第15話side回グルメ
この世界のご飯は基本的にあまり美味しくない。
冷蔵庫など無く、あっても氷室程度なので基本的に全て保存食になる。
『乾物』、『塩漬け』、『酢漬け』、『オイル漬け』、など兎にも角にも日持ちさせことを優先し、新鮮な野菜は畑に植えたままにしておき欲しい時に収穫することが一般的なのだそうだ。
しかし道路が整備されたことで移動にかかる日数が減り、我が公爵家でも海産物が食べられるようになった。
以前は川や沼に棲んでいるドロ臭い魚が出ることが多かったので、海産物は前世が日本人である俺には嬉しい。
しかしまだオイル漬けが運べるようになった程度、刺身に慣れたこの俺としては妥協は出来ない……
「シュルケン様、新作をお持ちしました……」
そう言って料理人が運んできたのは『ハンバーガー』と『サンドウィッチ』。数年前に小腹が空いたので夕飯のステーキの残りを挟んでもらって以降、料理人の創作意欲に火が付いたらしく定期的に新作が持ち込まれる。
剣を振って居なければ今頃立派な豚貴族だな……
皿の上に盛られたハンバーガーを手に取って一口齧る。
前世の料理には及ばないものの確かにこれはハンバーガーと言える味になっている。
料理を作ったであろう料理人は不安げな表情を浮かべ質問する。
「どうでしょうか……」
俺はハッキリと答える。
「50点だな」
前世に食べたバーガーチェーンのモノに比べ油の質が悪いのかベタっとしている。
目標が高いのは判っているが、俺が美食を食べるためだ致し方が無い……
「川魚……それもナマズのフライだが衣はもっと薄衣でサックリ揚げた方が良いと思う。今のままではベタベタしている。
それと貴殿らに開発して貰った『タルタルソース』だが、油ものと食べ合わせるのだからもう少し酢を利かせるか甘みを足した方が美味いと思う。季節が合えばレタスを挟む事で改善出来るが……ソースとフライの改良をした方が手っ取り早い」
「ご指摘ありがとうございます。マヅサガ商会で提供できるようレシピの改善を行いたいと思います」
「励め。レシピが完成すれば約束通り報酬を払う」
「ははっありがとうございます」
礼をすると料理人は部屋を後にした。
………
……
…
シュルケン様は『食に煩い』これは料理人の間の共通認識である。
剣を学び、魔術を学び、領主代行と領地について話し合う様になったころからご自身で新しい料理を作られるようになった。
中でも新しかったのは、片手で食べられる軽食の発明だ。
メイドや騎士、文官や領主代行とボードゲームや話し合いをされる際にシュルケン様が考案されたもので、現在は労働者に向け販売される屋台メシとなっている。
それ以降、『肉が固い』と言われれば氷魔法で作られた棘の生えたハンマーで肉を叩いたり、包丁で細切れに叩いた肉を成形し焼いたりと、一見すれば奇行としか取られない行動をするのだが、その半分程度は本当に料理が美味くなる。
現在ではご自身で調理場に立たれることは、料理人一同の懇願によって回数こそ減ったものの、定期的にアイディアが浮かぶらしく『この通り作れ』だったり『この料理を完成させろ』と命令される。
最初は腹が立ったが、『新しいレシピを開発したものに褒賞を与える』『また既存のレシピを改善し俺が満足しても褒美を与える』と言われ、実際に作ってみると新しい発見がり調理の腕が上がるとの評判でまた金払いもいい。
現在俺は、シュルケン様から命令されたある料理で苦戦していた。
・鶏や豚の骨と香味野菜や根菜・葉物野菜と共に白濁するまで煮る。適宜、灰汁を取る。
・白濁したスープに塩(別途記載のソースでも可)、鳥や豚の脂を入れ味を調え。別途記載の麺を茹でた後に入れ完成。
※別途記載の豚肉や鶏卵、葱、別途記載の乾燥した海草を乗ていいだろう
………
重層を混ぜたパスタ麺……中華麺は完成したものの麺の形状や太さを改良しろと言われているので一応問題は無い。
しかし、苦労したのはスープだ。
灰汁を取っても臭みが消えない。
