第1話 泥棒猫




 嘘つきは泥棒の始まりだと、昔の誰かがそう言った。本当に嘘つきが泥棒になるのなら、人間の大半は泥棒になっているはずだ。


「うん、嘘は嫌いだよ? でもね。上手く生きるには、言葉とか仕草にちょっとした工夫が必要だと思うの」


 先輩の言葉に納得した僕は、多分嘘つきだ。ありのままだと上手く生きられない。だから自分を偽ることが上手く生きる秘訣だと、先輩はそう言ったのだろう。






「君とこうして部活ができるのも…あと1年だね」


「先輩は受験勉強とかしないんですか?」


「やだなぁ、ここ文芸部なんだよ? テスト勉強しながら部活動するの!」


 春休みに入る前の放課後。先輩との何気ない会話だった。

 先輩は身勝手で自由奔放で、僕はよく振り回されていた。他人に踏み込まれたくないところに平気で踏み込むし、天然だから無自覚にキツいことを言ってくる。でも、先輩が不器用なのも知っているし、それが先輩なんだと理解している。

 先輩と居る時間は長い方だから、他人よりも先輩の事を知っている自信があったし、それなりに仲が良いとも思っていた。


 でも、僕は勘違いをしていたみたいだ。

 先輩は僕にかける迷惑のことなんてこれっぽっちも考えていない。そう思っていたけど、どうやらそれは違うらしい。


 あと1年間一緒に居られる。そう言っていた先輩は、もうすぐ転校してしまうのだ。

 そして、僕はその事実を風の便りで知った。いつもの先輩なら平気で言いそうなのに、何故か彼女は何も言わなかったのだ。


 もう一度ちゃんと話をしたい。そう思って何度も先輩に電話をしたけど、彼女がそれに出ることはなかった。

 先輩のLINEのトップ画は、文化祭の時に作った文集の表紙になっている。それを見た僕は、無意識のうちにアルバムを取り出していた。


「いやぁ〜困ったなぁ、文集どうしよう…。チラッ…チラッ…」


「効果音つけながらこっち見ないでください」


「ねぇ手伝ってよぉ〜お願い!」


「嫌ですよ、僕の分は終わってるんですから」


「けちぃ〜モテないぞぉ」


 文化祭の準備期間。こんなこともあったな、と写真を片手に思い出す。

 写真の中で笑顔を見せる先輩は、やっぱり可愛かった。先輩が身勝手でキツいことを言っても、それを許せたのは先輩が好きだからだ。その事に今更気付いても、もう遅いのかもしれないけど。


「まだ、間に合う…よな」


 今日は先輩が引っ越す日。僕は今あるモヤモヤした気持ちを伝えるために、写真を片手に自分の部屋から飛び出した。


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