風の強い日の事だった。そこいらに落ちているゴミが軽快に踊り、時折地面や塀にぶつかって耳障りな笑い声を発していた。砂埃は髪の中に入り込んで勝手についてこようとする始末。ああ、良くない日だ。目の前に転がってきた空き缶を踏みつぶせば、わずかに残っていた中身が飛び出した。ああ、良くない日だ。


 上着についた埃を叩きながら帰路を急いでいれば、ぽとりと種が落ちてきた。指先でつつくよりも控えめに肩へとやってきたそれは、薄っぺらい、小さくて、弱々しい。けれど、大事なものがあるんですよと言わんばかりの胴をしたそれがつぶやく。


「誰とも知らない方、よければ私を温かな土の所まで運んでいただけないでしょうか」


 近くでなければ聞き取れないほどの声で、随分と図々しい願いを告げられた。誰かに運んでもらえるのならば、自分だって。

 一秒にも満たない小さな反発心と同時に、また強く風が吹く。


 あ、という間もなくそれはどこかへ飛ばされて行って、もう何処にも見えなくなってしまった。

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