第25話お土産と相談
土産を買った兵や騎士の士気は高く、目につく魔物を片っ端から殺していた。
ある者は剣を閃かせ、またある者は槍で急所を一突きしてモンスターを倒している姿からは、行きと同じぐらいの時間をかけて帰るのに体力もつかな……と俺を心配させるほどだった。
しかし杞憂に過ぎず兵達はホクホク顔で歩いていた。
先触れを走らせていた御かげか男女関わらず屋敷の使用人が総出でズラリと整列している。
奥の方を見ればお父様とお母様もいる。
愛馬から降りると使用人を引き連れた両親が歩み寄ってくる。
「自由都市は楽しかったか?」
「とても勉強になりました。代官や村長、件の自由都市の市長から陳情が御座いますので後でお願いいたします」
「う、うむ……」
「お帰りなさいシュルケン」
「お母様お出迎えありがとうございます。温泉と言うものに入ったのですがアレは素晴らしいものでした。訊くところによれば美容にもよいそうです」
「あら、私も一度行って見ようかしら……」
「道路が出来ましたら是非……」
そう言って父の方をチラ見する。
「新しい事業や商品を思いつきましたので暫くは自室に閉じこもりたいと思います」
「全くシュルケンはアクティブなのかどうか判らないな……」
「お土産を買って参りしたので後程お渡しいたします」
「あら嬉しいわ! ドワーフの宝石細工は一流ですもの」
「……」
「勿論お父様様にも買ってありますのでご安心してください」
「詳しい報告は湯あみのあとにでも訊こう。
土産は……そうだな夕食の時にでも貰おう」
「判りました。私は旅の垢を落して参ります」
………
……
…
夕食後……
俺は旅先で訊いた幾つかの陳情を領主代行である父に報告していた。
「次は自由都市に道路を引くしかなさそうだな……」
父はやはり俺の言った事は正しい。
やはり自由都市への道を優先させるべきだったと言いたいのだろう。
しかし、それは大きな間違いである。
「それもこれも海路による食料輸送あってのもの……今の今までドワーフ族が耐えられていたのも、大量の輸送できる海路からの道を優先したからでしょう」
「むっ……確かにそうかもしれないな……で自由都市への道路整備案はどうするつもりだ?」
「建設予定地の周辺にある村に私の商会が宿を作って兎に角短期間で道路を作ります。今までに出た土砂を含めて河川を掘って土手を作りたいです」
「前に言っていた川の氾濫対策だったか?」
「その通りです。河川を整え川底を深くすれば大型の船が通れるようになりより交通が便利になるでしょう……」
水路は洋の東西を問わず近代で最も効率的な輸送手段だ。
現在でも武器や食料の多くは海路で運ばれる……それはコストが低く大量に運べるからに他ならない。
河川工事で出る大量の土砂も将来的にはアスファルトやコンクリートに用いる事が出来るので無駄がない。
河川のL字型の部分は信玄堤やローマンコンクリートを用いたテトラポットを置いて浸食を抑制する。
しかし、土手とその下にはもう一つ使い道を考えている……一つは、舗装し高さが一定であることを活かした高速道路的な使い道。これは将来的には鉄道や馬車鉄道に置き換えていきたいが、先ずは河川の氾濫による経済・人的被害の抑制が一番だ。
政治……
汎ユーラシア文明、取り分け東洋では竜蛇の怪物は、水害の
西遊記や
古代中国の伝説の王朝である夏王朝の太祖にして、三皇五帝の一人
また古代中国の前漢五代皇帝である文帝や隋の第2代皇帝
洋の東西を問わず河川とは古代において道であり、上下水道であったのだ。
税金をかけるべきは本来社会の根幹であるインフラなのだ。
アメリカのニューディール政策、日本の日本列島改造計画、中国の一体一路、ナチスドイツの
「確かに……この数年で船の輸送力を身をもって実感したからな大事業になるだろうが、冒険者ギルドのいう継続的な仕事に繋がって一石二鳥だな」
「はい。『運河』と『道路』でドワーフ製の白磁、水車の改良型の軸、武具を輸出しその代わり麦などの穀物を送る……こうする事で、独立意識を持ったドワーフをより我が公爵家の経済圏に囲い込む正に『小麦の奴隷』です」
『小麦の奴隷』とは、『サピエンス全史』を出典元とした語句で、狩猟採集民族から農耕民族になった事で表面上は豊かになったが、小麦を育てるために殺し会うようになった事実を揶揄した言葉だ。
今回の場合は、小麦を得るために鍛冶仕事をさせそれを安く買いたたき主食を盾に首輪を付ける政策を差して言ったのだ。
食料やエネルギー資源をどこか一つの国や地域に依存した国は、取引相手との関係を損なわないようにする必要がある。
例えば、アイヌ民族は僅かな米を得るために大量の魚を松前藩と交換したという……
「食料問題を首輪にして緩やかな同化政策を推し進めたいのだな……」
「最終的にはおじい様の判断になるでしょうが、私は将来的にはドワーフ族を家臣としつつも潜在的な敵と扱う方が良いと思います。その前段階として移民の村落を自由都市の周囲に作ります」
「食料を自給できるようになってしまうのではないか?」
「あくまでも、食糧問題を一時的に凌ぐ為です。傭兵も冒険者も農民になりたい者は数多く居ます。ドワーフ族はその村々を守らなければ少しの食料も手に入りません」
「なるほど……兵のリソースを裂かせつつ公爵家の利益とするのだな」
「その通りです。村が増えればそこを治める代官や騎士が必要になります……これは戦後のためでもあるのです」
戦争を生き抜いた一代騎士に「はい。村の村長にしてあげる」と言えば戦後になぜか良く現れる山賊対策にもなる。
帝政ローマの皇帝カラカラのように兵に優しくしないと、『三世紀の危機』や『軍人皇帝時代』のように
野球などの専業スポーツ選手のセカンドキャリアは悲惨である事が多いと訊くし……それはこの世界の兵士も変わらない。
戦争で徴兵した兵士の末路は、野垂れ死ぬか山賊かと相場が決まっているぐらいだ。
「確かに過剰に雇いすぎた兵や傭兵が消え夜盗の類が増えるその対策として村を作る訳だな……」
「傷痍兵士や未亡人にも出来るような手仕事を与え手厚い保護をしたいものです」
そうしないといざという時に安心して俺のために死んでくれないからな……
「見舞い金は一時的なものでしかなく解決にはならないか……」
父上は反芻するように呟くと、
「……判った。今まで貯めて来た金はこの対モンスター戦争のために吐き出す! 陸路、水路、海路の三路を軸に領地に道路網を敷き富国強兵を目指す」
「道は兵にとっても民にとっても、公爵家にとっても利益となるものですので間違いのない選択かと……」
こうして俺の十歳式まえの小旅行は終わった。
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