第42話強襲部隊

――――強襲部隊は木々に身を隠し、その時を今か今かと待っていた。

 剣や鎧を炭を付けて黒く染めあげ、闇夜に紛れられるようにした徹底ぶりはこの世界の騎士にとっては異質なものだった。


「陽動部隊に敵が引っかかったようです」


 偵察の騎士の言葉を訊いてアンドリュー・ロナウウドは心地の良い低音で答える。


「重畳だ」


 そう言うと長剣を鞘から抜き放ち部下の騎士に宣言する。


「これより我らは強襲を仕掛ける」


 そう宣言すると盾持ちの騎士から坑道に突入していく。


「領民への被害を抑えるだけならば全ての穴を塞ぐか焼いてしまえれば容易なのに、囚われた領民を救おうというのだから頭が下がる」


 そんな独り言を呟いていると、突如壁の中から鋭い突きが放たれる。

 前衛の騎士は躱す事なく、ドワーフ製の自慢の盾で刺突を防ぐと剣による突きで命を奪う。


「アンドリュー様。どうやら松明の灯と坑道の暗さを用いた錯覚を用いていたようです。同系統の色の布で小部屋に隠れ虎視眈々と襲撃の機会を狙っていたと思われます」


 部下からの報告を受けアンドリューは即座に命令を下す。


「引き続き周囲を警戒しつつ、動く者は先ず攻撃しろ友軍を斬ろうとも致し方の無い行為だ」


 と、部隊の安全を最優先とした命令を下す。

 また暫くすと十人程の賊が行く手を阻まんと立ちふさがる。


 盾持ちの騎士の背に隠れるように二、三人程の騎士が展開し、盾持ちの騎士が敵の攻撃を受け止め、その隙を付いて剣や槍で攻撃される。

 また魔法を得意とする騎士は、少し離れた盗賊に魔法を放ち友軍を援護する。


 盗賊とはえどこれだけの規模ともなれば腕に覚えのある賊もいる。

 盾持ち騎士に攻撃を仕掛け背後の騎士に反応し、回避や防御をするも防御した盾や剣事己が身を斬られる者もいる。

 アンドリューは剣を抜くまでもなく、瞬く間に戦闘が集結する。


「流石はドワーフ製の剣……魔法が施された武具とまではいかないものの迫るぐらいの優秀さだ」


 敵の武具事、斬り殺した騎士は血油をボロ布で拭いながら自身の得物を称賛する。


「人間基準では皆名工だからな……自治を認めても独占したいというのがお館様の本心なんだろう……」


 騎士達は改めてドワーフ製の武具の質を実感した。


 偶然生き残った盗賊に騎士の一人は質問を投げかける。


「虜囚はどこだ?」


 既に殺された可能性は高いが、騎士として……否、お優しいシュルケン様の部下として問わない訳にはいかない。


「カッ! 答える訳ねーだろ」


 唾を吐き捨てそう答えた賊に対して怒りの感情すら表に出さず騎士は、賊の胸に短剣を添える。


「ぐふッ! カス……」


 最後の言葉は、感謝でも生への執着でもなく呪いの言葉だった。

 血の混じった咳をしながら残した辞世の言葉が怒りでもなく罵倒とは考え深いものがある。


「カスでもクズでも構わん。それが必要ならば俺は天使にでも悪魔にでもなろう……」


 後方にいながらアンドリューは盗賊達がこちらに走ってくるのを感じた。

 こちらばかりに賊が来るのは陽動部隊が想定通り機能していないのか? 逆に機能しすぎて敗走状態になっているかだと考える。

 アンドリューはヘイヴィアが頑張っているのだろうと想像し、強面の表情を僅かに緩めた。

 数年前まで同じ部隊に所属していた仲間として嬉しくなったのだ。


「俺も負けてられないな……」


 アンドリュー達強襲部隊は、一際強い盗賊と戦闘をしていた。

得物は一振りの無骨な大剣。

 ドワーフ製の盾を叩きる事はないが、前衛の騎士達は衝撃によって盾を構えた腕を骨折している。


「俺がやる……」


 部隊を任された長としては、自身が剣を振るう訳にはいかない。

 しかし、後輩を仲間にこれ以上犠牲の犠牲を強いる事は出来なかった。

 自分と同等かそれ以上に筋肉質な大男は獰猛に笑う。


「面白れぇじゃねぇか! 隊長さんが出張ってきてくれるなんてなァ!」


 だが、アンドリューの事を明確な敵と認識していないのか、右手に持った大剣の切っ先は地面を向いている。

 しかしそれは到底構えと呼べるものではない。ただ構えるのに疲れたから脱力しているだけに見える。


「悪が斬らせてもらう!」


 舌戦に応じる意思はないと強い否定のニュアンスで大剣使いに返事を返すと剣を構えた。

 構えてすらいないのにも関わらず妙な威圧を感じる。

 それは達人かその域に手を掛けた者が纏う独特のオーラと言ってもいいものだった。

 アンドリューはわざと誘いに乗るつもり、地面を蹴りだし一歩で距離を詰めた。


「フンッ!」


 速度と気合の乗った渾身の一撃は、見る者が見れば技のある一撃に見えるが、節穴な者が見れば力任せに剣を振っているだけに見える。そんな一撃だった。


 しかし、大剣使いは速度の乗っていない斬り上げでアンドリューの袈裟斬りを弾いた。

 火花を散らし剣同士が反発し間が産まれる。

 だが、相手は本気ではない一撃でコレなのだ。

 二撃目が本気の斬り上げだった場合には防ぐ事は困難だろう……だが、相手より一秒でも早く攻撃を当てれば勝機はある!


 濃密な死の気配で脳が、躰がマヒする直前。

 柄を強く握り直すと魔力の節約など考えず力の限りに剣を振るう。

 相手が防御のために構えた腕に刃が喰い込むだが、ここで諦める訳にはいかない。

 技など最終的な威力の前には児戯に等しい。

 力任せに剣を振り払い骨を砕き腕を切り落とすと勢いをそのままに剣を振るう。


「うぉぉおおおおおお!」


 恐怖に負けそうになりながらも己を鼓舞するために、獣のように吠える。

 鎖骨を砕きながら剣で相手を押し出す。

 距離が空いたたため大剣使いの袈裟斬りを間一髪避けると、剣を構え真っ直ぐに大剣使いの心臓に剣を突き立てる。

 切っ先が、鎧を砕き、皮膚を、肉を斬り裂き心臓を貫いた。

 一刻も早く忘れたくなるような生々しく、気持ちの悪い感覚が刀身から柄へと伝わってくる。

 だが人間と言うのはそうやすやすと死ぬものではない。


「人殺しめ……」


「その言葉甘んじて受け入れよう……」


 アーノルドはそういうと剣を捩じり心臓を今度こそ完全に潰した。

 剣を抜けば切っ先は折れており、ドワーフ製の剣は主を守るという職務を立派に務め上げたのだ。


「剣が折れてしまったな……」


 折れた切っ先を見ながらそう呟くと……


「アーノルド隊長。こちらを使われてはいかがでしょう?」


 騎士の青年は大剣使いの剣を手渡した。


「自衛のための武具は必要だからな……ありがたく使わせてもらおう……」


 アーノルドは未だ至れぬ境地に思いを馳せるのであった。 

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