第14話オーガ

 この世界の騎獣の種類は多く、馬以外にもラプトル型の走竜ソウリュウ、ダチョウのような巨大な鳥の駆鳥カケドリ、空を飛ぶ天馬ペガサス鷲馬ヒッポグリフ鷲獅子グリフォンなど多岐渡る。


 しかし基礎は同じらしく現在は、騎獣の中でも比較的温厚な馬をメインに練習している。


 ……と言う訳で、兵の野外演習に合わせ馬を長距離乗りこなす訓練をすることになったのだが……


 この馬を選ぶ際にもひと悶着あった。




………

……




 当初練習に付き合ってくれていた馬が急に俺を嫌がるようになったのだ。

「心当たりは御座いますか?」と厩務員きゅうむいんに問われ、「最近召喚した『子犬』が問題かもしれない」と答えた。

 すると「馬に慣れさせるために何度か連れてきて欲しいのですが……」と言われ子犬の『フェルン』を連れて行く事にした。


「どうですか? 牧場は?」


「素晴らしい。モンスター共を押しとどめているお爺様の精強な兵を、機動力と輸送力で支えているのは間違いなくこの牧場の成果と言えるだろう……」


 身の丈程の高さの柵の中には先が見えないほどの空間があり見える範囲でも、池や草原、林程度の木々が生えた丘が広がっている。

 その中には、馬や竜、鳥が放牧されており簡易の訓練場としても機能しそうだ。


 真っ白い毛並みの子犬を連れているだけなのだが、騎獣達は俺達の方を見据えている。

 走っていた馬も脚を止め、ジッとこちらを窺うのだ。

 興味深そうな様子ではあるのだが、恐怖の混じったような視線がまさに釘付けにされていると言った様子だ。


「珍しいですね……動物たちがここまで興味をしめしているのは……」


「フェルンのせいか?」


「それは何とも……」


 前世のプレイしていたゲームでも、暴君と称された破天荒な性格の馬を元ネタとしたキャラが居た。オリジナルだと騎手が「お願いだから走ってくれ」と念じながら騎乗したというぐらいだ。

 馬は犬と比べても勝るとも劣らないほど賢い生き物だ。

 

 何かを感じているんだろう……じっと俺を見据えている。

 

 一定の距離を開けたまま馬や鳥などの騎獣がジッとコチラを見ている様は軽くホラーと言える。

 しかし、困惑よりも好奇心が勝った一部の騎獣達は、興味心身と言った様子でゆっくりと近づいて来る……

 

 が、しかし襲歩……全力疾走で一頭の白馬を目端に捕らえた。


「あの馬こっちに突っ込んでこないか?」


「今の時間に騎乗している者はいないハズですが……」


「外敵か?」


「あり得ません。この放牧地は騎士や兵の乗馬訓練の場としても使われているので例えゴブリンが入り込んでも直ぐに駆除されます。よしんば見逃したとしても駆鳥が喰らうでしょう……」


 と語気を強めて否定する。


「ふむ……では興奮した馬が突っ込んできているという訳か……」


「あの佐目毛馬は、希少な金属光沢を持った種類なんですから殺さないでください……」


 と子供である俺に縋りついて来る……

 確かに陽光を反射してキラキラと輝く様は綺麗だ。


「攻撃さえしなければ手は出さん」


「シュルケン様!お願いしますよ……」


 佐目毛の馬は減速し数メートル手前で完全に止まる。

 他の馬よりも一回り小さいモノノ、話を訊けばまだ子供だという……


「この馬は乗馬用の訓練はしているのか?」


「ええ、これだけ立派な馬ですから……」


 馬は四本の脚を折って頭を下げる。


「乗れと言っているようです……」


 こうして新しい馬を手に入れた俺は、結局フェルンの影響なのか俺の影響なのか? 他の騎獣は暫く乗せてくれなかった。




………

……



 過去の出来事を思い出していると、馬を走らせ騎士の一人が寄ってくる。


「お上手ですよ」


「しかし、内腿と尻が擦れて痛いな……」


「皮が捲れ数週間悶え苦しんでこそ真の騎兵です。しかし、シュルケン様は羨ましいです。テケリでしたか? 召喚されたスライムを尻の下に敷いていて、私よりも痛くなさそうです」


