第3話side回 モテない若手騎士2
刻限通りに現れたおかっぱ頭の幼児達を見て、最初に心に浮かんだのはただの不満であった。
はぁあ……気が変わって『僕、やっぱり止める』ってのが最良だったんだがなぁ、正直おぼっちゃんの遊び相手なんて面倒極まりない。
しかし当然だが、口から出たのは別の言葉だった。
「お初にお目にかかります!私はベーゼヴィヒト公爵家の騎士ケイン・フォン・アップルヤードと申します。本日よりシュルケ様の武芸指南の任を拝命しました」
「シュルケン・フォン・ベーゼヴィヒトだ。よろしく頼む」
習った通り恭しく礼をするその様を他人が見れば、忠誠心に溢れた騎士に見えるだろう……が実際は異なる
俺ケイン・フォン・アップルヤードは騎士爵位を持ち、公爵家に仕えてはいるものの、貴族という存在が大嫌いだった。
それは俺が農民の産まれで子供時代の経験、年貢だけは搾取するのにモンスター獣害や飢饉でなにもしなかったあのくそったれ貴族のせいなのだろうが、刷り込まれた記憶の払拭は難しい。
……とは言え、養子に引き取り育ててくれたアップルヤード
……ここはまぁ評価できる点だ。
ただ面倒なのがベーゼヴィヒト公爵家が完全身分主義な所。
例えば同じ臣下であろうと、そこに身分差があれば必ず礼をしなければならず、その身分差は十一階級にも及ぶ。
たとえ雨天や夜間でも判るようにと、外套や鎧などに色を入れるなどの徹底ぶりには、思わず苦笑いを浮かべてしまう程だ。
本当に良くやるよって思う。
おかげで礼儀だけはほぼ完ぺきに身に付き、家族や従者のため職務も心を殺し淡々とこなしていた……つもりだった。
今回もどうせ子供の気まぐれ、チャンバラ遊び程度と思っていたのだが……この子供、いや
「基本も何も出来ていない今、試合形式のチャンバラ遊びをしていったい何が身に着く?」
俺は慌てて正規に剣術を教える際の手本となる、本気の素振りを披露することに心を切り替えた。
「では、剣を正しく振る練習をしてみましょう。
先ずは素振りの手本を見せますので、私の後に続いてください」
「正しい姿勢で適した力で剣を振るう」俺が従騎士時代に習った事で、先人達が時間と労力、果てはその身を賭して確立した効率的な学習方法だ。大人しくソレに従うのが一番楽なのだが、特に実戦経験がない堪え性がない若者は地味な素振りや型稽古を嫌う。
辛く単調で何の面白みもない訓練に、意味ややりがいを見いだせる人間は少ないからだ。実際昔は俺もそうだった。
さて、この若様はどうだろうか?
両の手で柄を軽く握り、余計な力を抜きあくまで自然体で前方に一歩踏み込みながら長剣を真っ向に振り下ろす。
ヒュンと風斬り音をさせた長剣の風圧が地面に当たり、土煙を伴った風を生み出した。
「くっ……」
大人なら耐えられる程度の風でも、幼い若様には突風だ。
取巻きメイド達はスカートの裾を手で押さえつつ身を案じ駆け寄る中、当の若様は目すら逸らす事なく重心を落すだけで風に抗ってみせた。
ほぉ! 見事なモノだ。体幹がいいのか?
騎獣に乗れるようになるのは早そうだが……剣術はどうだろう。どちらにせよ期待は出来そうだ。
「さあ、やってみてください」
後はこの若様が音を上げるまで素振りをさせるだけだ。
子供なんて奴は直ぐによそ事に興味が湧く、剣術をカッコイイと思ったところで刃筋を立てなきゃ斬る事は出来ない。
刃筋を立てない剣なんてものは、出来損ないの鈍器に過ぎない。
そんなことを考えていると……若様は額程の高さに木剣を振り上げ、一歩踏み込みながら木剣を振り下ろす。
しかし、当然俺のような風切り音はしない。
刃筋が立っておらず、オマケに振り下ろす速度が遅いからだ。
素振りをする様子を見ながら、内心で若様の才覚を判断する。
酒席での伝聞だが、当主代行……シュルケン様の御父上は剣才がないらしい。
曰く「自ら剣を振るうことあれば、間違いなく敵兵士に打ち取られるだろう」と自虐を込めて語ったとのこと。
『蛙の子は蛙』の言葉の通り、剣才のない親から剣才溢れる子が産まれる事はやはり稀なのだ。
様子を見ていると違和感に気が付いた。
総じてだが段々振り下ろす速度が速くなっているのだ。
速く素振りする必要がないことに、数回で気が付いたのか?
手本に寄せるかのように数度ゆっくりと振りその後、今までの動きを確認するかのように速い素振りを行う。
……経験を実践する高度な知性を感じさせる動きをしている。
そう言えば
一芸に秀でる者は経験を活かし他の事にも応用するという。
今も俺が見ている間に、ものすごい勢いで剣を振る行為を最適化している。
――――神童、天才、麒麟児。
唐突にそんな言葉が脳裏を過る。
剣術は身体で覚えるモノ……頭で考えてから動いては遅い。
ただし、上達するにはただ我武者羅に剣を振るのではなく、どうやったらよくなるのか? を考え試行錯誤する必要がある。
そう!若君が今まさに行っている行為がそれだ!
