Prolog


「失礼します!フィーレンバルス軍隊長殿はおられますか!」

「ここにいる。要件は何だ」

 

 稽古中に伝令に呼ばれた。

 せっかく興が乗ってきたというのに、まったく……。

 

「急ぎか」

 

「は!国王陛下がお呼びであります!至急来られたしとのことです!」

 

「場所は?」

「陛下の私室であります!」

 

 私室だと?余程の急用か、影の仕事か。どちらにせよ、まともな話ではなさそうだ。

 

「すぐに着替える。お前は戻れ」

「は!失礼します!」

 

 私のところに来る伝令は、いつも決まって震えている。原因は……私だろうな。

 

 毎度毎度、怯えられれば原因が私だという事くらいは分かるようになる。

 寮に戻り、軽くシャワーを浴びる。

 

「諜報ならまだしも、貴族の護衛依頼は面倒だな……」

 

 そうでないことを心から祈る。

 王の前に出るなら、普段着では不味い。かと言って正装は持っていない。

 

 なんという事は無い、私には金がない。給料で得た金はほとんど全て、親兄弟に回している。だから、正装まで誂える金が無いのだ。

 

 手早く洗い終えて、友人の部屋を尋ねる。

 

「ハイセ、いるか」

「開いてるよー」

 

 不用心な……。

 少々呆れつつもお邪魔する。

 

「ちゃんと正装は用意してるよ。宰相が用意してたみたいだね」

 

 準備が良すぎないか。というか、宰相直々にだと。本当に、どうして元は平民に過ぎない私を呼んだのか。

 

「お前も呼ばれたのか」

 

「何かあった時、君を止められるは僕しかいないからって志願したら、あっさり通った」

 

 志願?

 

「待て、志願と言ったか」

「そうだけど……どうかした?」

 

 まさかとは思うが、こいつの止めがいるほど、厄介な依頼とか言うんじゃないだろうな。

 

「事前に言うなって言われてるから、ごめんね」

 

 そういうところはしっかりしているな。普段はへらへらしているくせに。

 

「せめて笑顔だと言ってよ」

「同じだろうが」

「ひどっ!」

 

 なんにしろ、王に呼ばれたとあれば行かない訳にもいくまい。

 

 正装を着た事が無く困っていた私を見かねてか、ハイセが手伝ってくれた。

 

 ……すまん。

 

 ややこしい服は苦手だ。普段から着ている、略式の正装でさえ着慣れるのに時間が掛かった。今では当たり前のように着れるが。

 

「騎士団の正装は支給されるはずだけど、貰ってない?」

「な、何?」

 

 初耳だ。金が掛かると思い込んでいた所為もあるだろうが。

 

「持ってるものだと思われたのかもね。陛下が直接騎士団に誘ったって話だったし」

 

 後半は事実だが。

 確かに、周りはそう思っても仕方ないか。噂は噂だから。

 

 とはいえ、何もかもが与えられる訳では無い。いや、幾つか与えられはしたが、固辞した。何もしていないのに褒美は受け取れないと言って。

 

「髪はそのままで良いのか」

「あぁ、そうだった。座って」

 

 そう言って、箱を取り出した。中には透明の液体が入っている。

 

「それは?」

「ん?整髪料だよ。これで髪型を整えるんだ」

 

 ほう。

 片方の横髪を後ろに撫で付けて乾燥させ、私の準備は終わった。

 

 ハイセの方は……既に髪を横で結んで前に垂らしていた。さすがに慣れている。

 

「さ、行こう」

「あぁ」

 

 最後に帯剣し直して王の私室へ向かった。

 

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