第37話村娘を救う

 疎らの生えた若木々の合間を縫っていくと獣道に合流した。

 

「少し迷ったが、道に合流することが出来た。もう少しこの辺りに逃げた賊を探すか……」


 残党狩りをするぞ! と意気込んで森に入ったまでは良かったものの愛馬はビビッて逃げるし、賊はロクに見つからないしで溜まったものではない。

 虫と鳥、風が葉を揺らす音暮らしか大きく聞こえない。


「ん?」


 と、その時。


 獣道の周囲には夜空を隠すような高い木々はなく、曲がりくねりながらも道が続いている。

 夜空を見上げれば、先ほどまでとは打って変わり雲に隠れていた月は雲間から顔を覗かせている。

 しかし、先ほどまでの黄金色とは異なり、雲海の間から顔を覗かせる満月は辰砂のように紅かった。

 体がぶるりと震える。


 逃げ伸びた村人だろうか?

 木々の間から明かりが見える。しかし動いていないのか光源は上下にも左右にも揺らぐ事は無い。

 深手を負い死んでいるのだろうか?


「妙だな……」


 魔力を瞳に込める。

 目を凝らして視て見れば一目瞭然であった。

 盗賊の一団が姉妹と思しき少女達を蹂躙せんと今まさにしている所だった。


 光源は賊が腰に下げたランプだったのだ。


 姉妹は怯え切っている。

 暗くてはっきりとは見えないが、姉の顔は整っているように見える。

 姉と思われる少女は、茶色の髪を耳の辺りで括っている。長髪は腰に届く程に長く、適度に日焼けした健康的な肌は農作業のためか良く鍛えられており、まるで野生動物のような美しさを感じさせる。

 涙に濡れた大きな碧玉色の瞳も美しい。

 妹の方はと言うと、俺よりも年下と言った幼い顔立ちと身長。母に抱きつくコアラのように外をみる事無く、姉の大きな胸に顔を埋めぶるぶると震えている。


「ふむ。村の復興には人でも金もかかる……子守メイドではなく、傍使えのメイドとして雇うのも一興か……」


 歳の近い美少女を前にして『ハーレム』を作るという野望が高まっていくのを感じる。


 テケリが化けた長剣を手に足音を殺して盗賊の方へ向かう。

 何を血迷ったのか、盗賊は剣を大きく振りかぶる。


(盗賊って奪って、犯してそう言う無法者じゃねぇのかよ!)


 内心ツッコミを入れながらも足音を殺して切り株が切られた広場のような場所に躍り出る。


「な、なんだお前はッ!」


 盗賊は突然現れた俺と動かなくなった剣に驚いたのだろう。

 まるで凍り付いたように袈裟斬りの姿勢で動きを止め、まるで気味の悪い化物でも見つけたような奇異の視線を向けるばかりだ。

 

 空間魔法の応用で剣を空間に固定しただけだ。

 膂力のある人間であればガラスを砕くように魔法を打ち破る事だろう。

 盗賊共は剣を構える事すら忘れ俺を観察している。


「シュルケン・フォン・ベーゼヴィヒト……」


 賊の内の一人が俺の名を呟いた。

 その一言で金縛り状態だった賊は動きを取り戻す。


「賊狩りの貴公子かっ!」


 どたどたと足音を立てて盗賊達はシュルケンを取り囲む……

 囲んで叩く。と言う原始的な作戦を実行するだけの脳はあるようだな。


「一応言っておこう! 武装を捨て大人しく投降しろ。奪った財や奴隷を提出し縛に付け!」


 乗って来ないと判っていても、言わなければいけない気になるこのセリフ。

 一種の免罪符だ。

 映像などで米国の警察が犯人を取り調べる時に述べる『ミランダ警告』を真似たものだ。


 しかし、面倒だ。

 誰ひとりロクに魔力を扱える気配もない。

 賊の命を奪わなければ、奪われるのは領民の命。助けた所で盗賊は鉱山送りなど、死亡率の高い労働に従事する犯罪奴隷になると、相場が決まっているため無駄に助ける気も起きない。

 俺はテケリが化けた剣を釣り竿でも担ぐように肩に乗せる。


 俺の言葉を訊いて盗賊達はゲラゲラと笑う。


「幾ら高名な賊狩りの貴公子とは言え所詮はガキ! この人数には勝てないよなぁっ!!」


 じりじりと摺り足でにじり寄る盗賊を相手に、「はぁ……」と深い溜息を付く。


 消して届く事の無い距離で俺は剣を振い盗賊を切り飛ばし、胴と脚が二つに別つ。

 ボトリと水分を含んだ肉が落ちる音がしたと思えば、噎せ返るような血の匂いが辺りに充満する。


 鞭のようにしなやかに且つ、俺の思い描くように伸び縮みする。しかも切れ味は剣そのもので範囲を攻撃できる。

 まるで蛇腹剣のような使い道には極めて便利と言える。

 しかし……テケリが化けた剣には美しさがない。

 3Dプリンタで造形したような、左右対称でなんの面白みもないバニラ感のある造形……

 まぁまるで影から刃が出現したように見せることも出来るから、満足はしているんだけど……あと一歩もの足りない。


「大丈夫か?」


 少女に話しかけるも反応は無い。

 どうしよう……取り合えず回復魔法でもかけて置くか……


「もうすぐ救助が来るからそれまで頑張れ……【治癒ヒール】」


 俺はそう言うと、羽織ったコートを少女に掛けて少女が落ち着くまで待つことにした。

 本格的な盗賊退治をするにしても一度騎士達と落ち合わなければいけない。

 そのために少女を森の奥深くで見捨てるのは気が引けるからな……少女が立てるようになるのはそれから暫く立った後のことだった。

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