第30話半人前
「アルブレヒト。俺が魔法や御家流で直接攻撃しないという縛りは継続したほうがいいか?」
始めて実感する命の危機に俺は思わず軽口を叩く。
副将のアルブレヒトは冑のバイザーを降ろすとこういった。
「無論そのほうが兵もシュルケンさまも成長なされるでしょうが……命あっての物種です。ここは出し惜しみする場面ではないかと……」
副将であるアルブレヒトの言葉に俺は納得する。
「そうだな……そうだったな! この戦は俺の
シュルケンの
シュルケンは火炎魔法を上空に放った。
これは味方にこちらにも奇襲が来たという合図であると同時に、召喚魔法を用いるので心配するなと言う意味もある。
――――ドドドドドドドドドと騎獣の足音が、まるでライブハウスに響き渡るドラムロールの音のように幾栄にも重なり合い、重機のような轟音を
しかし、シュルケンが臆する事は無い。
シュルケンには魔法と鍛え上げた武力があるからだ。
しかし、シュルケン以外の魔術師は攻撃部隊にしかおらず敵からすれば悪足掻きにしか見えないだろう。
「
シュルケンの一言で面制圧を得意とする火炎魔法の弾丸が六発、合計十組出現し空中に浮遊する。
単発での威力が欲しいのではなく、面を制圧するような破壊力が欲しかったからだ。
魔法は、属性設定→生成→規模設定→形状設定→射出速度設定→発動の六工程で成立しており特定のキーワードを詠唱するまでは空中に待機するように術を組んでいる。
「発射っ!」
発射の号令を合図に、火炎が引き絞られた矢のように撃ちだされる。
光り輝くその姿は正に一条の流星だった。
ズドンともチュドンとも聞こえる轟音を立てて着弾した魔法は爆発し、
例え直撃はしなくとも、十分に訓練を積んで爆発音に慣れていない騎獣は音にビビる。
馬など臆病な動物であればあるほど、驚いて立ったりしてバランスを崩す。暴れる騎獣を何とか乗りこなそうとすればするほど、編隊と勢いが崩れる。
発射後直ぐに五発に減った火炎魔法は待機状態に戻り、主からの号令を待つ。
「かかれ! かかれ!」
先頭を走る一騎は、オーケストラの指揮者のように剣を前方に掲げ騎獣を走らせ、部下に前に進むように指示を飛ばす。
理性のある者は絶望に染まった表情を浮かべ、恐怖したものは涙と糞尿を垂れ流しにしながらも騎獣を走らせる。
そんな敵兵の姿を魔法と
ただ冷静に、集中力を切らす事無く魔法を紡ぎ、狙い発射する。
「発射」
馬の場合、襲歩で時速70㎞にもなる払い速度から落馬すれば最悪死にかねない。
よしんば生きていたとしても、全身を強打する痛みで戦場に復帰する事は困難であろう。
それが馬よりも骨が脆い鳥であればなおの事だ。
ズドォーン。
「目がァっ! 目がァっ!」
落馬した傭兵は武器を捨て眼球を両の手で抑え
その姿を見て落馬してもまだ動ける者は短く「ひィっ!」と悲鳴を上げ腰を抜かす。
まるで戦争映画の
敵の塹壕に向かって走ってくる歩兵を、
無論、
自身が起こした惨状にたいして、まるで映像作品を見ている気にさえなっていた。
それは精神の自己防衛とでも表現するべき機能なのだが、戦場の気に当てられた俺にはその考えに至る事は出来ずにいた。
「第一ステージ突破っと言った所だな多分数は十分に減ったし、これだけ攻撃魔法を放ったんだ。生きてる傭兵も十数程度か……俺も愛馬で出るのが無難か……」
火炎魔法が巻き上げた砂と煙で視界は不良。
このまま闇雲に魔法を放ったところで効果は薄い。
それならば、身体強化魔法を掛けて戦場に出た方がマシだと判断した。
「あの魔法攻撃で敵兵力は半分以下になっているハズです。この本陣で迎え撃った方が良いかと……」
意見を具申するアルブレヒトとしては、近接戦闘中に魔力が切れるのを心配しているのだろう。
しかし、その心配は杞憂である。
シュルケンの魔力量は並みの魔術師を現状で凌駕しているからだ。
「クドいぞアルブレヒト。被害を減らすために俺が出ると言っているのだ。満足に戦えるのは俺を抜いて5、6人……だけだからな……」
「では御供だけでも……」
絞り出すようなアルブレヒトの言葉を舜考することなく肯定する。
「それなら構わん」
「そう員騎獣に乗りシュルケンの援護をしろ!」
アルブレヒトが
「お前には負担をかける……すまないが手伝ってくれ……」
フルルと鼻を鳴らし返事を返す。
どういう意味かは分からないが少しだけ気持ちが休まるのを感じる。
「突撃ィぃぃぃいいいいいいいいいいっ!」
鬨を上げ自由都市で購入したドワーフ製の槍を構え突撃する。
