三話 王都出発



 荷造りを終えて外に出ると、待ちくたびれたのか、それとも弁当を食べて眠くなったのか、ゆらゆらと舟を漕いでいた。

 

「行くぞ、美羅」

「ん〜……」

 

 既に半分、夢の中にいるようだ。反応が薄い。

 ハイセに荷物を預けて抱き上げると、しがみついてきた。

 

 子どもの本能だろう。

 特に鬱陶しくもないのでそのままにしておく。

 

 五つの国と一つの川を横断する長旅になるが、耐えられるだろうか。利発そうにも見えても性分が子どもでは心配になる。

 

「イルって面倒見良かったんだね」

「孤児院の子どもたちで慣れてる」

 

「へぇ。お兄ちゃんだった?」

 

「そう、だな。父さんと母さん……神父とマザー、それに八人の男児と五人の女児が居た。ままごとに付き合ったりもしたな」

 

 ほけー、と呆けた顔をしているが……面倒見が良いのはそんなに意外か?

 

「ものすごく」

 

 失礼だな。良くも悪くも素直なこいつは、何でも思ったことを口に出す。

 

「いつも仏頂面だし、頭固いし……僕は慣れてるから絡んでるけどさ」

 

 まぁ、確かに、ハイセとはよく連んでいる。

 

 他の皆は私に話しかけることはなく、ハイセに伝え、ハイセが私に伝える、という仕組みがいつの間にか出来ていた。

 

 よって、孤独が成立している。

 

「ちょっと、僕を抜かないでよ」

 

 一緒にいるのが当たり前すぎて、数えてなかった。

 

「ならいいや」

 

 …………まぁ、いい。

 帰りに乗ってきた馬車に再び乗り込み、今日泊まる予定の宿へ向かう。

 

「もう夜だから慎重にならないとね」

 

 夜とはいえ、月が出ているだけマシだろう。

 だが、最近の夜の街は何かと危険が増えたと耳にした。そういう意味では気を付けねばなるまい。

 

「あ、そうだ。護衛対象の依頼って何なの?」

 

 そう言われてから、依頼のことを思い出した。

 懐に仕舞っていた封筒を取り出し、中身を拝見する。

 

『鬼神の先祖返りたる貴方様に、お願いしたき儀がございます。娼館三日月にてお待ちしております』

 

 名は書かれていないが、とりあえず目的地が分かっただけ良しとしよう。

 

「綺麗な文字だね」

 

 達筆、とでもいうのだろうか。柔らかな字でありながらも、どこか力強さを感じる。

 

「あぁ」

 

 目を通した文を封筒に戻し、懐に仕舞った。


 ✻ ✻ ✻ ✻


 夜半過ぎ、今日泊まる宿に着いた。

 

 思ったより時間が掛かってしまったな。宿の主人は起きているだろうか。

 

 念の為、早馬で文を出させたが……。

 

「やぁ、待ってたよ。イル坊!」

「イル坊はよしてくれ……」

 

 何にせよ、起きていて良かった。

 この男は、ヨウム・レバサン。外見詐欺な四十八歳の中年男。ちなみに人間である。煙草好き。

 

「何さ、その紹介の仕方は」

 

 今日と明日だけ、煙草を控えてくれないか。子どもがいるんだ。

 

「ついに、結婚したのか!?」

「違う。成り行きで共に任務に行くことになったんだ」

 

「こんな小さな子がか?」

「……そうだ」

 

「可哀想に、こんな朴念仁と長旅をすることになるなんてなぁ」

 

 私の腕で寝ている美羅の頭を撫でながら、そう宣った。

 

「……おい」

 

 お互い知れた仲なので気楽に話せるが、たまにキツイことを言われる。

 朴念仁な訳じゃない。臆病なだけだ。

 

「ははっ!認めたか」

「…………」

 

 それよりとっとと中に入れてくれ。今日は妙に疲れた。 

 私たち三人は二人部屋に、馭者は一人部屋を借りる。

 

「その坊や、晩飯食べたのか?」

「いや、夕方に弁当を食べたきり寝ている」

「ちょっと待ってろ、握り飯作ってくる」

 

 世話焼きなことだ。

 戻ってきたヨウムから握り飯と鍵を受け取り、二階へ上がった。

 

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