第7話スライムの実力

 俺は召喚したスライムに『テケリ』と名付け連れて歩くことにした。とりあえずクッションとして『テケリ』は優秀なのだ。

 

 家庭教師の授業中……


「……スライムを召喚なされたんですね」


 家庭教師のマダムはそう言うとテケリから視線を外す。


「有名なのか?」


「ええ、ベーゼヴィヒト公爵家の御家流はとても有名ですよ?

他にも召喚魔法を御家流としている家はありますが、ベーゼヴィヒト公爵家は『万能の公爵家』と称され、頭一つ抜けて評価されております。

中でも現ベーゼヴィヒト公の二つ名は『万魔公パンデモニウム』と呼ばれ恐れ敬われております。

スライムをクッションに……ですか、流石『万能の公爵家』私共では考えつかない使い方ですね。」


 やはり相伝の魔法というモノは、兵器としての運用する側面が大きいようだ。


「モンスターについて詳しく教わった記憶がない。

スライムについて教えて貰ってもいいか?」


「勿論です。通常のスライムは危険度が低く、子供でも倒せますから、村に住んでいる子供の良い小遣い稼ぎになります」


 ……流石、最弱のモンスターとされることが多いスライムお前は子供にも負けるのか……


俺は抱きかかえているテケリを覗き込む。


「幾ら弱いといっても寝ている時に、鼻と口を塞がれれば窒息してしまうので、全く危なくない訳ではありませんが明確な弱点があります。それは核と呼ばれる部分……つまりは魔石です」


「魔石を砕けば死ぬという訳か……」


「その通りです。スライムは粘性を伴った液状の身体を持った生き物で、核が無事であれば切断されても死にはしません。

ですのでスライムと戯れるのは構いませんが、核だけは壊さないようにすることをおすすめします……」


「はーい」


 俺は無邪気な子供のように返事をすると授業に耳を傾けた。


………

……


 前世で親しんだゲームや小説などでは、『スライム』と言うモンスターには、数えきれない程の亜種が居た。

 しばしば創作物中で『スライムは進化する』とされており、餌や道具を取り込むことで変異すると語られていた……

 例えば、薬草を食べたら回復能力を持ったスライムに成ったりすると言う……フグのように生物濃縮でも起こしているのか? 


そんな前世の記憶があったので、俺はテケリに色々なモノを与えてみる事にした。


 先ずはお小遣いで買ってきた銅と薬草を食べさせてみると、テケリはその両方を捕食した。


………

……


 いつものように素振り稽古の後にランニングをし、疲れた所で素振りをする。

 最近は木工職人に依頼した持ち手が太めの木剣を振っている。重さに慣れてきたら中に金属でも仕込めばいいだろう……と思っていると


「見事な素振りです。シュルケン様」


 騎士ケインが話しかけてくる。


「そんな事はない。はじめに見せて貰った素振りに比べればまだまだだ」


 騎士ケインの素振りは、正に剣と魔法のファンタジーを象徴するような綺麗な素振りで、岩だって斬れそうなほどに鋭かった。


「シュルケン様の剣も体力か付いてきたのかブレがすくなくなってきていますよ」


「本当なら朝に三千回、夕に八千回剣を振りたいぐらいですが、体力の無い今の目標は五百回ぐらいですかね……それぐらい練習すれば本番でも迷わず剣を振れる気がします」

 

「我々騎士でもそんなには振りませんよ。

基本はランニングによる体力作りと素振り、そして実践的な試合です」


……プロの騎士でもそこまで素振りはしないのか……まあ本当に一万回以上素振りをしていたら、何時間かかるか判ったものじゃない。あくまでもフィクションか心構えなんだろうな……


「体力も付いてきましたし、そろそろ軽い稽古……チャンバラからはじめましょうか……」


 騎士ケインは準備運動と言わんばかりに、木剣を袈裟懸けに振り降ろしたり手首を回したりして柔軟? のような動きをする。

 動きのキレを見ても本気とは思えない。しかし、大人と子供の体格差は大きい。


 防具として一番小さい革鎧を身に着ける。

 ベルトで固定するだけなので無理をすれば着れないわけではないが、大分ダボっとしている。


「寸止めするつもりですが、完璧に制御できる訳ではありません。当たってしまう場合もあるでしょうがコレは訓練ですご容赦を……」


「当たり前だ……」


 とは言ったもののこれは俺が攻める練習、反撃をしてくる事はあっても限定的なモノと考えていいだろう……


 互いにロングソードを模した木剣を中段に構える……


「打ち込んで来て構いませんよ」


 ケインの言葉を訊いた瞬間。

 木剣を中段から八相、八相からそれよりの上段に構える上段の構えではなく、示現流じげんりゅうやその派生流派である薬丸自顕流やくまるじげんりゅうでは、八相よりも更に上段で構える蜻蛉とんぼに似た構えを取ると、右腕に柄を付けるようにして固定して距離を詰めて斬りつける。


 カン!


 木同士がぶつかり合い芯を捉えた良い音が広い訓練場に木霊する。


「――――ッ!!」


 上半身だけ後ろに下げながら腕を捻り、木剣の剣先を地面に向けるような体制で防御する。

 予想外の剣速を伴った一撃の為かケインの表情は一瞬、驚愕に染まる。

 だが、実践を経験しているケインは感情をコントロールする術は当然身に着けている。


「初撃は見事、返しはどうか!」


 そう叫ぶと左右の動きだけで軽く木剣の腹を殴ると流れる楕円を描くような軌道で袈裟斬りを放つ。


――――間に合わないっ!


