第2話 ガラスのような転校生

「これで最後かな…。知ってると思うけど、ここが職員室だから」


「わかった。助かったよ、ありがとう」


 職員室の時計を見ると、時刻はまだ5時28分だった。

 放課後になって、私は平田くんに学校の案内をしていた。彼は私が想像していた通りの人で、良い意味で無関心だった。平田くんが「必要最低限でいいから」と言ってくれたおかげで、案内は想定より早く終わってしまったのだ。


「本当にこんな説明で良かったの?」


 正面玄関へ向かう途中、別に平田くんと話したい訳でもなかったけど、気になったので質問をしてみた。こんな簡潔な説明だけで、平田くんが困らないのか気になったのだ。


「うん、大丈夫だよ。まぁ、どうせまた居なくなるしね」


 平田くんがそう言った時、初めて彼の感情が表に出た気がした。でもそれは何だか危うくて、触ったら崩れてしまいそうな不安定さがある。


「どういうこと?」


「うち、転勤族だから。しばらく経って忘れた頃に居なくなると思う」


 きっと平田くんが人と関わろうとしないのは、それが理由なのかもしれない。どうせ関わっても別れが辛くなるだけ。そういう考え方だと思う。

 大人しい性格なのに見た目がチャラそうなのは、人と関わらないための手段の一つなのだろう。


「転校ばっかりで誰とも関わらないって、辛くないの?」


「辛いよ。でも人と関わらなくて辛いのは俺だけだから。だったら別に、俺はそれで良いよ」


 平田くんの言葉に嘘はなかった。まっすぐな彼の目を見ると、心の底からそう思ってるのが伝わってくる。


「優しいんだね」


 私は多分、心にも無いことを言った。平田くんが優しいとか、そんな風に思った訳じゃ無い。それなのに、そんな言葉が私の口から溢れたことに自分でも驚きを隠せなかった。だってそれは、私が嫌いな上辺だけの戯言だからだ。


「どうだろう…。人と関わるって…どんな理由があってもその人の時間を奪ってる訳だし、どうせ居なくなる奴がその人の時間まで奪うのはどうなんだろうって思ってるだけなんだよね」


「…それは考えすぎだと思う」


「え?」


 私は平田くんのことを何も知らない。それなのにまた、私はそんな言葉を口にしていた。平田くんを励ましても私に得なんてないはずだ。そもそも励ますほど仲良くないし、励ませるほど彼を知っているわけでもない。だけど私は、悲しそうな顔をする彼のことを何故か放っておけなかった。


「私だったら、時間を奪われたなんて考えないよ。私も関わりたかったから関わっただけ。そう考えると思う。そもそも嫌だったら関わらないし」


「…篠崎さんは先生に言われて案内をしてるけど…嫌じゃなかった?」


「まぁ…そうだね」


「どうして?」


 平田くんにそう聞かれても、私にはその答えがわからない。わからないけど、嫌ではなかった。そもそも私は平田くんを初めて見た時、彼には私と近しいものがあると感じていた。多分、そう感じるくらいには印象が良かったんだと思う。


(おかしいな…。私、人に勝手なイメージをつけるの嫌いなはずなのに…)


 もしかすると私は…。


「篠崎さん? 大丈夫?」


「…えっ? あ、うん。大丈夫。はっきりした理由がわからなくって」


「そうなんだ。それなら無理して答えなくても良いよ」


 どちらかと言うと私は、人は外見よりも内面の方が大切だと思う。だから見た目で判断されるのが嫌いだし、大した関わりのない人から告白されても全て断っていた。でも…多分私が平田くんに抱いた感情は、きっと彼の外見だけで抱いたものだ。

 彼の放つ異様な雰囲気。誰とも関わらないように、本当の自分を偽っている様に見える。その様子が、何だか危うくて魅力的だった。


 何度も言うけど、私はそういうのが嫌いだ。だから認めたくなかった。

 でも、あえて言葉にするのなら…私は平田くんに一目惚れしているのだろう。それがどんな種類の「好き」なのか。今はまだわからない。きっとそれは、彼と関わっていく中でわかるもので、今判断するべきではないなと、そう思った。





 ガラスのような転校生 ー完ー

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