LINEグループにはお気を付けください

風崎時亜

第1話 高校時代の友情は本当に一生ものなのか

 清美からLINEのグループ申請が来た時は、正直迷った。

 彼女は高校時代の五人組の友人の一人だった。

 他の四人が短大や専門学校、高卒で就職する中で唯一地元を抜け出し、関西で私立の四年大学に入学したのは私だけだったので、友達間の事にはすっかり疎くなっていた。


 けれども最近清美が、美由紀と皐月が二人でカフェを開店したと言って来たからお祝いを贈ったのだ。そうしたらその情報をくれた彼女本人から申請が来た。


 私は都会に来てから全く成功なんかしていない。大学を卒業した時には就職難で、一旦は正社員になったけれども会社が倒産し、後は非正規の仕事を転々として来た。それでも私は皆んなよりも良い学校に行かせてもらったのだから、非正規でも難しい仕事をこなせるからと歯を食い縛り、恋人も作らず一人で生きて来た。


 LINEグルか…しかし断る理由もない…私は申請を許可した。

 グループは清美、皐月、美由紀、葵、そして私=敬子の五人となっていた。


美由紀「あ、敬子!久しぶり!元気にしてた?美由紀だよ〜」

皐月「敬子!皐月だよ。この前はお祝いありがとね」

葵「葵です。おひさ!清美が呼んだんだね」

清美「うん。ちょっと今までどうやって呼ぼうかなって思っててね、美由紀達のとこの荷物に携帯番号書いてあったでしょ?そういやSMSでも招待出来たなって」

美由紀「うちらおばさんじゃけえ、こういうの分からんけぇね」

葵「出た方言w」


 皆んな元気で楽しそうだった。

 清美は結婚し、中一と高一の子供がいて、パートで頑張っている。

 美由紀と皐月はそれぞれ離婚して意気投合したらしく、カフェオーナーとして張り切っている。

 葵は夫が不動産をいくつか持っていて専業主婦で、子供は私立の中学校に通っている。


 彼女達は地元でそれぞれ充実した生活を送っている様だった。


清美「懐かしいよね。何年経っても別に何にも変わらずにこうやって話せるのとか嬉しい。敬子ってばいつも忙しそうでお正月もちょっと顔見せて帰っちゃうんだもん」

私「ハハハ。私だけ遠いからさ、早く帰んなきゃ次の日の仕事が、とか思っちゃって…」

美由紀「敬子ってすっごく頭良かったし、都会で一人で生きて行けるの羨ましいよ」


 本心だろうか。

 私は本当は少し居心地が悪いからさっさと帰っていたのだけれど。


清美「そういえば私達ってどうやって友達になったっけ?」

私「最初は清美が私に声掛けてくれて」

清美「そっか。数学で赤点取りそうだったから、あの時頭良さそうって思った敬子に『お願い!ノート見せて!』って…そこからなんか芋蔓式に皆んなと知り合って」

葵「え。勇気あるなあ…」

皐月「芋蔓式とか酷くない?」

清美「へへ〜。敬子ってば一人都会の大学行ったでしょ。そっから全然地元帰って来ないし寂しいなって思ってた。次は美由紀と皐月のお店に集まろうよ」

皐月「うん、来て来て。いつでもオッケー!売り上げに貢献してください!」

美由紀「そんなあからさまな…でも待ってるから!来てね〜皆んなで集まろう」


 けれどもその約束は果たされなかった。

 三日後、皆の他愛のない会話の中で、既読はずっと三つしか付かなかった。

 

 その理由は五日後に明かされる。


美由紀「…清美、亡くなってたんだよ…」

私「え?」

皐月「敬子はそっちにいるから無理だと思ってお葬式の事知らさなかったけど、昨日だったの。あの子さ、…実は分かってたみたい。ちょっと前から何度か脳梗塞起こしててね…元気そうにしてたけど、とうとう大きいの起こしちゃって。そのまま」

私「…そんな…」

葵「私も息子の合宿に着いて行ってたからお葬式行けなくて…」

美由紀「いいんじゃない?多分子供がいる人には本当に凄く辛いお葬式だったと思う…旦那さんもお子さんも…もう見てられないぐらい泣いて…」

私「そっか…でも葵は合宿って?今の時期に?」

葵「うちの子、サッカーのユースチームに入ってて地方回って試合してるから。高校受験にも有利になるし」

皐月「そうなんだ。次は葵とこの息子さんが」

美由紀「次は葵…去年は清美のとこの圭介君が高校受験だったもんね。…お母さんいなくなって本当に…可哀想…」

私「お墓はどこに作るのかな。お参りに行くよ。また教えてね」


 四十五歳で亡くなるなんて。なんて気の毒なんだろう。

 でも結婚して子供もいるし命は繋いでいる。正直羨ましかった。

 私は今死んだとしても、何も遺らない。


 私は友を亡くしたショックで鬱々とした生活を送っていた。

 しかし不幸というものは続くようだ。数日後のLINEでは驚く事が書いてあった。


葵「美由紀と皐月が死んじゃった!」

私「えっ?!」

葵「二人で車で買い付けに行く途中、対向車線にはみ出して正面衝突したって…地方ニュースには出てたけど」

私「そんな。有り得ないよ」

葵「…なんか怖いよね。LINEグループじゃなくて二人で話そうか」


 私と葵は既読が付かなくなったグループでの会話を避け、二人でトークをする様になった。


私「っていうか、私またお葬式とか呼んでもらえなかったんだけど…」

葵「仕方ないよ。結構二人の親御さんが大変でさ。お葬式はなんとかしたけど、お店があったでしょ?その後片付けとか登記とか権利の問題で、二人で勝手にしてたのが急にいなくなったもんだから…バタバタだったみたい」


