ブレイクタイム1 ノーの反対はもちろん―――

「なぁ、ウルド。」

「はい、なんでしょう?」



「アルがプロポーズを断らなかった。これは、どういう意味だと思う?」

「―――っ!!」



 ノアからの問いかけに落雷のような衝撃を受け、ウルドはノアの上着をぼとりと落としてしまう。



 突然ジョーが一人で帰っていった理由。

 ここ最近のノアが、やたらとジョーを意識して一喜一憂していた理由。



 察しのいいおじさまは、過去の経緯から今、さらには未来までに思考を及ばせる。

 その結果。



「ノーの反対はもちろんイエス! 口に出して言わなかっただけで、ようはオッケーということでしょう!!」



 全力で断定した上に、親指でグッドサインを作った。

 それを受けて、ノアが表情を明るくする。



「やっぱり!? やっぱりそうか!?」

「そうでしょうとも! あのアルシード君ですからね。少しでも断る気があるなら、嫌だと即答したはずですよ。」



「そうだよな!? あのアルシードだものな!!」

「ちなみにノア様。いつからアルシード君にご執心で?」



「それが、アルが好きだと気付いたのはついさっきなんだが、そのきっかけは二年前で……」

「あなた、二年も自覚なしで恋わずらいをしてたんですか?」



「どうやら、そのようなのだ。今思うと、どうして気付かなかったんだって話だよな。政務に手がつかなくなるくらい、アルのことばかり考えていたというのに……」



 本当にそれ。

 ノアがあまりにもジョーの文句を言うものだから、てっきり喧嘩別れで絶縁でもしたのかと思っていたのに、ふたを開ければ真逆の恋煩いだったとは。



「ノア様。ここは、彼がルルアにいる内に落としましょう。」



 照れているノアに、ウルドは割と真剣にそう提言した。



「先ほども言ったように、アルシード君がノア様に好意的であることは確実です。その隙は、的確に突かなければなりません。」



「し、しかしだな……」



 攻めるのが常套のはずのノアが、しおらしい態度で言葉を濁す。



「もちろん私も、そうするべきだとは思うが……キリハと違って、アルは私が攻めたら怒るだろうと思ってな……」



 なんと。

 魔性の改革王たるノアが、他人の機嫌をうかがって躊躇ためらうなんて。



 これは国のためではなく、自分のために彼が欲しいからなのか。

 はたまた、自分よりも優先順位が高くなるくらい、彼を愛しく思っているからなのか。



 しかしノア様?

 ここは原点回帰していただきたい。





「怒らせてしまえばいいのです。」





 ウルドはノアの眼前で指を立てる。



「怒ったり動揺している時こそ、アルシード君が一番話を聞く時じゃないですか。自分の感情に素直になるのもその時だけです。」



「た、確かに……」



「この機会をのがせば、アルシード君はあなたへの好意に一生気付きませんよ? また連絡が途絶えることになってもいいんですか?」



「それは嫌だな。再会して身にみたが……私はもう、アルなしの生活には耐えられそうもない。」



「ならば、全力で押しましょう!」



 ポンポンと。

 ウルドはノアの肩を叩く。



「感情は、後からどうとでも追いつきます。まずは、アルシード君が確実にノア様から逃げられなくなるように、首輪をくくりつけるのが先決です。いっそ、周囲に婚約者だと思わせてしまいましょう!」



「婚約者……」



「プロポーズをしたのなら、そのくらい大きく出ても問題ないでしょう。まずは形から入って、それからじっくりと落としていけばいいのです。ノア様は、アルシード君に婚約者の立場を受け入れさせる自信はありますか?」



「正直……ある。」



 ぐっと拳を握り、ノアは大きく頷く。



「二年前から契約関係がなくなるまで、アルは私の誘いを断ったことがなかったのだ。文句こそ言っていたが、どんなに時間を浪費しても怒らなかった。」



「あ、それもう好きですよ。普通に。利己的なアルシード君が、自分の得にもならないのに無駄話に付き合うなんて……」



「それにさっき、実質私が特別な人だと認める発言をした。」



「はい、確定です。プライドと自意識が高いアルシード君に、今後そういう相手が増えることもないでしょうから……彼が選べる女性は、ノア様しかいないでしょうね。」



「だよな!?」

「です! 私が保証します!!」



 ノアに本来の自信と勢いが戻ってきた。

 ここで背中を押してやるのが補佐官の務めである。



「ということで、ノア様。せっかくなので、他の補佐官やご両親にも好きな人ができたと報告してしまいましょう。」



「うむ? 親にもか?」



「ええ。どうせ落とせるのは確実なんですから、多少順番が前後したところで構わないでしょう。ご両親は安心するし、身を固めて落ち着けという苦言もなくなるし、一石二鳥ではありませんか。」



「確かに! それは盲点だった!!」



「さあ、思い立ったら即行動です!」



 ノアの肩を抱き、ウルドは虚空を指差して宣言する。



「アルシード君捕獲作戦の開始ですよ! いざとなったら国家財源を動かしてでも、アルシード君のルルア滞在期間を引き延ばしてやりましょうとも!!」



「なんと頼もしい!」



「研究所で、あれだけの能力を見せびらかしてくれた後ですからね。繋ぎ止める理由になんか、困らないんですよ。そういう意味でも、彼はノア様に隙を見せたことになりますね。」



「ふふふ…。この私にこれだけの隙を与えるとは……つまり、捕まえてほしいのだな?」



「そういうことです!」



「ではウルドよ、アシストは任せたぞ!」



「お任せください!!」



 ジョーが去ったレストランの一室で、ノアとウルドは高笑い。



 以上が、ウルドがノアのブレーキをぶっ壊すまでの経緯である。


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