「気になるのなら貴殿も、スライムを使役するか捕まえ革袋にでも入れて閉じ込めればよかろう……」


「その手がありましたか……」


 と感心したような口調でお調子者の騎士はそう言うと「早速狩って来ます……」と言って馬を飛ばした。


………

……


 湖畔の付近に繁茂した草原の辺りに腰を降ろして休息していた時だった。

 シュルケン様とメイドは湖に足を付け涼を取って居る。

 実に微笑ましい光景だ。

 これぐらいの年齢の貴族の子弟は本来、こうやって気負わない生活を送るのが普通であって、シュルケン様のように武芸に励むのは健全ではない。

 それもこれもモンスター共のせいだ。

 俺も気を抜いていた時だった。


 疲れ切った様子で兵が走ってくる。

 俺はその様子を見てただならぬことが起こった事を感じ取った。


「ほ、報告です。現在ゴブリンが襲撃を仕掛けており兵が戦っております!」


「判った! 直ぐに向かう」


 地面から腰を上げると、「どうやら小鬼共が出たようです! シュルケン様も念のため湖から上がって剣を持ってください」と声をかけた上で小鬼と戦う兵の元へ向かう……


 すると……

 キン、キン。と甲高い金属同士がぶつかり合う剣戟音が聞こえる。

 戦闘力では勝ってはいるものの数が多すぎるのか、形成はやや不利と言った様子だ。


(不味いな……)


 このまま戦えばほぼ勝てる。

 しかし、それは兵がミスをして陣形が崩れなければの話だ。

 命を懸けた戦闘に置いては平時よりも、集中力も体力も消費する。ベストな状態で戦えるのは数分と言った所だろう……


 剣と盾を持ったタンク役がゴブリンの攻撃を受け後方に控えた槍兵が合間を縫った一突きでゴブリンを仕留める。

 新兵だから残された彼らは、この数年で見違えるほど成長していた。

 しかし、命のやり取りの経験不足は数が増えれば増えるほど加速度的に増した疲労感が彼らを襲う……


「――――!?」


 ゴブリンの群れの中から少し遅れて、より体躯の優れたオーガが現れる。


「オーガだと!? あれに対抗できるのは俺一人……他の新人騎士では荷が重い……俺がやる……シュルケン様に逃げろと伝えてくれ……」


 俺は覚悟を決め従者に言伝を頼む……


 『お調子者の騎士ナイト・クラウン』と仇名されている俺にはサー・アップルヤードと違い目立った活躍は無い。

が、それは危険を冒さなかったからにすぎない。

 部隊が全滅するかもしれないが、ここで敵を倒せば金星となる時なら撤退を選ぶ。そのことで意気地がないと言われてもヘラヘラと愛想笑いで返す。そんな人生……


「俺も年貢の納め時か……」


 鞘から剣を払うと身体能力を強化させる。

 魔力で強化した渾身の袈裟斬りを放つ。

 が、オーガの持つ金属製の棒に防がれる。


 カーン。


「くっ、膂力の差かっ! 術理のない獣風情がッ!!」


  そう叫びながら剣を振るうが、全て奇妙な棒に防がれる……


「くっ!」


 悔しくて歯ぎしりをする。

 もうここで死ぬのだと、諦めかけた時だった。


「鬼か……へぇ……六角棒持ってるしまさに鬼に金棒だね……」


 シュルケン様はまるでいつも通りに、「花瓶の花変えたの? 今回のは微妙だね……」とメイドと日常会話でもしているような口調で独り言を話しながら近づいて来る。


(オーガの恐ろしさを理解していないのか……?)


 そんなことを考えている暇はない。直ぐに進言しなくては……


「シュルケン様お逃げください。幾らあなたに才能があろうとも……オーガは強敵です今なら私が囮になりますから……」


 まだ。まに合う戦闘になれば逃がす事は骨が折れるが、まだオーガはシュルケン様の戦闘力を計ることが出来ていない。


「大丈夫だよ」


 そう言いながら腰に差した剣を鞘から払い抜剣する。


 オーガは耳まで裂けた口を不気味に歪ませ、棒を振り上げ乱暴に振り下ろした。

 風圧で砂が舞いどうなったのか判らない。

 次の瞬間。砂煙が晴れた。

 シュルケン様は飛んだのか宙にいた。


「凄いね。本気じゃないとは言え特製の防御魔法を破るなんて……」


 浮いているシュルケン様に向かって金属製の棒を横一文字に振るう。

 が、剣を軸にして攻撃を受け流すことで少し吹き飛ばされはするものの致命傷を免れる。


「痛った。腕がジンジンするゴリラかよ……」


 ぶんぶんと痛そうに手を振る。

 その仕草は戦場には似つかわしくないほど自然な行動だった。


「あーあ、剣曲がっちゃったよ。テケリにあげるか……テケリ任せた」


 そう言って曲がった剣を地面に捨てる……


(騎士の誇りである。剣を捨てただと……)