「ふーっ」
どうやらきつくなってきたようでこれを最後にするらしい。
息が整えられ、木剣がゆっくりと振り上げられ上段に構える。
柄を握る両の手は最初よりも弱く、まるで包み込むようにフワリと、それでいて確りと握りしめている。
刹那。
目が カッっ! と見開かれると、いままでにない程に速くそして鋭く一振りの木剣が振り下ろされた。
ビュン!
木剣は空を斬り、切っ先がブレる事無くピタリと静止する。
振り下ろす姿はとても素人とは思えない程に完成されている。
胸の高さの辺りまで、柄を握る上下の手の力が違うのだがそれが巧い。
力任せに叩き斬るのではなく、技術を持って斬るための術だ。
「――――ッ!?」
どうしてあんなにピタリと剣が止まるんだ? 思い返してみれば腕は伸びきっておらず、手首、腕、腰、膝……全身で衝撃を吸収し、
思わずゴクリと喉が鳴る。
初日とは思えない成長速度と目の付け所に心が震えた。
今日までの最高の振りに迫らんとする若き才能に嫉妬すると共に恐怖する。
普通は綺麗に素振りをすることを考えて練習する。
しかし、シュルケン様はその先を目指しているように感じる……「どうすれば効率的に人を斬れるか?」と……
言葉にすれば簡単だが、長いものを振り回すただそれだけで結構疲れる。
柄の握り方に始まり、力の入れ方抜き方、重心の移動……やる事は多い。
凡人の十日は、天才の一日……否、それ以下なのかもしれない。
村に時々来る吟遊詩人が語る騎士や英雄に憧れていた。
そんなありし日に似た感覚を呼び起こさせられる姿が目の前にあった。ただただ凄いとしか言葉が出ない。
この若君は間違いなく吟遊詩人の語るような英雄の素養がある。
反面、非才な自分では完全に役者不足なのを自覚した。
最低でも部隊長……否、騎士団長クラスでなければ、この才能を歪めてしまいかねない。と才能に憧れるとともに恐怖したのだ。
「これだけの才能の原石を俺なんかが下手に指導出来ない!? 体力作りでお茶を濁している間に何とか俺以外の確りとした剣士に指導させなければ……」
ポツリと独り言をと呟く……と、先ずは走らせることにした。
「シュルケン様、体力に余裕があるのでしたら今日から限界まで走って体力を付けてください。鋼鉄の武具に身を包み戦場の空気に当てられれば、体力と気力は幾らあっても足りません。技術、体力、知識は絶対にシュルケン様を裏切る事はないでしょう……」
実体験を交えた論理的な説明であれば、この五歳児は理解できるとこの僅かな時間で理解できた。
「一理ある……ではそうしよう……サー・アップルヤードは休むと良い」
そう言うと子守メイドを引き連れて走り始めた。
子守メイドの一人が一瞬、「え? 私も走るんですか?」と言いたげな表情を浮かべるも他のメイドが腹を触ったり、二の腕を触って恐らく「あなた最近 “肉” 付いてきてたわね」「ほらここにも」と、煽ると目を吊り上げて走り出した。
そんな一行を見届け、一人になった空き地で俺はポツリと独り言を呟いた。
「何だよ! なんなんだよ!! あの才能はよォ!?」
幸いなことに普段は誰も近づかない場所なので、“声” は聞こえても何を喋っているのかまでは判らないだろう。
「初めての素振りで、まぐれでも俺の渾身の素振りよりも良い軌道で振るなんて……噂に訊く、『剣聖』や『剣鬼』と並ぶ才覚なんじゃないのか? 今のままでも武芸だけを学べば一年半で俺を、騎士団最強を超え、体が出来て来る前にはこの国でも最強の剣士になるんじゃないか?」
そんな漠然とした高揚感を感じる。
こうしては居られない! 俺が前線に出てでも優秀な騎士を一日でも早く引っ張って来なければ、あの才能の原石は歪になり色がくすんだクズ石に成ってしまいかねない! そんな薄氷のような儚い美しさを感じさせる歪な才……まるで
移動しながらそんなことを考え、豪奢なドアをノックする。
「……」
「……お話が御座います」
「……入れ」
話す事は決まっている。「早く専門の教師を手配してくれ……責めてベテランの騎士を指導に当ててくれ」と、尻を舐めてでも懇願するつもりだ。
俺はシュルケン様の才能に惚れ込むと同時に、恐怖したのだ。
恥も外聞もあったモノか今の俺の願いはただ一つ!!
「早く俺を担当から外してくれ!」と……
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TIPS『
騎士に従って戦闘に参加するが主君の所領の管理なども行う。中世初期には非自由民であったが徐々に力をつけ、後の世には騎士階級と同化していった。元来、家人層は、隷属身分の中から登用されて軍事的・管理的職務についたが、徐々に社会的地位を上昇し彼らの主人に対する関係は、原理的には、一方的な家産的隷属関係であったとされる。
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