第13話side回商人

 私はケイン、身分は奴隷です。

元は『ケインズマート』という商店を経営しておりました。

古参の商会と対立した際、冤罪をでっち上げられ店を潰され、家族共々奴隷へと転落、とよく聞く展開となった次第です。


 店舗経営出来るほど読み書き技能が幸いし、肉体労働の奴隷よりは待遇も良く扱われております。

といっても所詮は奴隷身分ですので、~よりはマシ程度なんですがね。そんなある日でした……



「然る高貴な方がお前を欲しいと言っている……」


 奴隷商は私にそう言った。

 つまり拒否権はないのだと言われたのも同然だ。


「私、だけで御座いましょうか?」


 私には懸念することがあった、そう家族の事だ。


 幸か不幸か家族も読み書き算術が出来る。普通でも高価な奴隷だが、読み書き算術が出来るだけでその価格は一般的な男性奴隷の数倍となる。

 通常の男性奴隷でも四人家族の家庭が “二年” 食っていける値段がするのにもだ。

 私の家族全員を買って貰おうとすれば十年分では済まない。


「違う。読み書き算術が出る人間が欲しいと先方には言われている……」


 良かった。妻も子供も読み書き算術は出来るこれで離ればなれで売られる可能性はグっと低くなった。


「あの! よろしければ……」


 私の言葉に奴隷商は言葉を被せる。


「判っている。妻子も一緒に売って欲しいという願いだろう? 先方は兎に角人数が欲しいとのことだ。お前もお前の妻子も当然候補に入っている……」


 た、助かった……

 しかし、これだけの大金を叩いて知識奴隷が欲しいというのは一体どんな人物なのだろう? 奴隷商の言う『然る高貴なお方』とは恐らく豪商か、貴族と言った所だろうが……今はそんなことを考えても仕方がない。


「ありがとうございます」


「構わん。俺もお前達を売ることで強力なコネが手に入るからな……精々励むことだな……」


 俺達知識奴隷はこの言葉の意味を正しく理解していなかった……



………

……


 皆「表を上げよ」と言われるまで地面に片膝を付いて、粗末な貫頭衣頭トゥニカ姿で頭を下げ平服している。


「俺が貴様らの主であるベーゼヴィヒト公爵家嫡子。シュルケン・フォン・ベーゼヴィヒトである。」


 白い狼をつれた子供が尊大な口調で自己紹介する。

 衣服や装飾品は一目で豪華だと判る。


 然る高貴なお方っ!? 奴隷商め! 普通高貴と言われても貴族程度と思うが出て来たのは、低いながらも王位継承権さえ持つ本物の貴族。

 それもベーゼヴィヒト公爵家だぞ……だれもが言葉を失うに決まっている……


 読み書き算術が出来る奴隷を集めたのは、一体何が目的だろう? 通常は貴族や商人の子弟を教育のためで多くの場合は一人だけだ。それももっと学のある人間を買う。


「諸君らは、皆『読み書き算術が出来る』と聞いている。奴隷商が嘘を付いているとは思わないが……仕事の振り分けのため試験しA級、B級、C級に分ける」


「「「――――っ!?」」」


「当然、等級が高ければ高いほど奴隷とは思えないぐらい待遇も携わる仕事のやりがいや重要度も上がる。と思ってくれ……

A級は当家文官の部下として働いて貰う。B級はAとC不足する方へ借りだす便利枠だ。C級は俺が所有する商会で実際に売り子などをしてもらう……」


 つまりA級を目指すのが吉と言いたいのだろう……


「A級の者の中でも特に優れたと認められたものは、“即時に当家で取り立て奴隷から解放する・・・・・・・・・・・・・・・・・・” 早速だが今から試験を開始する皆、励むように……」


 そう言い残すとシュルケン・フォン・ベーゼヴィヒトと名乗った子供はこの場を後にした。

 入れ替わるようにいかにも文官といった男達が部屋に入ってくる。


「シュルケン様の御言葉通り、今から試験を開始する。試験は筆記、仕事を共にする役人との面接、シュルケン様や家令との面接の三つがある基準に満たなかった者は買われすらしないので励むように……試験問題は羊皮紙の両面に書かれている回答は粘土版に記すように……それでは試験を始めます」


