第17話:……猫です



◆◆◆◆



 後日、三人は連れだって江戸の町を歩いていた。石動だけは用事でいない。


「相手は子供なんだからさぁ、団子や飴、まあ奮発して金平糖ってところがいいんじゃないか?」


 田舎者の勘兵衛がそう言うと、即座に甚六が否定する。


「バカ野郎。それじゃ食っておしまいじゃねえか。いいか? こういうのは女に何度も見返させて――」


 女好きの甚六は遊女の真似をして科を作る。


「『あァ憎いお人。忘れたくてもこれを見る度にお顔がちらついて忘れられません』って言わせるものじゃなくちゃいけねえんだよ。食い物は食べたら消えちまうだろうが」

「……いえ、拙者は別に消えてしまってもよいかと」

「光悦は素人なんだから黙ってろ。いいか、この件については俺の方が先輩だ」

「……はい。承知しました」


 光悦は口を挟むが一蹴された。建前としては光悦の頼みを聞いて、禿の藤にふさわしい贈り物を探してはいる。でも同時に、やはり江戸っ子である。何だかんだ言って、気の合う悪友で肩を並べて商店の冷やかしをしているのも事実だ。光悦はダシにされたようなものだが、当の光悦本人はこのそぞろ歩きを楽しんでいた。


「風車や絵双六もあるな。お、人形だ。こういうのはガキの時分には嬉しいんだよなあ」


 勘兵衛が足を止めたのは、子供の玩具を並べた店だ。三つ折人形という着物を着た人形を眺める勘兵衛の目には、昔を思う光があった。田舎の出の彼だ。姉や妹はこういう人形で遊ぶ機会などなかったことだろう。


「どうだ光悦?」


 無言で光悦が店先の風車を手に取った。


「……ぶっ!」

「……ははっ!」


 勘兵衛と甚六が同時に吹き出した。


「童女に風車を差し出す光悦かぁ……十手持ちが飛んでくる眺めだなこりゃ」

「瓦版に載るぜ、おい」


 どう見ても、玩具で子供を誘い出す怪しい人さらいである。


「……拙者はこれ以上白州でお叱りを頂戴するのは遠慮願いたいです」


 ただでさえ夜の墓場で亡者を斬っていて、奉行所にしょっ引かれて叱られた光悦である。また顔を出したら今度こそ仕置きされかねない。


「相手が吉原の禿ってのがくせ者だな。子供扱いしたらへそを曲げそうなんだよ」

「『わちきを童扱いとは心ない殿方でありんす!』ってか?」


 二人は言いたい放題である。だが、光悦は少しも嫌な気にならなかった。


「となると、王道のかんざしや櫛、化粧道具ってことになるなあ」


 勘兵衛が初心に返るが、甚六は乗る気ではない。


「いや、相手が太夫ならそれがはずれが少ないってことなんだが。何しろまだ禿なんだよなあ」

「なんか気を遣わせてしまいそうで悩むよな」

「……お二人とも、無理難題を押しつけてしまい申し訳ありません」


 つい光悦は頭を下げる。


「いいっていいって。気にするなよ」

「そうそう。こっちは好きでやってんだからさ」


 とは言うものの、いっこうに埒があかない。とうとう適当に冷やかすのにも飽きてきたのか、甚六が声を上げた。


「ええい! やけっぱちだ。おい勘兵衛、光悦、こうなりゃ日頃の行いに賭けて、仏様か神様に縁結びを願掛けしてから適当に見て回るぞ!」

「ああ、考えたって仕方ねえやい」

「……はい」


 三人はたまたま見かけた稲荷に賽銭を投げ込んで手を合わせ、当てずっぽうに店に入っていく。


「……これは?」

「バカ。タヌキの置物なんて嫌がらせにしかならねえよ」

「こいつはどうだ?」

「七福神の置物じゃねえか。宝船に乗って縁起も良し……ってなるわけねえだろ!」

「じゃあ、これとかどうよ」

「舶来の人形か……おい高すぎだ! 値段で相手に気後れさせたら逆に退かれるぞ!」

「……見つけました」

「キジの剥製かよ……料亭の開店祝いかっての!」


 しばらくいくつかの店をはしごした結果――


「……猫です」


 光悦が見つけたのは、三毛猫の色づけがされた猫の焼き物だった。


「おお、いいねえ。左甚五郎の眠り猫さながらだな」

「かわいいじゃねえか。ネズミは捕らねえけど、毛が着物につかないからいつでも側に置けるな」


 光悦が手に持った猫の焼き物に顔を近づけて、二人はうなずく。


「いいねえ。おーい店主、勘定。こいつにするぜ」


 かくして男三人による珍道中さながらの贈り物選びは終わったのだった。


「……お二人とも、今日は本当にありがとうございました」

「おう、俺も面白かったぜ」

「うまくいくといいな、光悦」


 にやにや笑いながら肩を叩く二人に、わずかに光悦は眉を寄せる。


「……これは礼の品です。それ以上の意味はありませぬ」

「はいはい。そういうことにしておいてやるぜ」

「そうだな。なにしろ禿じゃあな」


 何を言っても誤解は解けないと分かり、光悦はうなずくしかなかった。


「……はい」



◆◆◆◆



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