ラウンド17 やっと捕まえた

 それから二日後の夜。

 せっかくの金曜日なのに、ノアが政務から解放されたのは十時を大きく越えてからのことだった。



「いやー……今週も忙しかったが、癒しのおかげで疲れも半減に感じるな!」



 言葉どおり疲れを感じさせない足取りで、車へと向かうノア。





「その癒しの対価が、僕にとって何倍の疲労になっているか、ご存知です?」





 駐車場に響く高めの声。



「おお!」



 予想外のお出迎えに、ノアは目をまんまるにする。

 一方のジョーは、ふてくされた表情でノアにきつい眼差しを向けていた。



「貴様、いつの間に…っ」



 途端に警戒をあらわにして、ジョーに拳銃を向けるボディーガードたち。



「やめなさい。私がここに通したんだ。」



 そこに待ったをかけたのはウルドだ。

 それで、ボディーガードたちの表情に戸惑いが滲む。



「ウルド様が…?」

「ああ。彼は今、ルルアで一番の賓客と言える方だ。ノア様のこの顔を見れば、誰かは察しがつくだろう?」



 ウルドに言われ、ちらりとノアの表情をうかがう彼ら。

 ノアの表情は、今週一番の輝きに満ちていた。



「おい、あれじゃないか? ノア様と熱愛関係にある……」

「え? おれはもう、内縁の関係だって聞いたぞ?」



「ああ、あの方がお噂の…っ」

「我らの救世主様ですね!?」



 やっぱり、大統領御殿は手遅れだったか。



 内縁の関係って何?

 救世主ってのはどういう意味で?



「ウルド! お前は、なんて嬉しいサプライズをしてくれたんだ!!」



 当然のようにこちらに駆け寄って、胸の中に飛び込んでくるノア。

 彼女はぐりぐりと首に頭をすり寄せてきて、それはもうご満悦である。



「会いたかったぞ! 私の愛しいフィアンセよ。」

「そうですねぇ……僕も、狂いそうになるくらい会いたかったですよ。」



 そちらから飛び込んできたなら好都合。

 ジョーは片手でノアの二の腕をホールドし、もう片手で彼女のあご先を捉えて上向かせる。



「この二週間、よくもまあ好き勝手に暴れてくれましたね? やっと捕まえたんです。ゆっくりじっくり、色々と話し合いましょうか?」



 彼女のこの表情。

 自分をここにおびき出すまでが計画の内だったな?



 ムカつくが、今回ばかりは誘われていると分かっていてもここに乗り込んだ自信がある。

 駆け引きどうこうよりも、今はこの不満をぶつけたくてたまらないのだ。



 据わった目でノアを睨むジョー。

 ノアはそれに、にんまりと笑った。



「ああ、もちろん。愛しい人の望みなら、拒む理由はないとも。」



 すっと。

 ノアの両手が頬を挟む。



 はたから見れば仲睦まじい恋人そのものだが、仕方ないから見のがしてやろう。

 今はとにかく、この人を捕まえて離さないことが優先だ。



「どうする? 夜は長いんだ。私の家にでも来るか?」

「お断りです。」



「何故だ!? ゆっくりじっくり話し合うんだろう!?」

「外堀を埋められた上に、既成事実まで作られてたまるかーっ!!」



 ふざけるのも大概にしろよ、このちゃっかりクイーン!!

 誘いに乗ってやったからって、あれもこれも思いどおりになると思うな!!



「今日は甘い話をしに来たんじゃないんですよ! どうしてくれるんです? あなたたちが勝手に大金をつぎ込んだせいで、こっちはセレニアに帰れなくなったんですけど!? 僕の研究計画が、狂いに狂ったじゃないですか!!」



「うむむ…。それは申し訳なかったと思うが、こうでもしないと、ゆっくりする時間を作ってくれんだろう? こっちに来ても、朝から晩まで研究所にこもりきりで……」



「僕はそもそも、そのためにここに来たんですよ…っ。あなたとイチャイチャするために来たんじゃないわ!」



「またそんなつれないことを言って。ひねくれすぎなのは、損しかしないぞ?」



「あなたがどう思おうと結構! とりあえず、僕がめちゃくちゃ怒ってるってことだけは分かってください!!」



「だろうな。この前の妨害プログラムを解除するパスワードが、〝反省しやがれ、くそ野郎〟だったくらいだし。お前が本気を出せば、国家の防衛システムも形無しなのだな。いい教訓になると同時に、ますますお前を手離したくなくなったよ。」



「分かっているなら話が早い。さっさと話し合いの場を用意してください。あなたの家以外でね。」



 さらりと交わされるとんでもない会話に、ノアとウルド以外は顔面蒼白。

 しかし、その恐怖はこんなもので終わらない。



「今後のために教えてあげます。今の僕はね、研究の邪魔をされることが何よりも嫌いなんです。いくらあなたが相手でも、今度同じ手に出ようものなら、今回かすめ取った情報を政敵にリークしてやりますからね。」



「う、ううむ…っ」

「ひえ…っ」



 さすがにそれは困るのだろう。

 ノアがたじろぎ、周囲の補佐官たちがぶるぶると震え出した。



 さあ、ここまで言えばいいだろう。

 恋人トークなんかよりも自分の機嫌を取り直す方が先決だと、ノアはともかく周囲が思ったはずだ。



「親しき仲にもなんとやら、ですよ。分かったら、僕の出張をどういう条件にする気なのか、契約書を見せてください。手直しさせていただきます。見返りは、今回かすめ取った情報のデータ一式と、秘密保持契約書でどうです?」



「……致し方ない。」



 ジョーの威圧感と補佐官一同からの懇願の眼差しに負け、ノアが溜め息をつきながら折れた。



「お前……本来ならそれ、色んな罪で取っ捕まっているからな?」

「捕まえたいならどうぞ? ある意味僕はいい思いしかしませんが、あなたはどうでしょうね?」



 とどめの一発。

 ジョーはいつもの鉄壁スマイルで、悪魔のオーラを全開にする。



「複雑だが……これがお前という人間だよな。」



 そう言ったノアは、参ったと言わんばかりに苦笑した。


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