一章 世話好き軍人
一話 国王の願い
三十分馬に乗ってようやく着いたファルグ城本館。
何故か時計塔が二つもあるが、歴史のある荘厳な白亜の城だ。
「お疲れ様です」
門番に馬を預け、中に入る。顔と名が知れている為、特に何も聞かれることはない。
何万年と続くこの王国の名はアインフォール王国と言う。
国王は龍だ。とはいえ、その気質は人に近しい。ほとんどを人型で過ごしている。
それにしても、私に言えないとはどういうことか。与えられた任務から逃げ出すとでも思っているのか?
感情に釣られ、うっかり無意識に気温を下げてしまった。
「寒い……」
「……?この季節、というより城周辺は暖かいはずだが?」
「いや、そうじゃないよ………」
なら、なんだ。はっきりしろ。
もごもごと何やら呟いているこいつは、アリゼス公爵家の次男でハイセ・フォン・アリゼスと言う。
性別に関係なく、様々な者から好かれている。顔が違うだけでこうまで差が出るのが少々悔しい。別に嫌いじゃないが。
人気者のハイセと違い、私は皆から恐れられている。中には失神する者さえいる。殺気を出していなのにも関わらず、だ。
一体私が何をしたと言うのか。
「カイロ持ってない〜?寒い……」
そんなに冷えるか?
こいつは武芸の腕は確かだが、魔法はからっきしだ。
普通なら魔法戦では不利だろう。しかし、こいつは尋常ではない腕力と、人並み外れた技巧で圧倒する。
……が。
天候を司る魔法には滅法弱い。見ての通り、寒がりだ。
逆に私は魔法に強い。
小さい頃から護身の為に、武術の他に魔法の才もあった故に努力に努力を重ねた。結果、武術と魔法を極めた魔法剣士となった。
蛇足だが、この世界には
魔法爵は全ての属性を極めた魔法使いに与えられる爵位だ。そして、魔法騎士爵は魔法爵以上に、全属性の魔法を極め、それに加え武術を極めた者に与えられる爵位だ。
これらを叙勲される者は歴史上でも二十人しかいない。
因みに私は魔法騎士爵に該当する。この国では初の魔法騎士爵叙勲者だ。
本当に蛇足の蛇足だが、ハイセは
「ねぇ、イルって女の人嫌いっだっけ?」
「……は?」
何を突然言い出すんだ?
「別に嫌いじゃないが、どうしたいきなり」
「いやぁ、もしそうだったらどうしようかな、と……」
何が言いたい?
「もしだよ?もし」
「早く言え」
少し逡巡した後に言った。
「女の人、貴族を相手するとしたら、どうする?」
女……しかも貴族だと?話にならん。
仕事上のたまの付き合い程度ならまだしも、同じ空間にいるのは耐えられん。
「そうだよねぇ……」
要領を得ない。さっきから一体全体、何を言い渋っている?
