第36話お頭

 ヴェーゼヴィヒト家領内北部、カルカトル山脈の麓に広がる森林は黒き森――――『シュヴァルツヴァルト』と呼ばれている。

冬には雪に埋もれ夏にも日が差さないほど暗い森は、遥か昔の大帝国時代の道路が残っておりヴェーゼヴィヒト公爵領北部の交通の要所であった。


 百名近い山賊が黒き森に蠢いていた。

 彼らは隣接する領地から食い詰め棄てられた農民も居れば、元傭兵、元兵士などの脛に傷のあるものもおり旅人や商人から通行料を巻き上げ暮らしており、食い物を買いに行く村ではついでにと言わんばかりに暴行を働くため……彼らは孤児を意味する『オーファン』と呼ばれ、忌み嫌われている。

 彼ら盗賊は、弱者から蜜を吸い取り強者からは逃げるという典型的な小悪党だ。

 しかし、時々盗賊狩りにあって人数が多少上下するもののいつの間にか元の勢力を取り戻す……まるで棄てられた孤児の数が変わることのないように……


 そんな盗賊団を率いる頭領は、上納金を滞納した村とその近隣の村を襲うと言う大仕事を前に、村の近くにある丘の上から村を見下ろしていた。

 元騎士であると言う立派なキャリアと剣技や知識を武器に盗賊団の頭にまで成り上がった男は、水筒に淹れたワインを呷り盗賊の部隊が展開される時間を潰す……


(畜生!……奥様との不倫がバレず。奥様の口添えがあれば俺の栄達は約束されたものだったって言うのに……戦の前後はあのことを思い出して気分が下がって酒が不味くなる……)


 騎士の教育は主君の妻や母、姉妹が行うことが多いため騎士との不倫や恋愛というのは珍しくはない。

 頭領の場合問題だったのは、当主が妻の事を本気で愛していた事に加え、妻の第一子が頭領の子供であったこと、オマケに当主は本気で騎士の事を目にかけていたことが原因なのだが……頭領には知る由もない……


「お頭ァっ!!」


 みすぼらしくい様相の男が焦った様子で駆け寄ってくる。

 戦闘経験に乏しい農民上がりには、少しのアクシデントを過大に捉える奴がいる。と内心で小馬鹿にしながらも馬鹿にした様子を見せずに尋ねる。


「どうした?」


 農民や農地を守護する騎士領主や代官が抵抗するのは想定の内だが、この焦り用はただ事ではないと思い木に立てかけた剣を手て取る。


「俺達が村を襲うことが漏れていたのか襲撃を受けています!」


 襲撃作戦は順調に進んでいるハズだ……それが奇襲を受けているとは領主の軍が動いたという事だろうか? 


「奇襲か! 数は?」


「不明! マサラ村を襲撃していた奴からの報告です」


 マサラ村と言うのは、最も黒き森に近い開拓村の一つで最も多い20名ほどの賊を向かわせていた場所であり、つまりそれよりも奥――――公爵領の中心に近い方の盗賊40名の生存は絶望的と考えて良い。

 もし、『襲撃をしている敵兵力が突出した戦力である』と仮定する……『他の村を襲撃している賊と共に挟撃する』ことが出来れば、襲撃者を倒す事は出来るだろう……しかし夜間、詳しい布陣も判らない現状でそのような高度な作戦を遂行できる練度も連絡手段もない……


「チッ! 兵や騎士であれば……」


 泣き言がつい口を付くが、即座に思考を切り替える。


 ベーゼヴィヒト公爵家は当主自らモンスター共と戦っており兵力に左程の余裕はないハズだ……と言う事は隣接する貴族の兵……あるいは傭兵や冒険者を雇った可能性が高いと即座に判断を降す……


 ならば……どうするべきか答えは簡単である。周囲の村を略奪に向かった仲間を見捨て逃走するのが最善であると、生存本能が訴える。


「村に略奪に向かった奴らは恐らく貴族の雇った傭兵か冒険者に攻撃されている……このまま全滅するわけにはいかない! 俺達だけでも引くぞ」


 略奪に向かった60名を見捨てるという判断を執ったのだ。

 頭の言葉に動揺を隠せない男は返事をするも、命令をどう伝えるのか? と思わず質問してしまう……


「へ、へい。伝令はどういたしましょう?」


 一瞬。三白眼がギロリと鋭くなるが、興味がないとでも言いたげな睥睨へいげいな視線で男を一瞥するとこう呟いた。


「撤退の合図だけはだしておけ……」


「へ、へい」


 頭の圧を感じたのか男は慌てた様子で走り出した。


「まぁ無駄だろうがな……まぁお前もあいつらも死ぬだけさ……」


 頭の言葉を空しく闇夜に消えて至った。

 襲撃の知らせが入った時点で報告を上げたマサラ村に略奪に行った連中は殺された後だろう……

 今まで曇っていた空が晴れ、まんまるなお月様が顔を覗かせる……



「月明かりが出てきやがった……これはより一層俺達には不利だな……さて、俺達はアジトに戻るか……」


「「「へい! お頭っ!!」」」


 不揃いの武器を手にした盗賊達は、仲間の心配をすることなく頭目の声を合図に撤収の準備を始める。

 略奪した財宝は惜しいが、命あっての物種だ。

 出来るだけ財宝は移したいが、移している最中を襲撃される訳にはいかない……


 はぁ……頭目は内心溜息を付くと今後の事を考える。


 盗賊団の人数が一時的に減ったものの、畑を継げない次男坊以下は定期的にあぶれ、商人や僧侶、兵や傭兵、冒険者と言った正規の道から犯罪者までその進路は多種多様だ。

 この世界においてモンスターと同じ扱いをされるのが盗賊であり、数年もあれば現在の勢力まで回復できると皮算用をする。




頭の予想 襲撃した敵が突出した状態であり、周囲の村を略奪中の賊で包囲することで敗走させることが出来るかも……しかし、連絡手段や同士討ちの可能性が高いため現実的ではなさそうだ。


■賊 凸襲撃者

布陣予想図(距離感ガン無視)

         ●←頭40

  

       ■←マサラ村襲撃隊20    

     ◆ 凸 ◆←その他10 

   ◆ ◇   ◇  ◆

   ◇        ◇←シュルケンの部下




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