 だが諦める訳にはいかない。

 完璧ではないものの素振りで体重移動の練習はしている。

 オマケにこういった場合の防御方法は、つい先ほどケインが見せている。

 俺は袈裟斬りの状態だった腕を臍の辺りまで上げ、上半身を逸らせ距離を開けながら切っ先の方で攻撃を受けたその時だった。


 子守メイドが抱えていたテケリが、超高速で触手のようなモノを高速で突き出しケインの木剣を吹き飛ばす。


ガコっ! と音を立てて地面に落ちた木剣に目を向けると刀身にあたる部分の一部が木端微塵になっていて、その衝撃のすさまじさを雄弁に物語っている。


 触手が戻っていくがその先端部分は、金属光沢を持った赤っぽい色に輝いている。


「シュルケン様、そのスライムに命じられましたか?」


「命じていない……いや、先ほど心の中で「間に合わない」とは考えたが……それが影響したのかもしれない」


 言葉を発しながら、このままではテケリが殺されかねないと思い。擁護する。


「なるほど……公爵閣下も当主代行も同じような事を言われているので本当なのでしょう……」


 納得した、と言わんばかりの表情で頷くとこう続けた。


「では先ほどの、赤褐色の触手のようなモノに心当たりは?」


「お小遣いで買った銅を食べさせたので、それが原因だと思う……」


「ただのスライムが金属系のスライムのような特徴を持つなんて……なぜ食べさせたんですか?」


 創作物で知った。とは言えないな……最もらしい理由を探さないと……


「スライムが悪食と聞いていたので金属でも食べるのかなって思って……」


「これは凄い発見ですが危険でもあります。

一度、当主代行……お父様にお話しした方が良いと思います」


もしかして……俺何かやっちゃいました? そんな言葉が脳裏を過った。


………

……


 屋敷の中、コンコンと小気味良い音を立て木製のドアがノックされる。

 通常、立ち入る事のない空間にいる緊張感からか、喉が渇く……生唾を喉を「ゴクリ」と鳴らして飲み込むと、騎士としての矜持と叩きこまれた礼儀作法だけで動きを取り繕い執務室に入る。

 目に入ったのは、当主代行であるシャッテン・フォン・ベーゼヴィヒト様と、領地を管理する家宰ランド・スチュワードのフリッツ・ラングであった。


「騎士ケイン。副団長から話はきいているが、私とシャッテン様に改めて報告をしてくれ」


 ――――と、フリッツは開口一番本題を切り出した。


「御報告いたします。本日、剣術の訓練として立ち合い稽古をしていた時の事です。シュルケン様の袈裟斬りを往なし、反応が出来るかを確認するため反撃をした時の事でした。スライムが躰の一部を伸ばし鋭い槍のような一撃を放ち私の木剣を砕いたのです」


「バカなっ!!」


 フリッツは一枚板の立派な机を叩き感情を露わにすると、続けてこう言った。


「シャッテン様の御話では、シュルケン様の召喚したスライムは通常個体だったハズ……それが特殊な個体に変異するなど信じられん……」


 自分に言い聞かせるような口調でフリッツは呟いた。


「保母メイドから訊いていたが、まさか成功したとはな……主の危機に変化したのかは判らないが、幾つかの仮説は本当なのかもしれないな……」


「仮説というのは?」


 フリッツは恐る恐ると言った様子で、シャッテン様に訪ねる。


「……『モンスターは環境に適応し急速に変異する』と、我がベーゼヴィヒト家の魔物学では考えている」


「昔から語られている妄言とばかり思っておりましたが……ご子息の成果を見る限り本当なのかもしれませんな……」


派生種と思っていたが、全て同じ個体が環境に適応した結果なのか……


 スライムと言う魔物は派生種が多く、毒を持っていたり、海に住んでいたり、高い山に棲んでいたり、空に浮いていてたりするモンスターでその多くが脅威ではない。


「そうとも限らない。スライムと言うモンスターは他のモンスターと比べて特異な性質を持っていることが確認されている。


昔の分家筋が残した考察によると……『特に召喚スライムの場合、呼び出した存在自体が異質、または膨大等の理由で召喚門を通り切れず不完全なカタチで顕現したものである可能性があり、何らかの要因によって変質するかもしれない』あるが眉唾モノだ。


私としては『変異因子』とでも呼ぶべき、能力が極めて高いものがスライムであると思っている。だがなぜ他の種よりもスライムの変異因子が多いのかは分らないがね……」


 ――――と、解説を始めるも実学をあまり習っていない俺では、当主代行の言っている事の半分も理解できない。

 俺が理解できていない事を察してか、コホンと咳払いをするとこう続けた。


「……つまりは要観察と言う訳だ。

後、君が言っていた才能を潰しかねないので後任を、と言う件だがね……現在急いで師を探している所で、とりあえずは隊長以上で指導が出来る騎士でしのぐ予定だ。

今日まで苦労を掛けた。纏まった休暇と報奨金をやる……実家に帰るなり街で遊ぶなり好きにしたまえ」


 そう言うと予め用意していたのか、パンパンに膨らんだズタ袋をトレイに乗せフリッツ様が運び渡す。


「ありがたき幸せ……」


 袋を受け取り、頭を下げる。

 すると腰を屈めフリッツ様が小さな声で耳打ちをした。


「判っているとは思うが、今日この場で話した事は内密に……」


 俺は頭を縦に振って肯定すると執務室を後にした。


「メイドのカリンをデートに誘うかな……」

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