第16話町を視察をしよう
お父様と道路について話した時、本当は『駅』も設けたかったのだが予算の都合で断念、道路が通る村落に騎獣を貸し与え、
代わりに飼い葉は村負担、軍事等で必要な際は強制返却で合意していた。
そろそろ最初に貸し与えた馬や
村は交易などの際の移動手段を得ることが出来、牛馬と同じく畑を起こす際にも役に立ち、万が一死ねば肉にもなる。
勿論当家にもメリットがある。公爵から貸し与えた騎獣提供の要請があれば応える事と定められており、伝令がより早く移動するための代えの騎獣となっているのだが……
本来は
なので有用性を示そうと幾つかの町で、町の中だけをグルグルと移動する馬車を設けたのだ。
馬車は特定の停車『駅』に止まり人間や荷物を積み代え、時には馬を
平時では無駄飯喰らいでしかない動物が金を稼ぐ道具になり、必要であらば軍事転用が出来る……実に合理的だ。
今でも鉄道を軍事施設と捉えている国は多いと聞くからな。
今日は、視察と言う名目で今日のこの路線は貸し切りとなっていて、乗っているのは文官数人と護衛の騎士と兵士あとは師匠である『剣鬼』ヴィルヘルム・ヴァレンシュタインだけだ。
「どうだ?」
「素晴らしいですな……数年前に若様から『駅伝制』と言うモノを説明された時は、『何を戯言を、兵法も知らぬ子供の浅知恵』と、内心考えておりましたがどうやら儂の目が曇っておった様です」
と、先代当主から仕える老家臣は自分の間違いを謝罪した。
「翁よ、これは私の知恵ではない。古の大帝国時代には国中に張り巡らせていた制度を今風にアレンジしただけに過ぎん」
と、謙遜風な言葉を吐く。
それっぽい話を言ってはいるものの、実は現代日本にある『バス路線網』のパクリだからだ。
この世界に何個か大帝国があった事は事実、『駅伝制』があったかどうか俺は知らない。
公爵に相応しい教養ある教育の中で、家庭教師からも教えられていないので本当は無いのかもしれないが、元の世界では紀元前五世紀頃の中央アジア(アケメネス朝ペルシアなど)では、既に『王の道』が存在していたので、都市国家が領域国家型の中央集権体制を確立すれば成立するハズなので、この世界にも多分あると信じたい……
「儂の為に……ありがとうございます」
そう言って深々と礼をした。
「値段は手頃で街をぐるり一周していて便利ですね……しかも一律の価格と言うのは分かりやすいですな」
若い文官の言葉に苦笑いで返事をする。
「本当は下りた時に支払って貰う積りだったんだが、幾らでも料金が誤魔化せる事に気付いて一律の料金になっている」
老家臣は少し考えた後にこういった。
「符を交付すればよいのではないでしょうか?」
……あっ! バスや電車のイメージでいたから切符(紙)でなきゃいけないって固定概念があったけど、別に木片……割符なんならコインでもいいのか……
自分の判断ミスを嘆いていると若い文官が自分の意見を述べた。
「ロイマン様の御考えも商売としてはありでしょうが、マヅサガ商会……ひいてはベーゼヴィヒト公爵が業突く張りだと言われ兼ねません……民もいきなり値が上がれば文句の一つもでるでしょう。なので、区間を区切ってその一定区間内は同一料金とした方がよいのではないでしょうか?」
若い文官の言葉にも一理ある。
現在は乗車する際にはパン一つ分程度の運賃を求めているが、明確に区間を分けるというのは十二分に “有り” だ。
『駅』のデモンストレーションと、新型馬車の実験と小銭稼ぎ程度のつもりだったが、これは俺の商会の主力商品足りえるな……
「確かに今までよりも値が上がると言われれば嫌な気持ちにはなるな。リヒトや若様のような若い人間の方が柔軟な発想が出来て羨ましい限りです」
「新型馬車の乗り心地はどうだ?」
「揺れが少ないですね」
「商会の新商品でしょうか?」
「実験中の商品で
「懸架式と違って少し揺れるが大人数を輸送できるのは大きな成果だな!!」
「このクッションも心地良いですな!」
現在主流の馬車は懸架式と呼ばれ、人が乗る車部分を鎖などで吊り下げるのがコレには致命的な欠点がある。
大人数が乗れない事だ。
人間の輸送手段としては致命的なため、貴人が乗る車にしか取り付けられていないのが現状だ。
しかし工業的な難易度こそ上昇するものの、
無論、現代の自動車のようにショックアブソーバーを作る事が出来ればよいのだが……ドワーフ族に命じて現在鋭意製作中である。
ゴムタイヤも開発しなければいけないのだが……ゴムはヨーロッパにはない。あくまでもヨーロッパ風の世界なのであるのかもしれないが、ゴム自体は
異世界の便利枠スライム先生にタイヤになって貰うのが一番だろうか? とある作品では麺のように加工され食べられ、またある作品では剣や防具になったりと、その器用万能さを露わにしているスライム先生ならタイヤにもなってくれるハズだ。
期待しているぞ、スライム!
