盗賊狩り

第34話新たな日常

「はああああああああああ……」


 魔物が巣食う暗き魔の森や幾つかの国と国境を接するベーゼヴィヒト公爵家の若き獅子は、深い深いため息をついていた。

 約十年にも及ぶモンスターとの戦争によりこの一帯は高い税と食料難で荒廃し、山賊、川賊、海賊に身を落す者が産まれ領地の荒廃を加速させていたのだが、近年傭兵や冒険者、食い詰めた農民を公共事業や兵として雇用した事で治安が改善してきている。

 しかし、一度賊に落ちた者がその道を抜けるのは非常に困難で……吟遊詩人や商人の語り草になっている。ベーゼヴィヒの若き英雄。

 戦争だ。食料危機だと暗い話題を捩じ伏せるほどの強い希望の光……それがこの俺、シュルケン・フォン・ベーゼヴィヒトだと言う。


 一体誰の話だよ……


 俺の財布である領民と商会に手を出す害虫を、駆除しているだけなのだが……つい数か月前に頼子貴族の領地に巣食う山賊を征伐した時から補給と報告以外一切休む暇なく賊の征伐に従事していた。


「休みたいっっっっ!!!」


 それは本心からの嘆きだった。

 俺は根っからの戦闘狂でもなければ、努力を好む真面目くんでもない。出来ればだらけていたいのに環境がそうはさせてくれないのだ。


「まぁまぁそう仰らずに……今回の任務はシュルケン様が金を出して援助している開墾村の視察が主……タイミングが悪いだけです」


 『お調子者の騎士ナイト・クラウン』と仇名されるヘイヴィアは、苦笑いを浮かべながら馬を寄せ慰めの言葉をかける。


「俺は公爵直系の男子だぞ? なのに態々出陣して盗賊とモンスター退治三昧……これではまるで分家のような扱いではないか……」


「仕方ががありません。ベーゼヴィヒト公爵家の御家流は平時でも戦時でも使える万能魔法ですので、今現在領地にいらっしゃる方はご高齢の方や子供が大半ですので……」


「判ってはいるが……『騎獣の上で夜を明かせ』とは武闘派過ぎないか? 東方から来る蛮族の族長の家に生まれた覚えはないのだが……」


 東方の騎獣遊牧民は、『騎獣の上で暮らす』と例えられるほどに騎乗技術が高く、鞍や鐙を使わずとも馬などに乗れるという……


 自分で言ってなんだが、やけにモンゴル染みているな……チンギス・ハーンのような豪傑が出てきても勝てる気がしないからやめて欲しい。


「酷い戦場において騎士の休息が騎獣上になる事は、ままあるそうですので良い経験かと……」


「俺は書類仕事だけしたかったよ……」


「乱世の世では無謀な夢ですね……」


 そんな無駄話をしながらも俺は索敵に予め召喚したモンスターを追加で放つ。

 梟ではれば夜目が利くだろうと判断し呼び出したのだ。

 少し暇になってきたせいで急に眠気が増してくる。

 船を来いでも騎士達は咎める事は無い。


 定期的に命令通り戻ってきた方向に騎士を数騎向かわせる。

 対処出来てもできなくても、火炎魔法を打たせ現場に向かい討伐することになっていたのだが……


「戻ってくる梟の数がバラバラだ……まるで森の奥の方に問題があるみたいだ」


 戻ってくる方角から見ても、幾つかの村が襲われていると判断で来る。

 本来なら一番近くの村で遅めの一泊をし、最奥にあるマサラ村を視察する予定だったのだが今夜は徹夜になりそうだ。


「今夜は眠れそうにないな……」


「出来ればシュルケン様の御声ではなく、懇意にしている女の子から聴きたい台詞ですね」


「騎士ヘイヴィアの意見には賛同したいが、生憎と俺にはまだ傍使えのメイドも婚約者もいないものでな……」


「十歳祭で、婚約者は決まると思いますが……」


「なら五体満足で初めての夜戦を生き延びなければな……騎士達よ訊け! 基本的な戦闘は許可しない。村を放棄してでも村民を避難させろ! 賊の対処が難しい場合は空に火炎魔法を放て」


 俺の命令を聞き届けた騎士達は散開し近い所から村の安否を確認する。


「では俺達は少しゆっくりと、最奥にあるマサラ村へ向かおうか……」


 僅かな供回りを連れ、山脈の麓に広がる黒き森の間近にある村へ向かう事にした。

 俺にはマサラ村……その奥にこそ何かあるとしか思えない。


 数十騎とはいえどパカラパカラと小気味良い馬蹄を響かせる。

 夜になったばかりの頃は、丸い新月の美しい月夜であったのだが、次第に雲が流れぼんやりと滲んでしまい朧月夜になってしまった。


 電気による灯がない以上、広範囲を唯一照らすのは月に他ならない。

 その唯一の光源が雲で隠れてしまった今、より慎重に行動する必要が産まれてしまった。 

 

「飛ばすぞ!」


 俺は一声かけると愛馬に鞭を打って速度を上げる。


「シュルケン様! 月明かりがない以上危険です!」


「俺には魔法がある。しかし、民には魔法がないこれは高貴なるモノの義務なのだ!」


 あと少しで寝られそうだったというのに、賊かモンスターかは知らんが、睡眠の邪魔をするだけでも度し難いというのにオマケに俺の領民に手を出すとは万死に値する。


 完全に眠気から来る八つ当たりなのだが、シュルケンは建前で多い吠えた。


「流石はシュルケン様! その御年にして貴族の責務をキチンと理解しておられる……」


 年老いた騎士は感激のあまり涙を流している。


俺は自分のためにやっているのに……なぜこうも勘違いされるのだろう?


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