第1話 覚・醒
耐え難い頭痛と悪夢に
――――ああ、そうだ。俺は『あの物語の悪役貴族だ』と……
まるで頭の中で、決して混ざりあうことない2つの記憶が強引に混ぜられるような、得も言われぬ不快感に苛まれた状態だった。
この世界は前世で見た創作物の世界で、俺はその作品の主人公ではなく、悪役として登場する領主貴族であると……
ただ、どんな物語だったのか細かい所は思い出せない。
ネットで読んだのか? アニメを流し見したのか? プレイ動画を見たのかさえもあやふやで思い出せない。
覚えている事は少なく、ぼんやりと登場人物や設定などその程度でしかない。
主に有力者とその子弟が通う事になる学園を舞台にした作品だったと記憶している。
……と、つい一日前の出来事を回顧していると……
「
黒髪虎目の壮年男性は、その猛禽類のように鋭い目を和ませながら話しかけてくる。
堀の深いコーカソイド系の顔付きに、良く整えられた逞しい髭、正に民を苦しめ私腹を肥やす典型的な悪徳軍人面と言える。
「多少辛くとも食べねば、治るものも治りません。
食事をしなければ活力も湧いてこない、これは自明の理です」
と答えると、前世では数えるほどしか口にした事がないコース料理を、ナイフとフォークを駆使しながら食べ進めていく……
「そう……でも病の後に無理に食べる事も体にはよくないのよ?」
銀糸のような長髪が美しい、妙齢の女性が話しかけてくる。
「判っているつもりですよ。母上……」
両親共に実に過保護だ。
まず貴族の食卓に子と親が同席していること自体、過保護と言える。本来なら両親と離れ、子供部屋での食事が一般的なのだ。
しかし、当家ではそれをしない。
朧気ながらに覚えている原作の範囲でも現在の俺、シュルケン・フォン・ベーゼヴィヒトが傲慢不遜で高すぎるプライドの性格になった原因の一端は、間違いなく彼らにあると言える。
川魚の料理を食べ終えると、口直しに氷菓が配膳される。
未だ気怠い身体に少し酸味ある氷菓が染み入ると、ほんの少しだけ身体が楽になる気がする。
料理を食べ終え食後のコーヒーを楽しんでいる時だった。
「初等教育が終わったタイミングでの寝込みだったので聞きそびれていたが、いよいよ『中等教育』と『魔法』の学びが始まる。
病み上がりの今、訊くことではないが何か希望はあるか?
他に学びたい事があれば教師を手配するが……」
と、言ってくる。コレは好機だ。
この世界の悪役貴族として主人公に討たれるのはゴメンだ。
当然、原作なぞに準拠してやる積りはない。
――――まず目指すは俺の『幸せ』。
その過程でぶっちゃけ誰が不幸になろうと知った事ではない。反対に幸せになろうがどうだっていい。
まあ俺の幸福を邪魔しない範囲で、届くのであれば手を差し伸べる事も吝かではないが……
俺が満足する幸せな人生を生きる……。
美味い食事・綺麗で優しい嫁達・不労所得。
現代日本では、金銭的にも倫理的にも “不可能” に近い夢。
しかしここは異世界、現代日本の倫理観などは存在しない。
職業・人種・性差別だって当たり前の格差社会、労働力の下支えとして奴隷すら存在する。そんな封建制度下で貴族と言う特権を持った俺には、逆に甘くやさしい世界でしかない。
しかし、それゆえの “障害” は確かに存在する。
外部からの干渉はより直接的で暴力的となるため、抑止し制圧のための ”力” を取得し強化する必要がある。
乗り越えるための個の力と集団の力の強化が必須となるのだ。
幸いこの
魔法は教師を手配して貰うとして、剣や槍はどうだろうか?
意味はあるだろうが、基礎だけなら当家の私兵に習えば良い。
集団と個の力を高めたいのに、外部から指導員を入れるのは信用問題になりそうだな……ならば……。
「今はその他の教師の手配は不要です。しかし私も貴族。
武具を取り馬に乗り戦場を駆けられるよう武芸を習いたいです」
予想外の発言だったのか、父は目をカッと見開いた。
「当家の騎士団でも基礎を教えるには十分だとは思うが、専門の教師は本当に手配しなくていいのか?」
確認する父を説き伏せるために別の理由を考える。
「指導役の騎士や兵士から必要がある。と言われたのなら手配をお願いします」
と、遠回しに騎士や兵と言う戦闘のプロがいるのに、似た業種の武芸の教師を無策に呼べば軋轢を生んでしまう事を伝える。
「う、うむ。判った指南役の選定だけは進めて置く、その間は騎士に指導を任せることにする」
冷や汗をかきながら答える。
意図は伝わってくれたようだ。
「それではお父様お母様、申し訳ございませんが体調が優れないため先に失礼いたします」
そう言って席を立つと、数人の従者達が後を付いて来る。
まだ五歳の俺には数人の
ベッドに体を預け横になる。
「シュルケン様、お辛い様でしたらお薬をお持ちしましょうか?」
と、傍に控えた子守女中が心配そうな声音で魅力的な提案をする。
怠さと頭痛以外は特に何もない。
「気怠さと頭痛を抑えるモノを……」
「承知いたしました」
暫くすると飲み薬を持って来てくれる。
「どうぞ……」
子供にもトレイ越しで渡す十代そこそこの若い少女。しかしその手は傷付いていた。
水仕事で付いたものなのか? 意識を取り戻す前の俺と遊んでいて付いていたものかは判らないが、正直そんなことはどうでもいい。
ポーションのコルク栓を抜いて一気に飲む。
調味されていないため、大人でも顔を
空かさず、メイドはコップに入った水を差しだしてくれるので、それを受け取り口内を洗浄する。
「ありがとう」
記憶によれば魔法の基礎は既に習っている。しかもプロの魔法も何度かは見ている。
ならばこの献身的に尽くしてくれる少女の傷を癒せるのではないだろうか?
シュルケンは器用万能な天才だ。一度も使ったこのない回復魔法であろうとも、成功させる可能性は十二分にある。
白魚のような彼女の傷ついた指を包み込むように手を取ると呪文を詠唱し魔法……正確に言えば魔法未満のものを発動させる。
「【
蛍光グリーンの
「シュルケン様! ま、魔法を御使いになられるなんて……」
子守女中の少女は、自分に主人(の子供)が魔法を使った事と魔法が使えた事に驚いているようだ。
「どうだ?」
「あったかくて、心地いいです」
「これからも励んでくれ」
「はい!」
どうやら魔法で傷を治し、使用人達からの株を上げるという作戦は成功したようだ。
ポーションを飲んだことが効いたのか? 元々疲れていたのか、魔法の使用が止めになったのかは判らないが眠りに着くことが出来た。
思い出せる範囲では天才クソガキムーブしかしていなこなかったシュルケンだけど、ハッピーエンドを摑んでやるぜ!
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