二話 銀色の子ども
「霧雨まではどう行けば良いんだ?」
「えーと、まずは……」
急ぎの用事も無いので馬車に乗って、ゆっくり帰ることにした。その間にハイセから護衛対象について、改めて聞くことした。
霧雨という国の事、行き方、帰り……は分からないが一応帰り方も聞いておく。
「……まぁ、こんな感じかな」
さすがに生粋の貴族だけあってよく知っている。
「いや、僕らアリゼス伯爵家が詳しいだけだよ」
「?」
「お祖母様がね、霧雨の出身なんだ。それで色々と話を聞いてた事があって……」
なるほど。
家族に霧雨の縁者がいたのか。
「短命種だったから、もう生きてないけど……子守唄代わりにお祖母様が昔語りをしてくれたんだ。だから、物心ついた時には霧雨の事をよく知ってたんだよ」
亡くなっていたのか……。
是非話を伺いたかったのだがな。残念だ。
「墓はあるか?」
「家の庭にあるけど……もしかして、お墓参りしてくれるの?」
なんだ、その意外そうな顔は。
「やぁ、その」
はっきり言え。私は傷つかない。
「なんでもない」
なんだそれは。
「だって、女嫌いだと思ってたから……」
そんなことか。
苦手なだけであって嫌いではないのだがな。言わなかったか?
「態度がそう言ってる」
失礼な。
「でも……なら、どうして?」
「純粋に尊敬できると思ったからだ。祖母がいなければ、今お前はこんな風に育ってはいないだろう」
「ん〜……そうかもしれない」
そんなことを話していると、急に馬車が止まった。
「何事だ?」
連絡窓から問い掛けても返事がないので外に出る。
「あぁ、軍隊長!この子どもなんですが……」
なんでも、いきなり飛び出てきて馬車を止めようとしたらしい。しかし、理由は語らないそうだ。
子どもにしては利発そうだが、訳有りか?
白銀の長過ぎる髪に灰銀の瞳……。
「お前、名は?」
「美羅。白兎姫美羅」
「白兎姫……!?」
ひょっこり顔を覗かせていたハイセが驚いている。
なんだ?知り合いか?
「白兎姫一族のお嬢様が護衛対象なんだよ」
何?どういうことだ。
子どもの近くに寄ってしゃがみ、頭を撫でながら事情を聞き出そうとしている。
「君は白兎姫一族の子なのかな?」
ふるふると首を振った。
どっちなんだ?
「養子だよ。エリ兄と宰相さんがね、そう言ってた。だから、白兎姫美羅っていう名前なの。美羅って名前はね、エリ兄に付けて貰ったの」
「養子……あの白兎姫一族が……?宰相ってどこの国の宰相かな」
きょろきょろと辺りを見回して誰もいないことを確認した。この年頃の子どもなら気にしないだろうに。
やはり見た目以上に賢い。子どもではないのだろうか。
「えと、えと……みゅ、ミュリス?みゅ〜、うん?」
もしや、ミュリアース城の事か?
「乗れ、中で話を聞く」
「分かった!」
これ以上、外で話していると人が集まって来そうだ。
それに、この子ども……。
「抱っこして」
……は?
両手を広げて待っている。
「足が届かないんだよ、小さいから」
「うん」
……仕方ない。
子どもを抱き上げ馬車に乗る。
「出してください」
ゆっくりと進み始めた馬車の中で、子どもが身動いた。
離してやると椅子をよじ登り、ハイセの膝に座った。
何故わざわざそこに座る?
「それで……お前は何処に世話になっているんだ?話の流れからしてこの国、アインフォールでも、東国霧雨でもないのだろう?」
「お城だよ」
だから何処の城だと聞いているんだ。
「う?」
所詮、子どもは子どもか……。
「ちょっと待ってね」
ゴソゴソと荷物を漁って、明らかにその小さな鞄には入りきらないであろう、大きな水晶玉を取り出した。
「初めて見たよ、こんな綺麗で大きな連絡水晶!」
連絡水晶?
「遠くの人とお話出来るんだよ」
「そうそう、どんなに離れててもその人を念じれば会話が出来るし、その時の様子も見れるんだ」
なるほど。それは確かに便利だ。
だが、何故、こんな子どもが持っている?
「困った時には使いなさいってサっちゃんが渡してくれたの」
「もしかして、その人……サラ・イーディス・ファリスという名前かな?」
「そうだよ」
当てられた事に驚いたのか、耳が飛び出た。
……耳?本物、か?
本人は耳が出た事に気付いていないようだ。ピン、と立っている。
「君、獣人なの?」
「え?あ!」
ハイセに耳を触られてようやく気付いたらしい。
「しー!」
内緒にして欲しいらしい。
別にそれは構わないが……正体を隠さねばならない程、この国は獣人を差別していない。むしろしていない。それを知らないのか?
「そうじゃなくて」
水晶玉をハイセに預けて、床に降りた。
「「?」」
何やら踏ん張っている。
──ポン!
今度はしっぽが出てきた。異様に数が多い。
一、二、三、四、五、六……おい待て。一体幾つある!?
