第12話side回労働者

 俺はブエナ村のジョン、貴族の子供と戦うだけで大金がもらえるとの噂を聞き付けベーゼヴィヒト公爵領に来たんだが……


「おい! 新入り手が止まっているぞ?」


 頭部にタオルを巻いたおっさんが檄を飛ばす。

 堪らず俺は、「す、すいません!」と謝罪して、手に持ったスコップの匙部分をグッと踏みつけ、固い地面に先端を通して土を掬う。

 地面に汗がポタリと落ちるのでタオルで汗を拭いながら、掘り起こした土砂を手押し車に乗せる。

 そうすると係りの奴が荷台に乗せ、近くの土砂捨て場に捨てに行く……周囲には中級冒険者が警護として立っている。


 俺達が掘った溝には、大きいものから小さいものへと段々に砂利が敷き詰められる。

 その上から黒く変な匂いのする油を絡めた小石や、白くドロッとした砂が混ぜられたモノが敷設され、それを樽を半分に切って石を詰め持ち手を付けた道具で押すように叩き固めると道路が出る。

 これが今の俺の仕事……


 ……気が付けば日銭を稼ぐために土木工事に従事していた。

 何を言っているか判らないだろうがコレには深い理由がある。


 『貴族の子供と戦う』依頼を受けるため、Aランクも最底辺もベーゼヴィヒト公爵に集って結果的に仕事にあぶれた。

 頭のいいやつは徒党を組んで商人の護衛などで、金を稼ぎながら早々に元の場所に帰ったが、俺のような頭の悪い奴は行動が遅れた。


 いつでも出ているゴブリンなどのモンスターは早々に狩られ尽くし、森の奥に棲むオウルベアやダイヤウルフなどの強敵も中級冒険者が狩りに行くため、木っ端冒険者達は薬草集めで糊口を凌ぐしかなかった。


 そんな時、限界を迎えた奴が窃盗に手を染めやがった。


 その日から街の人間が向ける視線は、客から余所者……敵対者になり、帰りたくても金が無くて帰る事の出来ない俺達は肩身が狭くなった。


 そんな時、領主様が御触れを出された。

『ベーゼヴィヒト公爵はモンスター征伐のため道路を敷設工事を着工する。従って冒険者・傭兵・民問わず人足を募集する。報酬は一人当たり金XXを基本とする。

参加を望むものはギルドに声を掛けた上で指定の場所に早朝集まる事』と言う依頼書が掲示され俺達は金を貯めることにしたのだが……


「どうだい? 兄ちゃん今売り出し中の新商品! 冷やしラガーは……」


 商人の威勢のいい売り文句に誘われ、冷やしラガーを買うことにした。

 高いが話のタネになるし、どうせ河の水で冷やした程度だろうが労働で火照った体には丁度いい。


「じゃぁ貰うよ……」


 財布から銭を取り出し金を払うと、琥珀色の液体が木製のジョッキに並々と注がれ表面にはキメ細やかな白い泡が乗せられている。まるで雲のようだ。

 シュワシュワと炭酸が弾ける音が耳に心地よい。

 

「ほいよ、冷やしラガーだ。飲み終わった後のジョッキを返してくれたら金を幾らか返すからよ」


 屋台で酒の販売はあまり訊いたことがなく心配になったが、最初に支払う代金はジョッキ込みの値段だったのか……ならば適正よりも少し高い程度だ。


 当然の如くベーゼヴィヒト公爵の雇った日雇い労働者を狙った屋台営業は多く、こうして酒や肉を売り歩く商人や屋台で売る者もいる。

 中でも人気なのが『マヅサガ』商会の店で昼には、ハンバーガーやホットドッグと呼ばれる加工した肉と野菜にソースをかけパンで挟んだ料理や屑肉と野菜を煮込んだシチューが良く買われている。

 夜にも串焼きと酒が販売され気が付けば日当など容易く溶けてしまう。日払いの格安宿で床に就く……これが労働者の日常だ。


 屋台の店主達が設置した椅子に腰かけると買ったツマミをアテにラガーを飲む事にした。


「喉も乾いてるし先ずはラガーからだな……」


 木製のジョッキに口を付けラガーを口内に入れると、初めに爽やかなホップの香りが舌から鼻へ抜る。続いて突き刺すような高刺激の炭酸がパチパチと舌の上弾け、麦の仄かな甘みが苦味へと変化し水分不足でネバついた口内を苦味と共にさっぱりとさせる。

 

「コレは舌で味わう酒じゃないな……何と言うか……喉で味を感じる酒だ……」


 気が付けば殆ど舌には触れる事無く、大口を開け “喉” でラガーを味わっていた。

 その全く新しい体験にジョンは困惑を隠せずにいた。


「――――あ゛あ゛あ゛ぁぁああああぐっえぇぇぇえええええっ! 美味い! 美味すぎる……アハっアハハハ! 美味すぎて笑いが出てくる それになんだコレ。キンキンに冷えてやがるまるで冬に呑むラガー見てぇだ……」


 気が付けば、ジョッキの中のビールは半分程に減っていた。

 

 大量の汗を流したからだろうか? いつもよりもラガーが美味い。


 この一杯で今日一日の疲れが、全部吹き飛んでしまうように感じる。


 ジョンは串に差して焼かれた肉にかぶりついた……硬い。

 だがその野性味溢れる匂いと味させも、このラガーにかかれば絶好のスパイスとなる。

 

 いつもなら味わって食べる串もビールも気が付けば無くなっていた……


「もう一杯飲みたいな……」


 財布の中を確認すると、返金される金額によっては飲める金額は確かに入っている。

 しかし、無駄遣いをしていては故郷に帰る金はいつまでたっても溜まらない……

 

「もう一杯だけなら……」


 返金してもらうためにもう一度屋台に並ぶが、この暑い日に冷えたラガーが飲めるという事で行列になっていた。


「『マヅサガ』商会の新商品! 冷やしラガーの屋台の最後尾はコチラとなっておりまーす!!」


「あの屋台『マヅサガ』商会のだったのか……」


「あの……」最後尾はここだと案内している人間にジョッキの返金金額を訊くが……ラガー代には届かなかった。


「そんな……」


 ジョンは思わず膝から崩れ落ちる……美食を知ってしまったジョンにとってただ空腹を満たすだけの屑肉と屑野菜のシチューでは満足できないのだ。

 しかし我儘を言ってもしょうがない……自棄食いするか……


「すいません。三色シチューの特盛温玉付きをお願いします。」


 せめても抵抗としていいシチューを食べよう……

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