香味野菜や人参やキャベツなどの野菜を入れすぎると甘みが出てしまい。シュルケン様曰く遠い味になってしまう。
俺は十二分に旨いと思うのだが……シュルケン様には物足りないらしい……一応戦場でも使えるレシピと言う事で伝えて見れると、領主さまからのお褒め言葉を頂いた。
「今までは部位を気にせず豚の骨を使っていたが、気にした方がいいのかもしれないな……」
ここで俺はヤル気を取り戻し、一度レシピを見直す事にした。
今までは骨の場所など気にせずに煮込んでいたが料理とは挑戦である事を思い出し部位に拘って見る事にした。
しかし……
「……思った程変わらないな……強いて言えば味が出やすい部位はあれども匂いが減れば味が落ちる……」
臭みを消すことを目標にしていたのに、臭みを減らす組み合わせをすれば肝心の味が落ちる。
二者択一を迫られていた……
「ならば! 豚や鶏と言われていたスープの基本を変えてみよう!」
道路整備で手に入り易くなった乾燥させた小魚や貝類を煮込むが……
「……美味いが目指しているものとは違うな……海鮮……特に貝類を煮たモノに塩を入れ味を調え、煮干し……小魚のスープに入れるとよくなじむと思う……」
と感想を言われた。
言われた通りにしてみると確かに美味い。
海鮮の良い香りが鼻に抜ける……しかし、獣臭いスープにこのスープを入れても匂いが混ざるだけだ。
小魚のスープで濃度を調節するだけならいいが……これで完成と言ってもレシピの改良を命じられるだけだ……
「何を悩んでいるのですか? 臭いのなら最初に煮た汁を捨ててみればいいでしょう? 洗濯と同じですよ。一度でダメなら二度、二度でダメなら三度でもやればいいのです……」
妻の一言で俺は天啓を受けた気さえした。
料理の神……がいるかは判らないが、もし居るのであれば妻を介して助言を頂けたのだとさえ思う程に俺の心は高揚した。
早速俺は一度目の茹で時間をどの程度にするか? の実験を開始した結果。
部位によって異なるものの、概ね四半刻(30分)程度が最適だと判明した。
また豚のスープと合わせる際には鳥の骨は後から居れると良いことが判った。
「匂いが減った事で豚骨を基本としたスープ本来の味が良くわかる。しかし、ここまでくると元々ある欠点の舌に残るザラザラ感が気になるな……」
シュルケン様の反応が過去一番いい。
いつもならここが足りない。と触れてほしくないような部分を突いて来るのだが、舌に残るザラザラ感は俺自身も感じていた問題で既に解決策は講じてある。
「自由都市に住まうドワーフ族の鍛冶師に目の細かいザルを既に作らせております」
「でかした! 約束通り褒美を与える。また追加してお前の望みを俺が出来る範囲で答えよう……」
と破格の御言葉を頂いた。
通常であれば、望みを叶えると言われても謙遜し辞退するのが一般的な行動だ。
しかし、俺は料理人。
美食の探求を終わらせる事は出来ない……
「ではこのスープパスタの研究を一任していただきたい!!」
「スープパスタでは少々紛らわしい。これからこの料理をラーメンと呼称し、貴様をラーメンの研究を主に任せる。但し、当家に所属する他の料理人が新ラーメンを開発する事は認めて貰う」
シュルケン様は美食に煩いお方……独占して研究できるとは思っていなかったので致し方が無い。
「ははっ。しかし素材の使用優先権は頂いても宜しいでしょうか?」
「構わん。料理とは破壊と再生、調和と乖離によって生み出されるもの。他の料理からラーメンに繋がる事もあるまたその逆もだ……それだけは忘れるな……」
「ラーメンだけではなく、その経験を活かし他の料理も研究しろ」と釘を刺されるが知ったことではない。
俺はラーメンに人生を捧げるんだ!!
シュルケンの日本食探求のせいでまた一人、道を踏み外し人間道からラーメン道へと堕ちた亡者が生まれた。
シュルケンの飽くなきラーメン探求心は、家系ラーメンから鳥出汁の醤油ラーメンに移行し料理人を苦しめるのだが、それはまた別のお話……
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