「九尾だよ、イル……世界に一体しか存在しない、九尾の銀狐だよ!」
興奮し過ぎだ、落ち着け。あまりはしゃぐと外に声が漏れる。いや、私も別の意味で少し興奮しているが。
「神獣が何故……」
それをこれから聞くのだろう?
「しっぽ邪魔」
まぁ、そんなにもふもふしてると座れないだろうな。
茶色っぽい、丸い飴玉を口に含むと人型に戻った。不思議な飴玉だ。
「僕ね、制御が出来ないから、飴ちゃん食べて隠してるの。サっちゃんがくれたんだ。すぐに溶けるよ?でも美味しいの」
「そんなのあるんだ」
私も初耳だ。
それは良いとして、話を進めよう。
「そうだった!」
むむむ、と唸ること数秒。水晶玉に人影が映った。
やがて鮮明になり、人物像が顕になった。
「お仕事してる」
そのようだな。
山になっている書類を捌いている。
「おーい、サッちゃん!」
『……美羅?』
どうやら無事に繋がったようだ。
「あのね、お話してあげて?」
主語は何処へ行った。主語を言え、主語を。
『誰とです?』
「銀髪のお兄ちゃんたち!」
雑な紹介だな。そういえば名乗っていなかったな。
……対面にいては見づらい、移動するか。
美羅をハイセの膝に乗せ、隣に座る。
『あぁ、無事に合流出来たのですね』
目が合った途端、そう言った。
「貴女はミュリアースの宰相殿で間違いないか?」
『えぇ、本人です。名をサラ・イーディス・ファリスと申します』
聞いていた容姿とも一致している。言っている通り、本人だろう。
「貴女に一つ、尋ねたい。構わないか」
『なんでしょう』
質問は想定内のようだ。
「そちらの事情で今回、さる貴人を護衛する運びになったが、霧雨が警護する訳にはいかなかったのだろうか?」
そこがずっと引っ掛かっていた。
『当然の疑問ですね。霧雨は我がミュリアースの友好国……彼らが彼女を警護するとなると、現王太子、つまり藤堂六華の耳にも情報が入りかねません。幾ら距離があったとしても、魔法が有りますから』
そうか、精霊族は魔法に特化しているのだったな。
他国の事とは言えど、王族の事くらいは把握している。
しかし、そこまでして王子二人に接触させたくないのか?
『今はまだ、伏せさせていただきます』
これ以上は聞けそうにないか。
「あの、良いですか」
『はい』
「この子は白兎姫一族の養子だと聞きました」
その事か。
事実確認は必要だな。
『その通りです。身分の確保は必要でしたので、ちょうど我が城にいらしていた霧雨の女王、藤堂麗華様に相談したところ、紹介して下さったのです』
「由羅もだよね!」
『そうですよ』
由羅?双子か何かか?
「分かんない、でも兄弟じゃないよ。ずっとひとりぼっちだったから」
悪いことを聞いたようだ、すまんな。
わしゃわしゃと頭を撫でる。
『今現在お話できるのはこのくらいです』
「承知した。忙しい中応えて頂き、礼を言う。失礼した」
プツッと映像が途切れ、元の水晶に戻った。
「お前、私の事はどうやって知った?」
ふと気になったので聞いてみた。
「これ」
鞄に入り切らないであろう、絵姿が出てきた。
なるほど、絵姿で確認したか。
「あとね、孤児院の子たちにどんな人か聞いたの」
どうやってその孤児院を割り出したのかは……聞かないでおこう。何やら悪寒がする。突っ込んではいけないと本能が言っている。
「そうか……」
「ねぇ、美羅。これからどうするの?」
「どうしよ?」
考えてなかったのか。何の為にここまで来たんだ?
「泊まるとこあるかな……」
それ以前に、幼児では泊まれんぞ。
……そんなこの世の終わりのような顔をせずとも。なんだか、私が悪者の気分になるじゃないか。
「一緒に連れてこうよ。多分、向かってるとこ同じだと思う」
「うん!イルちゃんと一緒にいなさいって言われてる!」
なら、まぁ……いいか。
いざと言う時、戦えるのかは分からんが……神獣というくらいには、能力値は高いだろう。
で。ハイセは何を震えている?
肩が小刻みに震え、ぷるぷるしている。
「イルちゃん……イルちゃんて……!ふふ、あははっ」
笑い過ぎだ。
「嫌だった?ごめんなさい……」
「落ち込まなくていい。孤児院の子ども達は、皆そう呼ぶ」
「じゃあ、イルちゃんのままで良い?」
「ああ」
良かったと言わんばかりに微笑んだ。心做しか、周りに花々の幻が見える。
そんなに嬉しいか?
「うん!」
……そろそろ、寮に着く頃か。
さすがに寮の中には連れて行けない。置いていくか?
「僕、お外でお弁当食べてる」
今更だが……お前、その鞄は一体何だ。魔法が掛かっているのか?
「エリ兄から貰ったの」
精霊族の道具か。貴重品だな。
「無くすんじゃないぞ」
ぽふぽふと頭を叩く。
「はーい!」
元気よく良い返事をしたので、思わず
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