その程度の自己開示率でわかった気になってるの?

ちびまるフォイ

他人が求める自分

「社長! なぜ私が昇進できないんですか!!」


「おや、君を社長室に呼んだ覚えはないが……」


「教えてください。私はたしかな実績を出しています!

 なのにどうして昇進できないんですか!

 納得できる説明をしてください!」


「ふうむ。そうだな……。

 君、昇進する人間に求められるのはなんだと思う?」


「すぐれた能力ですよ!」


「ちがうな。周りからの信頼だよ。

 君の自己開示パラメータを見てごらん」


鏡を見ると、自分のつむじの上に数字が表示されている。

【自己開示率:20%】


「君の自己開示率は低い。

 ハラの中で何考えているかわからない。

 そんな人間を昇進させることはできないよ」


「そんな……!」


「話はそれだけだ。出ていきたまえ」


社長室を追い出されても納得はできなかった。


「くそ……何が自己開示率だ……!」


もともと自分は友達ができにくい性質だった。


子供のころから成績がいいし、スポーツ万能。

今もこうして一流の会社につとめている。


そんな優れた性質をねたんだ人は多く友達は少ない。


低俗な人間と関わらずにすんだと思っていたが、

ここに来て自己開示率の低さが足をひっぱった。


もし、自分に友達が多かったら

そこの会話の中で自分のことを話すケースが増える。


そうして自然と「自己開示率」が上昇していただろう。


自己開示をする相手がいないなら、

自己開示率を増やす方法もない。


となれば昇進も夢のまた夢になって消えてしまう。


「こんなんで諦めてたまるかーー!

 なにが自己開示率だ! あげりゃいいんだろ!」


昇進の足をひっぱる自己開示率をあげるしかない。

はじめて合コンという集まりに前のめりで参加した。


居酒屋に集まった男女を前に幹事が話し出す。


「今日はみなさん、集まってくれてありがとう!