 三分の一を残して、それぞれ試験会場に案内される……


 なんだこの異常な試験は……噂に聞く国がおこなう文官の試験と同じようなモノを態々行うとは……


 筆記試験から始まる私は、目の前の問題に挑む……


「むっ!?」


 難しい……足し算、引き算、掛け算、割り算などの基本的な問題がそれぞれ10問ずつ存在している。しかしその出題のされかたに工夫が凝らされている。

 文官として文章の中から数字を抜き出し、計算する問題や、答えと式の一つだけ書かれており虫食い部分を推測する問題など多岐に渡る。

 作文問題や要約、手紙の書き方などのマナー問題も存在し如何に “即戦力” を欲しているのが判る。


 噂に聞いてはいたがモンスターとの戦は、文官も武官も酷く疲弊させているようだ。


 仕事を共にする役人との面接は、人柄と経歴、思想などを見られているようで信頼できる人間が欲しいと商人時代の経験から判った。


 シュルケン様や家令との面接は、殆ど形式的なもので上の人間と接する事でのストレス耐性を見ているのだと思っていたのだが……


 シュルケン様はクリクリとした目を見開くとこう言った。


「ほう……お前は元は商会の長だったのか……お前が望むのであれば俺の商会の実務を全て任せたいがどうだ?」


 商人として再起したいという気持ちはあるが先ずは家族だ。

 解放奴隷になることが出来るというA級になることが一番だ。


「私は、A級の奴隷として家族のために励みたいのです……」


「俺が所有するとはいえ商会の長だ幾らかは金を自由に使っていい、やりたい商売があるならやってもいいだが、俺の命令には従え理由があれば意見は聞く。ダメか?」


「一つ、お願いがございます」


「――――!?」


「無礼だぞ!?」


 警護の騎士や高位の文官が口を挟むがシュルケン様は手を上げて騎士や文官を諫める。


「訊くだけきいてやろう……」


「家族も商いの経験が御座います。私の経験を買って下さるのであれば家族全員同じ職場にしていただきたい!! どうかこの通りで御座います……」


「判った特別に認めてやろう……ただし、家族が願った場合は異なる職場で働く事は認めて貰う」


「判り……ました……」


 こうしては私はA級と判定を受けながらも、シュルケン様が設立された商会の代表となり、両親や妻、娘や息子それに元従業員と商会を運営することになった。


 当商会はシュルケン様が公爵家の子と言う事もあってか税制が優遇されていました。

 追加の優遇措置を頂けないか? シュルケン様に尋ねると……

 シュルケン様は珍しく不機嫌そうな表情を浮かべ語気を強めました。


「勘違いするな。俺は他の商会と同じように領主代行である父上が定めた権利を購入した上で行っている。身内の依怙贔屓でもなんでもない。そこを勘違いするな」


「ははっ。申し訳ございません。」


 形式的な謝罪をするが、私は内心でどうせ形だけの権利購入だろうと思っていた。

 しかし……


「父上……シュルケン様は本当に権利を購入されたそうです。一番金を出したのは御用商会だそうですが、シュルケン様の出資額も五指に入るそうです」


「それは本当かっ!」


 思わず椅子から立ち上がる。


「貴方っ!」


「す、すまない」


 周囲の奴隷から視線が集まり妻に注意され冷静になって椅子に座る。

 机が揺れワインが零れてしまった。もったいない。


「子供ながらに金を出すからには、計画に関わる権利があるとゴネられたとか……その際に提案されたことが補給のための道路建設と、村長や豪農、商人、神殿に向けた橋などの命名権の販売と言う方法だそうです」


「領主の特権である橋などへの命名権を売るとは考えるものだ」


 親父は感心したように呟いた。


 一定満たされた人間と言うのは、次に満たされるために歴史に名を残そうとする。その功名心に付け込んだ商売と言う訳だ。


「売れるモノは何でも売る。その姿勢はとても貴族的とは言えず商人的とさえ言えますが、俺は好感が持てます」


 と長男が褒める。


「商人的な考え方をする貴族か……」


 その考えか良いか悪いか今は判らないが、金を稼ぐことを「下賤だ」と言わないだけで理解がある。

 実際に金を出さなくても権利を得られる立場にいながらも確りと金を払う……

 傲慢で不平等な貴族と言うイメージがシュルケン様によって溶かされていくような気がする。


シュルケン様に賭けてみよう……下賤だと言われる商業が人々を幸せにするんだと俺は信じている……


 俺はその信念を胸に、数年かけて家族や元従業員、奴隷仲間と共にお預かりした『マヅサガ・・・』商会を発展させてきた。


 最初はハンバーガーやサンドイッチと言う携帯食を、道路工事で働く労働者に販売する屋台から始まった『マヅサガ』商会だが、シュルケン様の発案で行われる画期的な新商品やサービスによってその規模は飛躍的に成長し、食堂、宿屋、輸送業、行商、食品販売を行う大商会にまで数年で飛躍的に成長することが出来た。


 しかし、問題もある……


「シュルケン様!? 人が足りません!!」


マツザカ・・・・商会もか……」


 あちゃーとでも言いたげに、シュルケン様は額に手を当て天を仰ぐ。


「シュルケン様。何度も言いますがマヅサガ・・・商会で通ってしまっているので今更変更は出来ません!! それで今すぐ使える人材は確保できるんですか?」


 解放奴隷になった私はシュルケン様に強く当たる。


「欲しけりゃ、文官と協議しろ……お爺様の征伐軍に同行している文官がモンスターの襲撃で死んで追加で人員を派遣したから、今人をくれとかいうと寧ろ商会から引っ張られ兼ねないがな」


「だったら奴隷を……」


「公爵家とは言え対モンスター戦争で金は無ないし、むしろ俺が公爵家に金を貸し付けてるぐらいなんだ……人材が欲しいならいっそ他の商会ごと買うなり、従業員を高い給料を払って雇えばいい。奴隷だって商会の自由枠のなかで買えばいい……なんなら孤児や奉公人を教育するか?」


「その手がありましたか!?」


 通常は同業者に恨まれ兼ねないため引き抜きは行われない。しかし、公爵の血に連なる者がオーナーでありモンスターによって大なり小なり被害を受けている商会であれば、買収に応じざる追えないだろう……

 同時に孤児や奉公人を雇い教育を施せば商会の規模をもっと大きくすることが出来る……


 この人は遥か先を行っている……


「それでは、文官に商会の買収と奴隷購入について相談に行って参ります……新商品開発に熱心な事は商人としては嬉しくもあるのですが、公爵家の庇護民としては複雑な気持ちです……」


 ピッピと手首を振って早く行けと言うシュルケン様を、親戚の子供を見守るような温かい気持ちで見守りながら部屋を後にする……


 父には悪いが今のほうがずっと充実している……さて、文官と遣りあうとしようか……

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