を振るう。
まるで吸い込まれるように剣は少年の喉を斬り裂いた。
一撃で絶命させつつ、声を出せないためだ。
少年は頭から地面に倒れどすんと音を立てて倒れる。
首から噴き出す血はヘイヴィアの足元を赤く染める。
刹那。
坑道の中から銀閃が迸る。
カーン。
鈍い金属音を立てて相手の刺突を弾く。
あと一瞬遅ければ槍によってヘイヴィアの躰には穴が空いていた事だろう。
「―――くっ!」
盗賊狩りによって命のやり取りに慣れていなければ、あの一突きで串刺しになっていた事だろう。
しかし、たった一度の突きをいなしたところで相手の攻撃が収まる事は無い。
突きと言う最速、最強の一撃を前にリーチで劣る長剣は無力と言っていい。
だがヘイヴィアの自己評価とは異なり彼の “受け” の技術は他の騎士よりも優れている。
繰り出される突きを剣や鎧で弾きながら少しずつ後ろに後退する。
ヘイヴィアは己の無力さを知っている。例えそれが間違いであったとしても、根拠の無い自信と比べそういう謙虚さとは一派的な価値観で言えば美徳と言える。
物語の主人公や才能のある人物のような爆発的な成長はヘイヴィアは無い。
しかし、仲間の重要性は物語の主人公や才能のある人物よりは心得ている。
古今東西問わず強者を殺すのは、武力か剛運、知略或いは数と相場は決まっているのだ。
『囲んで叩く』
数の暴力こそ正義なのだ。
―――坑道内は薄暗い隧道は人が並んで通れるほどに広く、素人仕事ながら木枠が設けられ崩落するのを阻止している。
坑道内の明かりは等間隔で松明が置かれており、松明の揺らめく灯は、素人仕事でゴツゴツとした岩肌をより強調させている。
そんな廃鉱内では何人もの男たちが忙しなく動いていた。
「陶器は後回しでいい先ずは食料と武器を運び出せ!」
『
一刻も早くアジトを移さねばならないからだ。
第二アジトは数名しか知らないので、略奪に向かった六十人とその救助に向かった奴らの誰かが口を割ったとしても生き延びることが出来る。
ハズだった……
「お、頭! 奴ら来ました。武装した騎士達が隊列組んでやってきましたァ!!」
取り乱し情けなく事実を告げる部下に対して、フリンは言葉一つかけることが出来ないでいた。
「終わった」フリンは自身の命運がここで尽きたのだと悟った。
冒険者や傭兵相手であればまだ勝機はあった。
しかし、騎士ともなればこの大所帯でも勝利を収める事は困難と言える。
自分の首を差し出して、一味の連中は奴隷落ちで済ませてもらおうか?
嫌、それで許してくれるか?
ここは徹底抗戦で戦うべきなのでは?
決してこの数秒、数十秒で決める事の難しい人生の決断を前にフリンは足を止め顔を青くし思考する。
「お頭?」
不安げに自分を呼ぶ部下の事などフリンは気にしていられる余裕は無かった。
フリンは目を閉じて鼻から息を吸い込むと決断した。
「全員武器を取れ俺達は目の前の騎士を殺し再起を図る……」
フリンの言葉は震えていた。
否、体がガナガナと震えていた。
怒り、無力感そう言ったマイナスの感情がフリンの脳を埋め尽くす。
「お、お頭?」
フリンは腰に佩した長剣の柄に手をかける。
騎士時代に主君から賜った曲剣で切れ味に優れた名剣だ。
「俺は盗賊騎士フリン! 賊狩りだか何だか知らねぇがよ。こちとら毎日が戦場なんだお前ら奴らに目にモノ見せてやろうぜ!」
笑いなが宣言すると、部下の盗賊達も各々武器を取り掲げる。
「よし! 今から攻撃を仕掛けるぞ!」
フリンが攻撃を命令したその瞬間だった。
「ぎゃぁぁあああああああああああ!」
悲鳴が坑道に轟いた。
「お、お頭!」
「なんだ!」
「敵襲か?」
「クソ! 早く武器を取れ!」
頭目の指示を待つことなく、盗賊達は各々 “最善” と思われる行動を取る。
「敵襲だ! もう入口の辺りに敵が来ている! 外の奴らは粗方殺された!」
少し遅れて報告の為に仲間がかけ込んで来る。
「クソ!」
フリガンは怒声を吐いた。
「シュルケン様、偵察と斥候のモンスターは……」
「心配するな既に配置してある。シャドウウルフと目となるフクロウで取り逃がすようなら諦めも付くだろう?」
「確かにそうですな……」
潰す時は迅速に、一気に纏めて潰さないと領主にとっても領民にとっても都合の悪い芽が残る。
害虫や害獣の駆除と一緒だ。迅速かつ一気に全力で確実に駆逐する。
「ここまで賊が抜けて来る事は無いとは思うが、一応準備だけはしておけヘイヴィア達がしくじれば後始末をするのは俺達だからな……仕上げはお母さんって奴だ」
ゲームのマッピングのように克明に全体像が判る訳ではない。
しかし、高位騎士によればベーゼヴィヒト公爵の奥義の中には戦場を見渡す『神の目』があるという。実に楽しみな話だ。
盗賊達のDIYによって幾つか入口がある事が判っている。
土魔法で地面を隆起させ塞いだ場所もあれば、現在俺達が布陣しているような場所にも穴はある。
幸いな事に生き残ったシャドウウルフと馬を預けた騎士達以外の兵力で、確認している限り全ての穴を人かモノで塞いでいる。
さて、穴熊を嬲り殺すとしようか……
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