-犬と狼の間-⑤
薄目で見る世界は何とも代わり映えしない。
それもそのはず、私はつんのめった体勢のまま宙空で静止していたのだ。青年の
「……ぐるるるるっ……へっ、へっ、へっ……」
「おやおや、思いの外復帰が早い。参ったね、もう少し気合いを入れて蹴るべきだったかな。でも、必要以上に傷付けるのもねえ……」
弱々しく威嚇する野獣。勝利に酔っていた頃の気高さは消え失せ、か細い息吹が哀愁を誘う。
対して青年は平常運転。戦野でも饒舌さを忘れない姿勢は、いっそ腹立たしいまでに頼もしい。
「どうでしょう。ここいらで一度退いてくれませんかね、そちらさん? おおっと、そんなにいきり立たないで!
いやね、気持ちは分かりますよ。いざ食事にありつこうってところで、獲物を横取りされたら腹も立つでしょう!
俺は何も、
ただし、今回みたいなのは例外でしょう。だって、先に信念を曲げたのはそちらさんなんですから!
転ぶか後ろを振り向かない限り、ターゲットを捕食することはない。それが貴女の存在意義であるはずだ! まあ、地域によっては体当たりをしてくるとか、砂を撒き散らして妨害してくるとか、そういった話も残っているようですが。
……おや、随分と
とにかく俺が言いたいのは、こちらのお嬢さんはまだ転んでいないってことです! こうして抱きかかえているからには、貴女はこの子を襲えないはずなのです!
だからこれ以上痛い目を見たくなければ、早急に立ち去ることをオススメしますよ。それともきっかけが必要ですか? そちらさんを追い払うおまじないについても、俺はよーく知っていますが」
「ぐるるるるっ! がうっ! がうっ!」
「……あくまでやる気ですか。それならば致し方なし。お嬢さん、腰が痛むだろうが少しだけ我慢しておくれ。ケリをつけ次第、手当てをしてあげるから」
青年にそっと促され、私は慌てて姿勢を正す。まだ胴回りは痺れているが、辛抱できないほどではない。ゼリーのように不安定な足下を、
若干ふらつきつつも持ち直した私を見て、安心したのだろう。「怪異」に宣戦布告した命知らずが、ゆったりとした足取りで行進を始める。最後に不穏な指示を言い置いて。
「そうそう、お嬢さん。一つだけ約束しておくれ。この先どんな事態になろうと、君は今の身構えのまま、真っ直ぐ前だけを見ているんだ。
間違ってもその場にしゃがみ込んだり、俺達の方に視線をやってはいけない。これを守ってくれないと、建前が通用しなくなってしまう。あちらさんに大義名分を与えたら、あとはもう喰われるだけ。
お願いだ。君を助ける理由を奪わないでくれ」
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