第35話戦火の村

 馬を走らせるとまず目に飛び込んできたのは、天を焦がすように燃え上がる家々だった。 

 道には、開拓村の村人と思われる粗末な貫頭衣頭などを身に纏った人々の死体が幾つも転がっている。

 それは何者かによる色濃い殺戮の痕跡だった。


「なんだこれは!」


 シュルケンは思わず眉を顰め呟いた。

 こちらから殺しに行って、殺されそうになった経験は多い。

 しかし、眉を顰めたくなる戦場に赴いた経験はないのだ。


 暫く覚える事の無かった胃の腑のムカ付きと、喉の奥が焼けるような吐き気を覚える。

 騎士の一人は馬を降り、道端に転がっている死体に駆け寄ると、死体をひっくり返して手袋越しに傷口をなぞる。


「これはモンスター……否、人間による被害です! 他の領主か賊、他国の仕業かわ判りませんが……間違いなく人間の手によるものです!」


 騎士の言葉に俺は絶句した。

 戦闘中に死体を見てももう何とも思わなかったのに、平時に近しい時に死体を見たせいか言葉に詰まる。


「そうか……」


 初陣で奇襲を仕掛けられた時は、戦場の高揚感と殺人の酔いで大丈夫だったが、今は自分も命を落とすのでは? と考えてしまい恐ろしさが湧いて身体が動かなくなる。

 俺が呆然自失したと思ったのか騎士が声をかける。


「シュルケンさま! ご指示を!」


 騎士の言葉で俺は我に返った。

 今、動けば救える命がある。百人の為に十人を犠牲し、時には一人の為に数千を犠牲し、その罪咎を背負う判断をとるのが為政者だという事を改めて認識した。

 槍を握る手に力が入り、手袋と柄が擦れギチギチと音が鳴る。


「……殺せ」


 俺は低く唸るように呟いた。

 全身が、熱く燃えていた。

 もう、一抹の恐怖も感じなかった。


「我がベーゼヴィヒト公爵家が庇護する村から略奪を行う、不遜な賊共を皆殺しにしろ!! コレは命令である! これ以上村民に被害を出す事はゆ゛る゛ざん゛!!」


「はっ! この命に代えましても……」


 愛馬を鎧の上から撫で槍を構える。

 槍の穂先は雲間から覗く月光を反射しキラキラと輝いた。


「行くぞぉ!」


 馬に鞭を打ち走らせる。


 先陣を切る騎士達が馬上から、槍を振るう度に一人ずつ盗賊達が打ち取られていく……

 盗賊達は、パニック状態に陥っていた。

 騎士が到着するにしても数日の猶予があると踏んでいたため、彼らの頭には “反撃” の二文字は無かったのだ。


 気の緩んでいた盗賊達は、大慌てで武器を構える。

 多少の戦闘経験はあれども所詮は盗賊。

 職業軍人……それも一桁の年齢から軍人になるために鍛えられてきた本物のエリートとは地力が違う。

 一振りで斬り殺される。

 盗賊達は対抗手段がないのだろう。


 必死に粗末な剣や弓を放つがドワーフ製の鎧に阻まれる。

 諦めた盗賊達は少しでも身軽にするため、略奪品や武器を捨て逃げ惑うが、それを許さないのは騎士だけではない。

 一方的な虐殺に耐えかねた。女子供はモノを投げ男共は農具を手に逃げる賊を攻撃する。


 元は新兵や実戦経験の乏しい騎士達だったが、度重なる盗賊狩りの御かげで練度は精兵に届くほどまで高まっている。


「散開し賊を掃討せよ!」


 俺は号令を出して馬を走らせる。

 そこには、数人の盗賊がおり村人と揉み合い引き合いの大乱闘をしていた。

 無理やり引きはなされた村人は数人でタコ殴りにされ、短剣が胸に付き立てられる。

 一度ならず、二度、三度とまるでそれまでボコボコにされた怒りをぶつけるように何度も執拗に突き立てる。

 

「邪魔なんだよ!」


 怒気を孕んだ声音で叫びながら盗賊は、死体を蹴る。

 蹴り飛ばされた村人は、まな板上に肉を落したような水っぽい音を立てて地面を転がる。


「ざまぁないぜ」


「あ゛? なんだこの餓鬼!」


「馬だ! 軍馬に乗ってやがるぞ! これでモノを運ぶのが楽になりますぜ……」


 三下とそれを引きつ入れたガキ大将と言った所だろうか?


「俺から馬を奪えるつもりでいるようだが……甘いな……砂糖より甘い」


「ボンボンが! 舐めた口訊いてんじゃなぇぞぉ!」


 俺からすれば矮小な……しかし賊かれあすれば渾身の殺気と気迫の篭った袈裟斬りが振るわれる。


「その程度で俺を斬れると思ったか?」


 シュルケンは槍の石突で容易く袈裟斬りを往なし、腕の前後を組み替えると腕を軸に、まるでバトンでも回すように賊の攻撃を捌く。

 しかし、全ては紙一重。少しでも動きがズレれば鎧越しとはいえ盗賊の剣戟は当たってしまう事だろう。

 だがシュルケンの額には冷汗一つ掻いてはいなかった。

 一切の無駄を切り詰め、相手の心を、太刀筋を読み切った故の防御なのだ。

 そしてその様子は、馬上での槍の使い方を確認しているようにも見える。

 自身の猛攻によって体力も精神力も疲弊した盗賊は、肘から先を切り飛ばされ、肩を落とされる。

 盗賊は後方に飛んで体制を立て直そうとする。


「化け物め……」


「俺はシュルケン・フォン・ベーゼヴィヒトだ」


「盗賊狩りの貴公子か!」


「誰にどう呼ばれようとも俺の目的が変わる事は無い」


 防具に擬態したテケリを槍に纏わせそのまま横薙ぎに切り払う。

 一刀で全ての賊を切り殺すが、金属疲労が溜まっていたのだろう槍の穂先は折れてしまう。


「仕方がない。剣を使うか……」


 腰に佩した剣の柄に手をかけると、鞘から剣を抜剣する。

 夜空の青みが掛かった黒と星々の光、そして金色に輝く月を反射する剣身は美麗の一言に尽きる。


「美しい……」


 しかし、そんな美しい刀身を血で汚すのは忍びない。

 剣を鞘に納めるとこう言った。


「テケリ、剣になってよ」


 俺の一言でロングソードが手に現れる。


「うん、これで大丈夫……」


 シュルケンは残党を狩るため森の中へ消えた。

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