頭を振って後方を見れば七騎の騎兵が、シュルケンを頂点に楔形の隊列をあっと言う間に組む。
「「「「「「「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」」」」
騎兵達は武器を掲げ
シュルケンにとって残りは掃討戦に過ぎない。
しかし初陣で初めての人殺しをする事に対してシュルケンは、いつものように
シュルケン達の目的はてんでんばらばらになっている推定数十騎の傭兵達だ。
土煙を抜けると逃げようと背を向けている一団が目に入った。
「敵の騎兵突撃だ!」
「くっ、ここまでか!」
傭兵達は急いで手にしている槍や腰に下げた剣を鞘から払い迎撃の態勢に出るが、しかし……
「――――遅いッ!」
一閃。
雑兵程度まるで相手にならないとでも言わんばかりに、槍が横薙ぎに振りぬかれ一太刀で雑兵を斬り捨てる。
「なっ!」
ボトっと。それなりに重く水気を含んだ雑巾でも落ちるような音を立てて首が地面を転がる。
一瞬、合った傭兵の瞳は
鎧を纏っていない首を切り飛ばし操縦者を失った駆鳥は、行き場を見失いながらも走り続ける。
もう一人の雑兵は、後続の騎士の一人が放った短弓が背にあたり落馬する。
騎獣の勢いを殺すことなくシュルケン達は、敵兵の掃討をするため一帯を走り回る。
「圧倒的じゃないか! 我が軍は! 残りはどこだ!!」
俺の怒号に合わせ砂塵の中から落馬した騎兵が槍を構えて現れる。
「戦場では一刻たりとも気を抜くな!」
「戦場で背中を晒すなんて不用心だなぁ!」
――と三下小悪党のような臭いセリフを吐きながら襲ってくる。
奇襲なら声をだすなよ。
出すならせめて
「態々俺の前に出て来るとは殊勝な事だ!」
俺の言葉を合図に騎士達は、槍や魔法、弓で応戦し伏兵を始末する。
奇襲部隊の将と思われる騎馬は腰に配した剣を閃かせるが、俺の槍の方が圧倒的にリーチが長い。
槍を往なそうと剣を振るうも逆にその隙を付いた鋭い突き攻撃によって肩を貫き落馬させる。
「ぐっ、ぬわぁぁぁぁぁあああああああ……ん!」
肩を砕かれた痛みか、はたまた落馬した痛みに絶叫を上げるなかシュルケンは馬を反転させ槍を構える。
「くっ、ぐるなぁぁぁああああああああああ!」
血や汗、痛みによって漏らした恥辱に塗れながらまるで幼子がダダをこねるように情けない声を漏らす。
「所詮は誉れのない傭兵風情がっ!」
止めを刺したのはシュルケンではなく、副官であるアルブレヒトだった。
「余計なマネを……」
「シュルケン様は大貴族ベーゼヴィヒト公爵家の長子であらせられます。命を手折るにしても最低限の格と言う者が御座いますれば、襲撃者のリーダー程度では些か格が足りませぬ」
「そう言うものか……」
さっき思いっきり雑兵を斬り殺したけどそれはいいの? 大将首以外は殺人の内に入らないって事? 公爵初めての殺人に足りる格ってなんだよ。
「申し訳ございません。これは私の
「
「ありがたき幸せ……」
シュルケン・フォン・ベーゼヴィヒト。
魔法と剣戟が響き合う戦場の中を気高く駆けるその御姿は、まるで戦場を恐れない戦場の若き獅子は産声を上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「万が一の為に放って……遊ばせておいた『フェルン』がまさかここまでの大物を運んでくるとは……」
俺は真っ白い犬……もとい狼が咥えてきた男を見てそう呟いた。
顔は青あざだらけで、両の
ボロボロながらも金属製の鎧に身を包んでおり、どう見ても一介の傭兵には見えない。
最低でも幹部クラスの彼を生け捕りに出来た事実は大きい。
騎士達を含めた遠征軍の幹部たちは、そんな意識のない男を囲んでいた。
「ザックナー傭兵団団長で間違いないかと……冒険者時代に一度だけ見たことがあります」
元冒険者で比較的早期にベーゼヴィヒト公爵家に根を下ろす事を決めた兵士はそう断言する。
フェルンは褒めて、褒めてと言うように千切れそうなほどに尻尾を立ててブンブンと勢いよく振っている。
頭を撫でてやると満足したように傭兵団団長を加えるのを辞める。
「ご苦労……本日は
人を自分の手で初めて殺した精神的疲労感が湧き上がってくる。
「はっ! 畏まりました」
兵達も同じだろう……だが、戦士というものはその苦しみを乗り越えなくてはならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます