第24話水車は廻る

 今日は遅れに遅れた夕食会と言う名の会議……

 ドワーフ族の料理は何というかドイツっぽかった。

 食料事情を鑑みてか品目は少ない。

 しかし味は抜群と言っていい。


「――――んっ!! この豚肉の腸詰めは最高だな……」


 表面の皮はピンと張っており、歯を突き立ててればパリっと割れスパイスやハーブの香り豊かな肉汁が口内に溢れ出す。

 からしや粒マスタードなどなくとも十二分美味く、昔ドイツから取り寄せして食べたソーセージに匹敵する美味さだ。


 しかし、日本人である俺としてはウスターソースとかケチャップをかけて食べたいという思いが溢れて来る。

 ホットドッグ食べたい。


「ドワーフ族の家庭の味は腸詰めと言われておりまして、スパイスやハーブの量、詰める肉の種類、茹でるのか焼くのかでも全く違う味を表現してくれる……まさに “おふくろの味” と言う奴です」


 日本の味噌汁や韓国のキムチ、インドのカレー粉のようなものだろう……同じ料理名でも家庭や地域で味が違う実に良い事だ。


「キャベツの漬物で口直しにしたり、マスタードを付けると美味しいですよ?」


 実にドイツ的な食事だ。

 しかし、魚料理がフィシュアンドチップスだけとか微妙にイギリス風なんだよなぁ……


「楽しんでいただけましたかな?」


「うむ。あの腸詰めは持って帰りたいぐらい美味かった……」


「では幾つかお土産に差し上げましょう」


 ここまでは前哨戦。

 ここからが本番だ。


「俺からの提案なのだが……舶来の陶器と同じモノを作りたくはないか?」


「……っ!? 舶来の陶器とは白磁のことですか?」


 アダムズ市長は心底驚いた表情を浮かべるも、俺の言葉の意味を即座に確認する。


「その通りだ……」


 この世界においても白磁や青白磁は高級品であり、東側世界から陸路や海路で輸入される。

 そのためこの西側世界に辿り着く頃には、超が付く程の高級品となっている。

 織田信長が領地ではなく、茶器で家臣に褒賞を支払うような暴挙がこの世界でも出来そうだと考えるぐらいには高価なのだ。


「正確にはその製法に当てがある……と言った方が正しい」


「しかし、技術が確立されていないのでは空手形と同じです……」


 アダムズ市長の言葉は正しい。

 そう、あくまでも俺が持っているのは基礎知識……カルシウム濃度の高い粘土を高温で焼くという事だけだ。

 カルシウム濃度を上げる方法として骨や貝殻を使う事は知っているしかし、実体験の籠った知識ではないのでどこか地に足付かないものとなってしまう……


「かもしれん。しかし、試す価値はあるだろう? 他にも貴殿らドワーフが稼ぎ、我が公爵家も富む案はある……」


 なので当然幾つも腹案がある。


「それはなんでしょう?」


「観光業だ」


「観光業ですか……」


「金持ちに来てもらって疲れを癒す。それだけでも価値があるだろう……それにこの街には天然温泉がある」


 つまりは元手が凄くかからない。


「あの湯にそこまで魅力が?」


「元々住んでいる者はその土地の魅力に気が付き辛いのは仕方がない。なぜならそれが当たり前だからだ。当然道路整備などは必要だ。

湯の効能としては『不安定症、不眠症、きりきず、冷え性、乾燥肌、便秘、食道炎、糖尿病、痛風、関節リウマチ、貧血、皮膚炎、化膿、肩こり、腰痛、美肌』などの効果があると言われている」


 前世の日本でも色々な伝説(ヒレ)と共に数々の効能が謳われていた。消費者庁調査コラボしてないので多分本当なのだろう……

 

「流石に盛りすぎでは?」


「事実、湯の成分によって違うらしいがこのような事を謳い文句にしている場所は多い。何心配するな不安なら湯に回復薬ポーションを混ぜてやればいい」


 多少コストはかかるが何度かに一回、ポーションを撒いてやれば格段に効果が出る。効果、効能には個人差がありますとでも言って置けば問題ないのだ。


「なるほど……それなら効能の一部に嘘はなくなりますな……」


「観光では往々にして財布の紐は緩む。陶器や武具、衣服、食品などの土産物、宿に払う代金全てこの街に落とすことが出来る……」


「しかし、それは道路工事が整わなければなりますまい」


「その通り、故に俺はこの道路工事には周辺の村や町に労役税を課し道を作る事を父上……領主代行に奏上するつもりだ」


 俺の言葉に会食の席を共にするドワーフ達は互いの顔を見合う。


「そのためにはこの場所がより重要で無くてはならない。改良型水車の軸部分の生産を任せたい……」


 従来の水車は壊れやすく効率が悪かった。

 しかし、近世までの改良・発展に伴って耐久性とエネルギー効率は飛躍的に向上した。

 火薬を大量生産するにも、紙を作るのにも水車は必要不可欠と言っていいだから水車が重要なのだ。


「水車ですか……」


 拍子抜けと言った表情をするアダムズ市長に対して重要なひと言を告げる。


「鉱山での排水や酸素を送り込む事に今は魔法を用いているが、それを水車の力を用いた装置で代用できるのだ」


「それは凄い事ですが “魔石” を用いれば済むことなのでは?」


「確かに魔石を用いれば済む事は多い。魔石は高価で安定供給が難しいがどこでも誰でも使えるが、水車は逆なのだ」


「安価で安定供給出来て、どこでもは使えない……」


「そう、俺は誰でも使える他の力を考えているがそれにはまだ技術が追い付いていないのだ」


「確かに水車は粉引きや我々ドワーフ族の象徴である鍛冶などに用いられるものです。本当に効率的なものが出来るのですか?」


俺を信じろトラストミー!」


 この世界の水車は、重さを利用するが場所が限定される『上掛水車』と何処にでも設置でき衝撃を利用し効率が悪い『下掛水車』が主流だ。


「判りました。それでどのような水車を提案していただけるので?」


「先ず先に断って置く俺は一気に技術を革新させるつもりはない」


「なぜ出し惜しみするのですか?」


 その言葉は職人としてものであれば百万点、ただ為政者としてはマイナス一億点の回答だ。


「より良いモノとは、市場を良くも悪くも独占し失業者を増やしてしまう何事も時間が必要なのだ」


 一度で完成品を作ってしまうと俺が一般人だと化けの皮がはがれかねない。『ばけのかわ』が剥がれる前に積んで置かないとただだでさえ少ない手札を一気に捨ててしまう事になる。

 それでは金が稼げない!


 先ずは絶対できる軸が金属製で時間を稼いでいる間に、湾曲した羽を持つポンスレ水車や、現代の水力発電にも用いられているフルネイロン水車を開発する……ニーズが高まった所で金属製をリリースすれば数回稼げる。


 バージョン違いでゲームを出して、DLCを出したにも関わらず完全版を移植で出してDLCを出す……そんなゲームやアイドルで良く行われる悪徳商法で一喜一憂していた俺だが今度は俺がそれを使う側に回る!!

 

 バン〇ム商法! 特典商法! 株ポ〇商法! A〇B商法! 完全版商法! ファンディスク商法! 曲芸商法! がなんぼのもんじゃ! この世界にはそう言った商法を使う奴はいないからな俺が先駆者となる。


「……なるほどそのように深いお考えがあるとも知らず……ご容赦ください」


 そう言って頭を下げる……俺は稼ぎたいだけの悪徳商人丸出しの考え方なのに……なんだろうこの罪悪感は……


「……うむ。判ればいいのだ。この自由都市でのみ秘密が漏れないように出来るというのならば、一歩先を行く知識を教えよう」


 今回俺が先出しするのは、『胸掛水車』と言う衝撃と重さを利用した両水車の良いとこどりをしたもので、位置エネルギーが重さではなく衝撃に変換されないように、胸壁を付けないといけないが倍の効率があると本で読んだ事がある。

 出来れば鉄性水車にしたいが、鉄は現在戦略物資であるため難しい。

 これで時間を稼いでいる間に、もっと便利な蒸気機関を完成させる事を目標にしよう。

 蒸気機関の始祖たる二人のトマスとワット先生! 俺に力を貸してくれ!!


「判りました……工業区に近づけるのは職人だけとし警備の兵による巡回と中を覗けないように壁を作ることにします」


 まぁ及第点かな……


「ドワーフの技術あってのものだ、間者に技術や情報を抜かれアドバンテージを捨てるのはもったいからな……」


 こうして俺は、水車の軸の改良と条件付きで胸掛水車の設計を教えた。

 これでドワーフ族の戦略的価値も上がったし、道路を作る事は必要不可欠と言っていいだろう。

 ドワーフを食料と言う鎖で飼いならし、武具や水車で公爵家は富む正にWIN-WINの関係だ。

 まぁ一番得をするのは俺だがな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る