「現在、今よりも素晴らしい製品を開発中だ。開発され問題なければ公爵家に先ずは卸される……貴殿らも乗る期会は訪れるだろう……今日の視察のメインは終了した。後は街の飲食店で食事をし直に変化した雰囲気を肌で感じるとしようか」
そう言って皆を商会が経営するレストランに案内するため馬車を走らせる。
「アレは冒険者
師匠である剣鬼がそう呟くと、護衛達の視線が一斉に俺に向いた。
何を隠そう………俺が金を出す羽目になった元凶ともいえるものが、冒険者ギルドだからだ。
「ほう。あれが冒険者ギルドか……随分と外れにあるのだな」
馬車は大きく時計周りに周遊しているため、現在は街の外れ方に位置している。
「不浄門に近いのです」
「そういうことか」
「シュルケン様寄っていかれますか?」
騎士の一人が声を上げ質問する。
護衛として主の意思を尋ねたようだ。
白昼堂々、騎士を冒険者ギルドへの使いに遣る訳にはいかないと考えた俺は冒険者である師匠に先触れとして伝令をお願いすることにした。
冒険者であり、勝手が判っている師匠ならば悪いようにしないと思う。
「うむ。そうだな一度寄ってみるとしよう……申し訳ありませんが、師匠には先触れとなっていただきたいのですが……」
「判った。ギルドに伝えておこう」
師匠はそう言うと馬車から飛び降りて、冒険者ギルドのある方向へ走って行く。
師匠が見えなくなると俺は本題を切り出した。
「さて師匠には悪いが俺達は一足先に昼食を取るとしよう」
「『剣鬼』殿には申し訳ないがそのようにしていただけるとありがたいですな」
ロイマンはそう言うとわざとらしく腹を手で擦って見せる。
「では、冒険者ギルドの前にある店に変えよう」
距離が遠いレストランではなく、冒険者ギルドに近い食堂のような店に目的地を変える。
店に着くと騎士がドアマンのように食堂のドアを開ける。
店員も俺の服装から一目で貴族が来た事を悟ったのか、直ぐに奥に引っ込むと責任者らしき男を引っ張り出した。
冴えない容貌の男は、俺を……正確には騎士の鎧を一目見ると一気に顔が青ざめた。
「シュルケン様本日は公爵家の方を連れた視察だと伺っておりますが……当店に足を運んで頂くご予定は無かったと思いますが……」
不正などをしている訳ではないだろうが、こうも挙動不審な言動をされると“横領” などを疑わざる負えないが、今はどうでもいい。
一応ケインに命令して金の動きを洗わせるか……
おっと考え事に夢中になってしまっていた。
「冒険者ギルドも視察する事になったため、昼食の場所を変更したのだ。店長には悪いが、向こうの店に使いを出してくれ」
騎士に伝令に行けという訳にはいかないので、この店の店員にやって貰う事にした。
試作品の時に向こうのメニューは食べているので正直あまり興味はない。
文官二人への袖の下だと思って、楽しんでもらおう……。
見た目が幼いとは言え、気を遣う相手……上司や取引先の相手とメシに行くよりは同僚や同じ苦労を体験した仲間とメシに行く方がよほど楽しいだろう。
「畏まりました。ただ、この店でお出し出来るのは冒険者や街の住民が食べる程度の料理ですがよろしいでしょうか?」
本当にウチでいいのか? と言うような旨の話をする。
「構わん、現場の実態を自分の目で見聞きし判断する……そのための視察だ。それと昼食の予定の店は夜に予定を変更すると伝えてくれ」
「畏まりました。それでは奥の特別室をご利用下さい……宜しければ騎士の方々もお隣のお部屋で軽食などお召し上がりに成れるように手配いたします」
「任せる」
そう言って俺達は案内された席に座る。
特別席とはいっても、周囲と壁で仕切られている程度で少し金のある冒険者が使う用の部屋と言った雰囲気で、貴族の俺からすればあばら屋同然だ。
そう言えば、「冒険者や貴族が喧嘩すれば店は壊れるのだから、建物にコストをかけても仕方がない」と、ケインが言っていた気がする。興味が無いから忘れていた。
