第2話side回 モテない若手騎士1


 基本晩餐の席に居るのは、配膳メイドや従者そして両親に仕える傍仕え等……シュルケンにとっては子守女中のみなのだが……良くも悪くも人の口に戸は立てられぬもの、また人が集まれば噂は流れるもので……


 何台もの長机や椅子が設置された石造りの大部屋でのこと。

今宵も職務を終えたラフな服装の騎士達が、魔石灯に照らされたテーブルを囲い交代で夕飯を食べていてた。

 その夜は次期当主子息の快癒祝いとして、普段は振る舞われない豪勢な料理が振る舞われ、飲めや歌えやの宴会状態だった。



「なあ、聞いたか? 若君の快癒祝いの席で当主代行様が『どんなことを学びたいか?』と尋ねられたそうなんだが……なんと若君は『武芸を学びたい』と仰られたらしい」


 と、耳が早い事で知られるお調子者の若い騎士がジョッキ片手に先ほど仕入れたばかりのネタを吹聴する。

 この騎士、流行り病で婚約者を無くし未だ独身と言う事も手伝ってか、若いメイドからの人気が高い。

 大方、その顔と明るさで引っ掛けたメイドあたりから聞き出した情報なのだろう……


羨ましくなんてない……


 河魚のフライを肴に静かに食事中だった低い声の騎士は、その手を止め心配そうな口調で話し始める。


「しかし、数年前に『子守女中を引き連れて剣を覚えたい』っていった時は、水浴び程度の時間で根を上げていたが大丈夫か?」


 中堅と言っていい年齢の騎士が、お調子者の騎士と低い声の騎士の会話に反応する。


「ま、あの頃より体力はあるだろう。何たって本人にやる気があるんだ。の時とは違うさ……」


 中堅騎士の言う若とは、当主代行の事を指す。

訊くところによれば、当主代行は剣術を苦手としており、当主さまに命令されるかたちでいやいや剣を学んだらしい。

 つまり若様が異常なのだ。


 河魚のフライを口一杯に詰めこんだまま、一番若い少年騎士がこの場にいる誰もが考えている言葉を口にした。


「……で、誰が指導するんですか? 基本だけなら兵士でも教えられると思いますが、貴族の戦い方は彼らじゃ教えられませんよ……」


 騎士と兵の戦い方は異なる。

古代であれば戦列を組み相手とぶつかるだけで良かった為、戦争への参加義務だけが貴族の証だった。

時代が降るにつれ、騎乗して戦う貴族を騎士と呼び、歩兵は平民が担うように細分化されていった経緯がある。


 基本的な使い方は同じでも、武器の振り方が異なるのだ。

現状、よほどのことが無ければ大貴族が自らが武器を手に、戦場を駆け抜けることはないが、それでも貴族である以上最低限は必要となる技能だ。


「団長……が教えるには基礎不足ですし、かと言って副団長も近年の賊やモンスターの増加でお忙しい……各部隊長クラスが無難でしょうか?」


 お調子者の騎士は誰が指導役になるのか? を考えているようだ。


「そうだな……だが今は時期が悪い……モンスターが活性化しているからな」


 騎士と兵の殆ど全てが出払っている現状、若君の専属指導員を確保するのは難しい。

 かと言って毎回違う騎士を指導役にするのは好ましくない。

なぜなら貴族はその階級に関わらず称号として“騎士ナイト”を持っている。

 慣例上では、一人の騎士に複数の従騎士エスクワイアが付き従い、その配下に小姓ペイジが付き従い騎士……貴族の男性としての有り方を伝統的に学んでいく慣例が存在する。


 しかし、現在では上級貴族の子弟の多くが小姓を飛ばし従騎士から始めている。


「小姓なら従騎士が面倒を見てもいいんですけどね。流石に従騎士を同格の従騎士が指導するというのは、外聞も余りよろしくはないな……」


 中年騎士は唸るよに言葉を紡ぐ。


「あ、知ってます? メイドの子に訊いた話ですけど、当主代行は本当は外部から指導のための家庭教師チューターを雇うつもりだったらしいですが、若君のお言葉で一旦辞めになったそうですよ? 信じられませんよね……」


 お調子者の騎士の言葉をこの場にいる全員が疑った。

確かに当主代行は若君に甘い。そんな当主代行に育てられた若君は、年相応にワガママでメイドや料理人を困らせている。と、うわさ話で聞いたことがあったからだ。


「嘘だろ?」


「あのプライドの塊の若君が、俺たち騎士を立てるような発言をするなんて……」


「信じられない……」


 と、聞き役に徹していた騎士達もついつい口を挟んでしまっている。

 よほど衝撃的なのか、酒と雰囲気に口が軽くなっているのかは判らないが口に出していない自分も含めて未だに信じられないのだ。


「まあ家庭教師自体は探しているらしく、より腕の良い方を探すつもりみたいです。騎士団長は演習で市外に出ておられますので、城に留まられている方に誰を指導役に据えるのかを決めていただかないとこまりますよね……」


「そうだな……」


 俺はうんうんと頭を縦に振ってお調子者の騎士の言葉に、強く同意する。


 しかし、俺はまだ知る由もなかったのである。


 俺ケイン・フォン・アップルヤードは、先輩に押し付けられるカタチでベーゼヴィヒト公爵の孫である。

 シュルケン・フォン・ベーゼヴィヒトの指南役になるのであった。




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