五話 賑やかな朝


「美味しそう……!」

 

 朝早くに起きた美羅は腹を空かせていた。

 下におりて食堂で頼んだ朝食に目を輝かせている。

 

 この国では主流の五目飯、白身魚の刺身、色とりどりのサラダ。デザートにプリンアラモード。

 

 他にも色々とある。バイキング形式なので足りない分は取りに行けばいい。

 

「ははは、朝から元気だなぁ!わんぱく坊主!」

「僕、禿げてないよ!?」

 

 頭を押さえて精一杯否定した。

 そういう意味じゃない。

 

「ぶっ、はは!」

「ふ、ふふ、くっ……!」

 

 お前まで笑ってやるな。本人は至って本気で驚いてるんだぞ?

 

「だって、ふふ、ふくっ、く……あははは!」

「え?え?なんで笑ってるの?え?」

 

 まぁ、笑われた当人はよく分かってないようだが。

 

「イルちゃんは笑ってないのに……なんで?」

 

 その手の勘違いは孤児院で散々聞いてきたからな。

 他の奴らより幾分か耐性がある。

 

「早く食べようよ〜!」

 

 二人はまだ笑っている。

 この二人は放っておいて、先に食べよう。

 美羅が真っ先に食べたのは、サーモンだった。

 

「ん〜!美味しい!ぷりぷりしてる!」

 

 次に食べたのは生ハムロース。

 

「これも美味しい!涙の塩が効いてる」

 

 涙の塩というのは、文字通り涙を乾燥させて出来上がる粒のことだ。

 

 御伽噺にある世界の海には塩分がある。しかし、この世界の海には塩がない。故に、精霊や妖精の流す涙を使うのだ。普通は『塩』とだけ言う。

 

「ほんとだ、美味しい」

 

 ようやく笑いから復活したハイセが感心するように呟いた。

 

「宿の食事ってこんなに美味しかったけ?」

 

 ここは別格だ。

 

 外見はそこら辺にあるような民宿でも、ヨウムは貴族であるから、高品質の料理とサービスを提供できる。

 

 それとは別に、ヨウム本人が職人気質というのが大きいだろう。

 

「ま、そうだな。お客には満足してもらいたいし、させたい」

 

 こういった所は素直に尊敬している。

 

「普段から尊敬しろよ、おい……」

 

 無理だ。

 怠けきった姿を知っいる今では、普段の姿を尊敬する事は難しい。

 

「はっきり言うねぇ」

 

 日頃の態度を思い出せ、この安本丹あんぽんたん

 

「そこまで言うかぁ?……ったく」

 

 文句を言いつつ、美羅の世話を焼くお前は立派だと思うがな。

 

「遠慮無いね?」

 

 こそりとハイセが言う。言わなかったか?

 こいつとは幼い頃からの付き合いでな。それこそ孤児院にいた時からの。

 

 ヨウムは貴族でありながら孤児と関わる変わり者だった。


 ✻ ✻ ✻ ✻


「マザー!食材持ってきたぜ」

「あらあら、いつもありがとうございます〜」

 

「いいって!こいつらと遊ばせてもらってるお礼だよ」

 

 この男は何かしら理由を付けて、教会もとい孤児院に遊びに来ていた。言うなれば自由人だ。

 

「よっ、イル坊。ちゃんと食ってるかぁ?」

 

 子ども好きなのか、そういう性分なのか、いつも開口一番決まって聞かれる言葉がこれだった。

 

「毎度毎度、飽きないのか」

「飽きる?なんで」

 

 わざわざ半日もかけてこんな田舎まで来るのは、何かしら理由があるんじゃないか、と最初は疑っていたが、この男は単純に気分転換に子どもと遊びたがっているだけだった。

 

「……なんでもない」

 

 施しをするのだってタダじゃない。当然お金が掛かる。

 どうやってそのお金を捻出しているのか、疑問で仕方なかった。

 

