第29話とら トラ 虎 タイガー 寅 於菟

「お頭! 空を見てくださいモンスターですよ! 美味そうですね……」


 急遽アジトのある山に引きこもったため食料が十分ではない傭兵は、腹が空いていた。


「あ゛? 緊張感の無え野郎だなぁ……飛ぶモンスターなんて弓で射るしかねえだろうがよ……」


 団長の脳内では、皮算用は始まっており通常は見逃す事の無い違和感を『高揚感から来る取るに足らないモノ』だと斬り捨ててしまっていた。

 既に戦闘の火蓋は切って落とされているというのに……

 

 しかし、団長の油断も仕方がないものであった。

 ベーゼヴィヒト公爵と敵対する貴族から財政的支援を受け、傭兵は150・・・まで膨れ上がり武具も満足いく物を取り揃えられていた。

 国の防波堤となっていて、オマケに継承権すら有する貴族にする行為ではないが、中央集権が上手く行っていない国など小王の連合体に過ぎない。

 上手く行っている隣人が妬ましいのだ。


 しかし、現在のシュルケンが貴族達を狂わせた。

 本来であれば、シュルケンの商会もなければ、道路工事も行われない。兵がやる気を出すこともない。

 勝手に弱体化してくれる……ハズだったのだが、逆境をバネに大きな飛躍を遂げてしまったからこそベーゼヴィヒト公爵を、シュルケンを潰しに来たのだ。

 

「報告です! ベーゼヴィヒト公爵軍が攻めて来ました!」


「バカな! 見張りはどうした!」


 味方を殺し財を奪う傭兵は知らなかった。

 戦場に置ける召喚魔法の有用性を……精々がモンスターを突撃させ攪乱させるだけだとタカを括っていたのだ。


………

……


 傭兵団団長が、全身から汗を噴き出している最中。

 シュルケンは一抹の不安を抱えていた。

 

「本当に良かったのか?」


 俺は副将のアルブレヒトに確認する。


「確かに召喚獣を召喚し攻撃を仕掛けたり、シュルケン様の魔法で攻撃をすれば死傷のリスクは減るでしょう……」


「ならば……」


 俺の言葉を遮って、アルブレヒトは発言する。


「兵や騎士に取っても良い経験です。此度の戦は兵達のためにもなるでしょう……」


 この世界の戦争も、魔法や大砲による遠距離攻撃から始まり、弓、投槍とそして長槍による白兵戦が始まる。


 しかし、今回の戦場は低いとは言えども山。

 林業や生態系、周辺への影響を考えると火を放つ訳にもいかない。

 なぜなら、村落の多くが作物の取れない冬には森や山に入り動物を狩るからだ。


 ならば、岩や氷を砲弾にして打ち込む手はあるのだが虜囚となっている人物の事を考えるとそうもいかない。

 つまりは、相手の陣地に乗り込んでぶっ倒すか包囲網を強いて飢餓攻めするしかないのだ。


 しかし、今回選ばれたのは乗り込んで殴る脳筋戦術。

 シュルケンとしては、兵や騎士の一人とて出来れば失いたくなかった。

 なぜなら金が掛かっているから……

 兵や騎士を育成するのに一体幾らかかっていると思うだろうか? 簡単に言えば騎士は将官であるとともに戦車兵やパイロットなのだ。ホイホイと死なれては痛手過ぎる……

 内心、奇襲にバレていないか? どこかに伏兵がいて本陣が手薄になった時に襲撃されやしないか? と不安で汗が噴き出していたのだが……一旦は杞憂に終わったようだ。


「奇襲に成功したようだな……」


「ええ、山に詳しいモノを雇って正解でした……」


 案内人曰く、村人や行商人が使わなくなった旧道があるとの事で兵が調査に向かったのだが……


「狭いですね。騎獣が一頭歩けるか? と言った所です」


「使えるな……」


 こうして奇襲作戦に旧道や獣道が使われる事になったのだ。


………

……


「クソ! どうなってやがる!」


 伝令によって奇襲を受けた事を知った団長は頭を抱えていた。

 事前にこの山の主要道には木製の杭や柵を設置する事で、奇獣を封じ白兵戦に持ち込む手ハズだったのだが……想定外の場所から現れたベーゼヴィヒト公爵軍によって第一防衛拠点は陥落してしまった。


 どうしてアジトの場所がバレたんだ?

 そして敵はどこから現れた?


 そんなことを考える脳など無い。

 団長の考えなどタカが知れていた。


「防衛拠点を奪い返せ!」


 単純な事だ。

 陣地を奪われ不利になったのなら奪い返せばいい。

 傭兵団と言うより、盗賊に近い行為を長年繰り繰り返したせいで初期には欠片程度あった知性は消え失せていた。


 しかし、部下もそうか? と言うとそうではない。

 比較的新しく加わったモノや、元々いる古参の中には知性を残しているモノも要る。


「団長も衰えたモノだな……『万能』のベーゼヴィヒトその御家流は召喚魔法。モンスターを呼び出し使役する事から戦場で猛威を振るう。しかし、その真骨頂はモンスターを用いた通常よりも早い情報伝達能力にある」


 リーダーの言葉を部下たちは黙って聴いている。


「予定より幾分も早いが団長のためだ。今より我らは本陣を襲撃する!」


 傭兵団の持つ騎獣全ては今この別働隊50に裂かれている。


 敵の布陣は河川で片側を塞いでおり、実にセオリー通りと言える。

 オマケに木製の杭や柵を設置する事で本陣の防衛力を上げている。

 本陣の兵力は騎兵が数騎居る程度と、幾ら魔法が使える貴族の戦闘能力が化け物とは言えど決して高い訳ではない。


 シュルケンと言う公爵家の人間を人質に取る事が出来るまさにボーナスタイム。

 それが奇襲部隊のリーダーの判断だった。

 彼の勝利への確信は仲間にも伝播し高い士気をさらに高揚させる。


殺れる! 


 戦場で鍛えられた本能が確かにそう告げていた。


………

……


「やはり来るか!」


 奇襲に兵を裂いている可能性は考えていたが、まさかここまで兵を裂いているとは予想外だ。


 手勢は俺を含めて十人程度……一人十殺とはいかないまでもその半分一人で五人は殺さないといけない計算だ。


「諸君聴け! 昔読んだ書物では亡国の危機に対して将軍はこう言ったそうだ。『一人十殺』戦況が悪化するにつれ『一人十殺、一騎兵』、『一人五十殺』と…… しかし! 私を含め諸君らは半人前だ! 『一人五殺』でいい! 生き残る事だけ考えろ俺も前線に出るっ!!」


 原点では一騎兵ではなく一戦車だったがまぁ似たようなものだろう……


 シュルケンの演説は、絶望に染まる兵の心を慰め自身も前線に出る事で兵の心は挫ける事はない。

 むしろ士気は高揚していた。

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