 人が亡くなると遺された者が大変だ。


葵「でもなんかおかしいんだよね。こんなに不幸が続くのなんて…」

私「偶然じゃないの?」

葵「それが…」

私「何?」

葵「正直、敬子がLINEグループに入ってから…」

私「そんな、私のせい?」

葵「や、そういうんじゃなくて、何か引っ掛かるんだよね。私達敬子にだけ普段から会ってないからさ…ちょっと怖い事があったんだよ」

私「私が?」

葵「うん。敬子が一昨年のお正月に皆んなで集まった時に…」

私「え?何?」


 葵からの返信に少し間が空いた。書き込むのを躊躇している様だった。


葵「うーん…その時凄く酔ってたみたいでさ、私達がなんか自分達の話ばっかりしたのも悪かったんだけど『自分だけ何もかも上手く行かない、皆んな実家の方で上手く行ってて仲良くしてて…』って怒り出したんだよね」

私「ええ?ヤバい、全然覚えてない…」

葵「それでその後また飲んじゃったみたいで気分悪くなったのか、ずっと小声で『次は死ぬ、次こそ死ぬ』って言っててさ。流石にお父さんとお母さん呼んで迎えに来てもらってたじゃん。ちょっと引いちゃった」


 そういえばそんな事があった気がする。

 あの日は何故か人生で一番飲んで、初めて記憶が飛んだのだった。


私「そうだったんだね。ごめんね」

葵「ううん、大丈夫。皆んなとも、敬子も一人でいろいろ大変なんだろうね、って話してたの」


 私はそんなことを言っていたのか。

 確かにそうかも知れない。他人の芝生は青いという。

 結婚して子供がいたり、目標があってコツコツ貯めて念願のお店を持ったりして皆んな私とは違った。


 私の事を都会に出て自由に仕事をして、自由にお金を使えて時間も何もかも全て自分の物で羨ましい、なんて皆んな言ってくれていた。けれど、私は自信がなくて恋愛にも積極的になれなくて…仕事だっていつ切られてもおかしくない派遣の仕事だし、あるものは自由だけで、時々なぜ生きているのかも分からないぐらい凹むのに。

 本当は私の事を皆んな可哀想って思ってるんだ、なんて被害妄想に苦しんで来たのに。

 そんな事をぼうっと考えてしまっていた。そして知らずに呟く。


「次は葵か…」


 待って?今のは何?私は何を呟いて…。



 それから一週間後、休日の夕方にニュースを見ていた時だった。


『次のニュースです。昨夜、広島県◯◯市◯◯町で住人が何者かにナイフで刺され、死亡するという事件が起こりました。犯人は事件当時自宅にいた被害者の夫により取り押さえられ、警察に身柄を拘束されています。』

『亡くなったのはこの家に住む宮川葵さん(45)で、調べによりますと夫の所有するマンションの一室で賃貸トラブルがあり…』


 私は自分の目を疑った。

 急いで葵にLINEする。何時間経っても既読は付かない。

 一日経っても二日経っても既読は付かない…やはり殺されたのは本人だ。

 ニュースによると夫が所有するマンションの一室に住む住人が何年も騒音トラブルを起こしていて、オーナーとして他の住人との間に立って仲裁しようとしていたけれども上手く行かず、逆恨みを受け家まで押し掛けて来られてしまったようだ。

 そしてそこで何も知らずに先に対応してしまった葵が刺された…。


 これで私の高校時代の友人は全滅してしまった。誰からも詳細は聞けない。


 清美→美由紀と皐月→葵。次は葵。

 私は何故『次は』って思ったんだろう…何処かで?


 私はハタと気が付いて、見ない様にしていたLINEグループのログを見た。

 そして亡くなった友人と最後に交わした内容を確認してみた。

「やっぱり…」


 亡くなった清美が最後の日に『次は美由紀と皐月』と書き込み、同時に亡くなった美由紀と皐月が二人とも最後の日に『次は葵』という文字を書いている。

 そもそも清美は?彼女は病気があったとはいえ、偶然が重なりすぎる。

 私はもう一度ログを読み直してみた。


『最初は清美』

 なんと、私が書いている。もしかしてここから始まったのか?


 偶然なのだろうか…葵とはどんな話をしていたっけ。

 私は二人のトーク画面を開いた。


 葵が『次は敬子』と書いた部分はないが、私が「『次は死ぬ、次こそ死ぬ』って言っててさ」とある。


 …『次は』の後に書かれた名前の人が『死ぬ』…?


 …まさかなあ…気のせいか。

 私はスマホを放り投げ、ため息を吐いてベッドに仰向けに横たわった。


 ピコン。

 通知が鳴り出す。

 ピコン、ピコン、ピコン…

「…もう。何?」


 私はスマホを拾って画面を見た。LINEに着信が四件届いている。もう使わなくなったグループの方だった。何気なく開いてみる。


清美「次は敬子」

皐月「次は敬子」

美由紀「次は敬子」

葵「次は敬子」


 …ええええええ?

 …きっついなぁコレ…

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