 折れ曲がれば使い物にならないと頭は理解しているが、感情が理解を拒絶する。

 騎士道精神と主君への忠誠の具象化されたものが剣であると認識している騎士にとって単なる道具だ。と即座に切り捨てられるものではない。


 ……すると右腕に一振りの剣? が現れた。

 

「今度はテケリ込みの剣で試させてもらう……」


 互いの武器が真正面からぶつかり合う。背丈の高いオーガの方が通常有利なのだが、シュルケン様は対等に鍔迫り合いに持ち込んでいる。


「凄い……天才とはいえ子供の膂力で受けきれるものなのか?」


 しかし、次の瞬間俺の疑問は晴れた。

 シュルケン様の背後には何本もの細い線が地面に向けて生えており、太陽光を反射しキラキラと輝いている。

 細い線で地面を押すことで攻撃に耐えているんだ。


「テケリ『喰らえ』」


 シュルケン様の合図でオーガの棒が抉れた。

 オーガは状況を理解したのか即座に、棒を後方へ振り上げることで回避し最悪の事態を回避する。


「集団を率いる事が出来る高い社会性……ダンバー数ギリギリまでの人数を率いることが出来きて、俺を脅威と認識できるだけの高い知性……言葉の通じない別種の人類とみるべきか……実に面白い……オーガ君には練習台に成って貰う……」


 シュルケン様の雰囲気がガラりと一変した。


「――――ッ!?」


 袈裟斬り、返す刀での斬り上げ、スライムを槍のように伸ばしけん制、真っ向斬り、スライムの伸ばし左右から挟み込むような攻撃、横薙ぎ払い、袈裟斬り――――と縦横無尽に繰り出さす連撃の数々。

 負けじとオーガも鉄棒を駆使し器用に防ぐが防戦一方となり、体表を斬り割かれ出血しているものの致命傷には至っていない。


 スライムで形成されているためか、刀身の長さすら自由自在、千変万化の変化を遂げ今のシュルケン様の “間合い” を正確に判断するのは困難で実に戦い辛い相手だと思う。


 シュルケン様の中段回し蹴りミドルキックのフォームは綺麗な物だった。

 しかし、射程が足りない。

 が、スライムが集まり伸びることで射程の問題は解決される。

 蹴る寸前に軸足の膝が伸びることで、軸ブレが減る。また蹴る瞬間に足を伸ばし腰を使って遠心力を加えることで鞭のようにしなり威力と速度が上昇する。

 加えて蹴りの威力の方向を前方向に向け脛の上で体重を乗せるように蹴っているのだろう。


 パンと鞭が当たるような破裂音を立てて蹴りが顎に命中し、オーガの意識を刈り取る。


剣鬼師匠ならばこれぐらい対応出来るというに……他愛ない……」


 そう言って首に剣を突き立てた。


「小鬼共も狩らねばならんか……」


 そう言うと背後に魔法陣が幾つも現れる。


弾丸ブリッド


 一声で魔法陣から魔法弾が発射されゴブリンの胸元に着弾する。

 瞬く間にゴブリンは殲滅され周囲には、肉の焦げた匂いと鉄の匂いが充満する。


「怪我人を集めろ俺が治療する!」


 そう宣言すると、多少の不手際はあるものの兵に指示を飛ばし、被害の状況確認と治療を同時に行っていく……

 その瞬間俺は理解した。


 兵を率いる立場に俺は成れない。

既に自分はこの小さな少年の背を追いかける立場なのだと……


 黄昏れているとシュルケン様が話しかけてきた。


「何をしている騎士ヘイヴィア。本来の指揮はお前の筈だが……」


「すいません。動揺してしまいまして……」


「誰にでもミスはある。失敗と言う経験を積んで最終的に成功すればよいのだ。過去の帝国の将とて初陣では負けることが多かった。しかし、ここ一番の大勝負や成熟してからの戦争では負けていない。凡人である俺や貴殿は経験に学ぶしかないのだ」


 そう言うとシュルケン様は俺の傍を後にした。

 真っ赤に染まった夕焼けが景色を照らす。


「はははははっ! 自分の三分の一も生きてない子供に諭されるとはな……全くざまぁないぜ。しかし、シュルケン様はお優しいお方だ。未来の公爵家は明るいな……」




―――――――――――――――――――――――――――――

『騎獣』 騎乗可能なモンスターや動物などの総称。

ラプトルのような見た目の走竜ソウリュウ(MHワイルドPVの竜とか、リゼ〇の地竜)

ダチョウのような巨大な鳥の駆鳥カケドリ(チョ〇ボやフィ〇リアルのようなファンタジー生物)

空を飛ぶ天馬ペガサス鷲馬ヒッポグリフ鷲獅子グリフォン

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