 お互いのことを知って楽しく過ごしましょう!!」


そんな幹事をよそに俺は不敵に笑う。


「ふっふっふ。ここで自己開示率をブーストしてやる……!」


合コンなんてのは自己紹介と自己開示のオンパレード。

とにかく自分の人となりを話す回数が多いはず。


そのうえ、事前に自分の仕事と年収を話したことで

女性陣の興味はすでに俺だけに向けられている。


ここからは俺の独断トークショウのはじまりだ。


せいぜい俺の自己開示を聞いて、俺の自己開示率をひきあげる人柱にでもなってくれ。


「ということで、子供のころはこんなタイプだったんだ!」


「え~~見えな~~い!」

「ほんとうに?」

「今とぜんぜんちがうよねぇ」


「いやいや、本当なんだって。あちょっとトイレ……」


一度トイレで中座して、鏡の前にたつ。

さあどれだけ自己開示率が上がっているかーー。



「にっ……21%!? あれだけ話して21%!?」



鏡にうつる自分の頭上には、

【自己開示率:21%】という無常な数字が出ていた。


「なんで……子供の頃のコンプレックスまで話して……。

 どうして自己開示率が上がらないんだ……!」


結局、その日の合コンを終えても自己開示率はそれから向上することはなく21%のままだった。


数時間飲み会の席につきあわされてせいぜい1%。

これじゃいつまでたっても昇進なんかできない。


「なにがいけなかったんだ。

 もっとプライベートな内容にすればよかったのか!?」


いくら悩んでも答えは出ない。

どうすればもっと自己開示率をひきあげられるのか。


藁にもすがる思いで合コンの幹事に連絡をした。


「教えてくれ。お前はどうやって自己開示率90%まで引き上げたんだ?」


『え? いや別になにもしてないけど……』


「ぐぬぬ……!!」


期末試験前に"授業聞いてるだけでテスト勉強してない"と、

天才感とチラつかされたような言い回しに悔しくなる。悪意はないだろうが。


「前回たくさん自分のことを話したのに

 俺の自己開示率は1%しか上がらなかったんだ。

 いったいなにが原因なんだ」


『ああ、それな。でもお前、あれはネタだろ?』


「ネタ?」


『子供の頃はスポーツ嫌いだったとかって嘘だろ。

 だって、今のお前からまるで想像できないもん』


「いやそんなことは……本当なんだよ」


『女の子もいないんだから建前はいらないよ。

 本当は昔からスポーツ得意でモテてたんだろ。

 そっちのほうが腑に落ちるよ』


「……そんなことないんだけど」


そのとき、唐突に自分の自己開示率がなぜ上がらなかったかを理解した。

誰も自分の話を真に受けていなかった。


一流の女優が「スキンケアなんて何もしてないですよ」と言っても

それが真実だとしても視聴者は誰も信用しない。


自己開示していてもそれを信用されなければ、

結果的に自己開示したことにはならないんだ。


たとえそれが嘘偽りではなかったとしても。


他人が求めているのは純度100%の真実ではなく、

相手が受け入れやすく納得感のあるウソなんだ。


「やっと自己開示のからくりがわかったぞ……!

 今度はぜったいに自己開示率をあげてやる!」


ふたたびリベンジ合コンに挑んだ。

今度は自分の本物のエピソードを話すことはしない。


一般的に自分のような人間が経験するであろう人生のあゆみを

それとなく自分用にアレンジして周りに話した。


「え、やっぱりーー! そうだと思った!」

「絶対学生の頃からモテてたと思うもん!」

「最初見たときにそんな気してた!」


「そうでしょ。いやぁ、みんなカンが鋭いなぁ。あっはっは」


全部ハズレてんだよマヌケが。


お前らネットで聞きかじった情報をうのみにし、

俺を勝手にカテゴライズして理解した気になっているだけだ。


B型は自己中とか、AB型は二重人格だとか。


そうしてレッテル貼りで「理解した」と安心したいんだろう。


だからこうしてお前らがレッテル貼りやすいように、

こっちはそれっぽいキャラを作ってきたんだ。



さあ、早く俺の自己開示率を引き上げてくれ。



その日の合コンを終え、家について真っ先に鏡へ向かった。

鏡の前に映る自分の頭上には自己開示率が見える。


【自己開示率:99%】


数字を見た瞬間に顔がにやけてしまった。


「やった! ついに自己開示率が跳ね上がった!

 これはもう昇進まったなしじゃないか!!」


世間一般が認識するであろう「自分のようなタイプの人間」を演じたことで、

周りの人達は「本当のことを話している」と錯覚して自己開示率を上げてくれた。


次の人事発令が楽しみで眠れなくなりそうだ。



しばらくして、会社に人事発令が掲示された。


そこにはやっぱり自分の名前が書かれていた。

社長室にいくと、今度は好意的な社長が待っている。


「社長、このたびは昇進させてくれてありがとうございます!」


「うむ。君は自己開示率99%だからね。

 みんなから信頼されている証拠だと思ったよ」


「はい! もうみんな自分を信じてくれています!」


「それはよかった。私も鼻が高いよ」


「これからもっと上の仕事に関われるんですね! 嬉しいです!」


「そうとも。君には頑張ってもらうよ」


「もちろんです!!」


社長は引き出しから仕事のマニュアルなどを取り出した。


「さて、昇進した関係で君はより機密性の高い情報に触れる」


「当然です。より社運をかけたプロジェクトや

 まだ世間に未発表の内容に触れることは承知しています」


「理解が早くて助かるよ。

 私としても君には中心になって頑張ってもらいたい」


「そのつもりです!」


「しかし、だ。君は口が軽い人間をどう思うかな」


「口が軽い? ……それはちょっと危険ですね。

 うっかり会社の秘密をバラされては大損害です」


「そうとも。これから君はたくさんの秘密に触れるわけだから

 あまり自分の身の上や状況を話してもらったら困るわけだ」


「はい、そうですね。納得です!」


その答えに社長も満足したようで切り出した。



「じゃ、明日までに君の自己開示率10%まで下げておいて」



上に立つ人間がなんで信頼されていないかわかった気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その程度の自己開示率でわかった気になってるの? ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