-犬と狼の間-③

「ウウウ……ワオーンッ!」


 異形の狩人が勝利の雄叫びを上げる。獲物が辿る末路はとうに決まっている。私は野蛮な捕食者に腹を切り裂かれ、無遠慮にはらわたをむさぼられるのだろう。全ての臓器を喰いつくされたら、次は脳か、それとも目玉か。


 どうしようもなく惨めであったが、不思議と涙は出なかった。


 乾いたままの瞳をシャットアウトし、これまでの人生を振り返ってみる。味気ない日々を分かち合った同志の顔が、一人、また一人と浮かび上がっては消えていく。耳の形だのまつ毛の本数だの、細かい部分まで鮮明に蘇るのが不思議だ。


 ところが、最後の一人だけは別だった。一生懸命思い出そうとしても、どうしても輪郭がぼやけてしまう。それを意識した瞬間、初めて目頭が熱を帯びた気がした。


 ああ、「聞く神の巫女」よ。この世で一番愛しい人よ。


 誰のためにも生きられず、誰のためにも幸せになれなかった私は、見送る者もいない暗がりで骨になろうとしています。約束の地へは辿り着けず、「救世主」の顔を拝めもせず、地獄の奥底へ落ちようとしています。


 貴女の想いを無駄にしてしまってごめんなさい。貴女と同じ場所へ行けそうになくてごめんなさい。そして何より、貴女に捧げるべきあの一言を――を、死の直前になっても口にできなくてごめんなさい。


 ――よし。心残りは数え切れないが、これで幕引きとしよう。信じもしないに振り回される人生は、決して胸を張れるものではなかったが、それも運命と割り切ろう。


 呪いも祝いも喉に押し込み、最期まで静寂を貫く覚悟を固める。私は唇をギュッと引き結ぶと、そのまま重力に身を任せた。


「……ときにお嬢さん、君は『犬と狼の間』という言葉を知っているかな?」


 ――その時一人の観客が、カーテンコールに待ったをかけた。

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