ロイマンは、紐で束ねた
「珍しい。この食堂にはメニューが記載されているのですな」
識字率が極端に低いこの世界にでは、メニュー表はあまり意味をなさない。
多くの場合は、「肉料理!」や「麦粥!」など調理法や広く知られた料理名で注文するか、店員側から「こんなのあるよ」と提案するスタイルでメニュー表があるのは、文字の読めるインテリ層=富裕層向けのレストランにある程度だ。
「毎日見れば何となくでも文字が読めるようになる……それだけでも意味があると思ってな」
「立派なお考えかと」
「金があるのなら『藩校』……領主が騎士や家士、頼子に教育を施すために作られた学び舎を作りたい。宗教国や王都に留学させ優れた学識を持ち帰り発展させるために、基礎教育を施す機関を設けたいモノだ」
「現在でも騎士や貴族は教育されていますが……」
「その程度では足りないと言っているのだ。万民に学があれば、より優れた人材が埋もれにくくなる。各村々にある神殿に幾ばくか金を渡し村民を教育させるのも面白い」
そんな雑談をしていると、料理が配膳される。
シチューに黒パン、葉物野菜の酢漬けと言ったってシンプルなものだ。
この世界の平民の食事をキチンと食べる機会は数える程で正直言って興味がある。
騎士が俺の毒見をしている間に、文官は食べ始める……
「むっ! 昔、訪れた村で振る舞われたシチューよりも美味いぞ!!」
そう言うと木製の匙が忙しなく動く。
見た目はアイリッシュシチューやボルシチのような赤いシチュー。
メニュー表を見る限りこの店でも高い方のメニューだから、文官の舌を納得させる事が出来ているのだろう。
「では……私はパンから……」
と言うとリヒトは黒パンを手で小さくちぎっると口に入れる。
「手に持っていた時から判っていたがこの黒パン柔らかいですね!」
「『発酵』させているからな」
「『はっこう』ですか?」
「『発酵』とは、ワインやパン、ヨーグルトや
「シュルケン様は博識ですね」
この世界のパンの発酵は甘く空気中の常在菌を使って発酵させるだけのモノで、現代のパンのように優れた菌を餞別し二次発酵までされていなかったので、五年かけて改善した中でも特に大きな部分だ。
料理人や職人でも「神の奇跡」、「錬金術の一種」、「精霊の悪戯」と言われあまり研究されていないようで……
より美味い料理を食べる為には実験と検証は必要だと説くも……上記のような事を言われ、賛同してくれた僅かな料理人と研究していると部門長から圧力をかけられ、部門料理人長を黙らせるために「出来らあっ!」と香介くんのように宣言し、料理対決……
あの戦いは熾烈だった。何人もの料理人と戦う中でこちらの経験の浅さを突かれて見たり、審査員を買収されたりと超次元サッカーも真っ青になるバトルを繰り広げ少しずつ俺が求める美食に近づいて来たのだ。
「パンが酸っぱくなくなったのは少しモノ悲しいですが、柔らかく美味くなったのは確かですな」
とパンの味の変化に少し戸惑っているものの概ねの評価は高いようだ。
その内、クリームやバター、卵をたっぷりと使った食パン風のものを作りたいが、この世界の基準だと
元の世界でも日本のパンは菓子パン扱いらしく、それはマリーアントワネットの時代から変わらない。
自分でも食べてみるが、そこまで美味しいとは思わない。
やはりコク(油分)が圧倒的に足りない。
料理を食べ終わる頃には、冒険者ギルドとアポが取れたようで師匠が戻ってくる。
「冒険者ギルド長が、会談を受けてくれるそうです」
「では少ししたら向かうとしよう。師匠も食事を取られるといいでしょう」
「それは助かる。実は腹が減っていたんだ」
師匠が食事を終えたころ、俺達は冒険者ギルドへ視察に向かった。
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