「あー、知らなかったか。オレ、宿やってんだよ」

 

 このボンクラがか、と驚いたな。その時は。

 

「あ、お前、今、疑っただろ」 

「別に……」

 

 仮に働いているのなら、お金の出処は然程気にしなくて済む。

 

「なーに?もしかして、親の金使ってると思ってたの」

 

 普通はそう考えるだろう。ましてや、こいつは貴族なのだから。

 

「ま、確かにオレは変わり者だよ。自分で働いてまで孤児院に寄付して、その上、子どもと遊ぶ大の子ども好きだ」

 

 存外あっさり認めた。

 そんなんで親は何も言わないのか?

 

「親父にはとっくに呆れられてる」

「…………」

 

 貴族らしくない行動しか取ってないから、ある種当然なのだろう。

 

「おいおい、民への施しは貴族の義務ノブレス・オブリージュだぜ?……って知らねぇか」

 

 知っているが。

 しかし、実際にこうしてお前のように現場に赴いたりする奴なんてそうそういない。

 

「まぁ……そうだな」

 

 ?

 何故、お前がそんな辛そうな顔をする。

 

「オレ達は、お前たちの働きのおかげで暮らしていけてるってのに、大多数の貴族はそれを忘れてる」

 

 それは私たちの方では。

 貴族の庇護下にあるからこそ、平穏に暮らしていけるんだ。

 

「違う。そうじゃなねぇんだよ。オレ達貴族がいなくたって、お前たちはやっていける。だが、オレ達貴族はそうじゃない」

 

「…………」

 

「いいか、貴族ってのはな、甘ったれの集まりなんだ。働いて食っていく事の大切さ、大変さを知らねぇ。理論的に理解はしていても、本当に理解している訳じゃあねぇ」

 

「…………」

 

「紙の上で人間を管理する事しか知らねぇんだ。勿論全員がそんな阿呆ッタレじゃない事は知ってるさ。けどな、オレの知ってる中で下に生きる者の苦労を知ってる奴は一人しかいねぇ」

 

 それは……誰なんだ?

 水筒を取り出して喉を潤わせた後、小さく呟いた。

 

「オレの従弟だ。ルキフェル・ルーク・エル=ミーン。前騎士団長、そして今は騎士団総帥を拝命してる」

 

 さすがにその名は知っている。

 この国で知らない人はいない、国王を除いて一番の有名人だ。

 

「親戚だったのか」

 

「貴族ってのは皆親戚みたいなもんさ。血が近い。その所為で短命、病弱なんだけどな」

 

 それもそうか。

 貴族の親はだいたいが貴族。血も濃くなる。

 

「ヨームー!遊ぼー!」

「お?おー!ちょっと待ってろ!じゃ、またな」

 

 子ども達が痺れを切らして、ヨウムを迎えに来た。

 また疲れるまで遊ぶんだろう。


 その数日後、皆でヨウムの宿に遊びに行くことになった。


 ✻ ✻ ✻ ✻


「ヨーちゃん、偉いね、怠け者にしか見えないけど」

 

 てっきりご飯に夢中になっていると思っていた。

 美羅の発言を聞いたヨウムが崩れ落ちた。


「美羅坊に言われると……辛いな……」


 心做しか、ヨウムの頭上に暗雲が見える。

 本当に子どもは容赦無い。

 

 大好きな子どもからの手痛い発言だからこそ、こいつに心痛ダメージを与えているんだろう。


「あぁ、そうだった。霧雨に行くんなら経路にオレの経営する宿が幾つかある。泊まるならそこを使え。ほれ、紹介状」


 机に突っ伏したまま渡された。


「感謝する。美羅、もう飯はいいか」

「大丈夫!お腹いっぱい食べた!」

「よし、いい子だ」


 くしゃくしゃと頭を撫でた後、未だに落ち込んでいるヨウムを放って荷物をまとめに上へ戻った。

 

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