「護衛、なら?」
「仕事であれば我慢するさ」
「うーん……」
ほんとうに何なんだ。
そうこうしている内に
「どうぞ、陛下がお待ちです」
「ご苦労」
軽く労い、通り過ぎる。
「雰囲気あるねぇ」
「そうだな……」
王族の居住地は異空間にある。
先程、越えた狭間を
異空間に入ると、大きな二階建ての木造建築の屋敷が立っている。この国、アインフォール王国ではまず見ない建築様式である。
このような建築物は東洋の国、霧雨でよく見られる。
陛下はいつからかこの国に住み着き、いつの間にか王になっていたという。真実は知らんが。
「待ちくたびれたぞ、イル」
「遅参、申し訳ありません」
「……ふん」
「こら、イル」
急に呼び出したバカ陛下が悪い。
「ば、バカって……!」
何を慌てる必要がある?やつを見ろ。
「イルがご無礼を……!申し訳ありません、陛下」
「構わんさ。いつもの事だ」
桜色の長い髪を靡かせて平然としている。
陛下とは長い付き合いだ。仲が良いのか、と聞かれると微妙だが、タメ口・悪口が許される程には、砕けた仲ではある。
「で、要件は?」
「イル……!!」
「気にするな、慣れろ」
ほら、陛下もこう言っているんだ。諦めろ。
ガックリと肩を落としたハイセを尻目に椅子に腰掛ける。
「私の要件はただ一つ、とある貴人の護衛を頼みたい」
「はぁ?」
そうか、ハイセがやたら言い辛そうにしていたのはこれか。
「即刻霧雨に行き、彼女の元へ行け」
「…………拒否権は」
「無い」
想像はしていたが、猶予くらいくれても良いだろうに。
「護衛対象が問題なんだよ」
「厄介な御仁なのか?」
「彼女自体はそうでもないさ。純粋の塊だな、あれは」
「なら何が?」
聞きたくないが、聞かねばならない。
「始祖神が崩御されたのは知っているか」
急に話が変わった。
やたら真剣な顔をしているので茶かせる雰囲気でもない。
「仔細は省くが、その転生した魂が彼女の
と言うことは……。
「そうだ。彼女は始祖神が産まれる母体となった。故にそなたらには、彼女を守って欲しいのだ」
事情は大まかに理解したが、それだけか?
「他には?」
「…………聡い子よの。ミュリアース城の宰相より、正式に護衛依頼が届いた」
これは最早、猶予などと言っている場合ではないな。
「一つ、いいか」
「どうした?」
「何故、あちらが護衛をしない?あちらの国が派遣して然るべきだろう」
かの始祖神には、最強のハイエルフと、種類は違うが始祖神を溺愛している最凶のハイエルフが侍っている聞いた。
その二人を差し置いて私たちを向かわせるのか?
「どうやら宰相は、その二人に試練を課したようだな。我が主たる始祖神が可愛がっていた藤堂瑠璃には、今回の試練は困難やもしれん」
そんな名だったか?というか今、我が主と言ったか?まあいい、それは後回しだ。
確か名は、エリアスと霧雨の王太子の藤堂六華だったはず。
「あぁ、二人は血の繋がった兄弟なのさ。兄は我が主に拾われた。その際『ルーラファエリス』と名付けられたのだ。元々の名は『藤堂瑠璃』と言うのだよ。前王太子の存命はまだ公にはなっていない、注意しろ」
「分かった」
「はい」
「我々が護衛するのは、あくまでも彼ら兄弟が我が主の母体である彼女の元に辿り着くまでだ。それ以降は各々で決めていい」
適当だな。
「もし、産まれても尚、兄弟が来なければお前たちが我が主の世話をすることになるがな」
この世界で最も難易度の高い任務ではなかろうか……。始祖神の世話など、出来るものか。
「子育ての経験くらいあるだろう?」
「孤児院のことか……あれらは賢いからな。それなりに大きいし。大した手間は掛かってない」
「充分だ」
ところで、肝心の護衛対象の名と居場所は?霧雨としか聞いてないぞ。
「それはハイセが知っている。道すがら聞くといい」
何故知っているんだ。
「言い忘れていたが……今回、始祖神を身篭った話は彼女は知らないはずだ。身篭ったことにすら気付いていないだろう。いきなり事実を告げるのはよしておけ。混乱を招くだけだ」
「承知した」
ある程度時間が経って、気楽に話せるようになった時に告げれば良いだろう。
「彼女は彼女で別に依頼をしている。これだ」
す、と懐から封筒を取り出し、私に渡した。
「道中読むと良い。ついでに……と言っては悪いがそちらも頼んだぞ」
「…………」
「はい」
ついで……確かについでなのだろう。始祖神の転生以上の話ではあるまい。
「必要があれば他の隊長どもを呼び出せ。既に言付けてある」
機密事項故に一般兵士に言える事ではないし、当然か。
「では、我々はこれで」
部屋を出ようとしたその時、もう一度だけ
「……頼んだぞ」
と言われた。
「「はっ!」」
最後に敬礼を返し、今度は旅支度をする為に寮へ戻った。
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