第11話 マリアナ沖海戦

 1944年5月1日、アメリカ合衆国海軍は、一か八かの決戦に挑んでいた。


 千島列島沖海戦の後、アメリカは大々的なプロパガンダを用いてイギリスやフランスに嫌々ながら対日宣戦布告させ、『ナチスドイツに協力する悪辣非道な非白人の帝国主義国家から、占領されたマリアナ諸島及びグアムを解放する』という大義を果たすために、英仏の海軍戦力を徴発。ニミッツ大将の直接指揮の下、マリアナ諸島へ攻め込んだのである。


 戦艦8隻、空母8隻、重巡洋艦8隻、軽巡洋艦8隻、駆逐艦48隻、潜水艦16隻という大戦力は、僅かな守備兵力しかないとされるマリアナ諸島を陥落せしめるには十分すぎる兵力であったし、日本海軍の連合艦隊も、千島列島やインド洋方面へ戦力を分散を余儀なくされている事を考えると、勝機は十分にあった。


「日本は十分な体制で決戦に臨む事などできない状態にある。今こそマリアナ諸島を奪還し、太平洋の制海権を取り返す時だ」


 それはまさに、合衆国海軍の復讐戦であった。


 しかし、彼らは日本を過小評価していた。確かにインド洋方面にはイギリス海軍東洋艦隊が展開した事で金剛型戦艦4隻と正規空母2隻からなる部隊はマレー攻略を強いられ、吾妻型大型巡洋艦も同型艦1隻を失った状態でソ連海軍太平洋艦隊を牽制しなくてはならなかった。


 だが、目標を一網打尽にするために、露骨に侵攻目標を見せびらかしたのが悪手であった。この時点で日本海軍は、ドイツからの技術供与によって艦載機の性能強化と新型機の開発に成功。〈烈風〉艦上戦闘機や〈天山〉艦上攻撃機、〈彗星〉艦上爆撃機を搭載した正規空母6隻と軽空母4隻を中核に、主砲塔を減らして代わりに多数の対空砲を積んで防空艦とした扶桑型・伊勢型戦艦4隻、伊吹型防空巡洋艦2隻に巡洋艦4隻、秋月型含む駆逐艦36隻の56隻からなる第一航空艦隊と、戦艦6隻、空母2隻、巡洋艦8隻、駆逐艦12隻の28隻からなる第二艦隊を投じており、手始めに第一航空艦隊が連合軍艦隊の航空戦力を誘引しつつ攻撃を仕掛け、第二艦隊が挟撃を仕掛けるという、文字通り連合艦隊の動員出来うる総戦力を用いた迎撃作戦が開始されていた。


 戦闘序盤では、米艦隊機動部隊の艦載機は空襲を目論んだが、マリアナ諸島やグアムにはドイツから工作機械や技術者、そしてエンジン実物を日本に持ち込んでまで量産したジェット戦闘機〈旋風〉とジェット戦闘攻撃機〈橘花〉、そしてⅨ型Uボート12隻が配備されており、ひたすら一撃離脱を繰り返しては急上昇で翻弄してくるジェット機にF6F〈ヘルキャット〉は翻弄された。島自体の防空陣地も強力であり、高射砲による対空砲火は多くの艦載機を返り討ちにしていた。


 5月3日、ついに海戦が始まる。空母10隻から飛び立った320機の第一次攻撃隊は、300機程度の連合軍艦載機と衝突。フィリピンやフランス領インドシナの防空を、朝鮮や台湾より徴兵した戦闘機パイロットに任せる事で、搭乗員の損耗は非常に低く抑えられていた。下手に戦線を広げて戦力を無意味に磨り潰す愚行を回避した結果といえよう。


 連合軍艦隊にとって不幸だったのは、対潜戦においても日本を過小評価していた事であろう。日本海軍はドイツから複数隻のUボートを購入し、慣熟訓練を施す際、これまで対潜作戦を軽視していた事の愚かさに気づかされていた。その反省は新型ソナーや爆雷の開発・改良に活かされており、夕雲型駆逐艦や秋月型駆逐艦の後期建造型は設計を一部変更し、対潜攻撃能力を向上させていた。


 そしてUボートの方も、日本の潜水艦で採用されている技術を多数導入した改造が施されており、米艦隊は何処からともなく忍び寄ってくる酸素魚雷に翻弄されたのである。


 海戦が始まって2日目、ひたすら敵艦隊の艦載機掃討と、隙を見ての襲撃で敵艦隊の戦力漸減に集中していた連合艦隊は、ついに打って出る。


「第二艦隊、突撃せよ。敵艦隊指揮官の首級みしるしを穂先に掛けて凱旋する事を期待する」


 旗艦「大鳳」に陣取る小沢治三郎大将からの命令を受け、第二艦隊指揮官の宇垣纒中将は「大和」の艦橋より命令を発した。


「我が艦隊はこれより、敵艦隊主力に向けて突撃を敢行する。皇国の興廃はこの一戦に在り」


 手始めに、最も近い位置にいた部隊に対して接近するや否や、温存していた攻撃隊を発進。機数こそ80機程度ながら、連日の対空戦で弾薬を損耗していた米艦隊が猛攻を防ぎきるには、余りにも多すぎた。


 輪形陣外縁を守る駆逐艦に、〈彗星〉が250キロ爆弾を放り込んで致命傷を負わせ、開いた穴へ僚機が突入。〈天山〉は弾幕射撃を張る敵巡洋艦に低空飛行で肉薄するや、航空魚雷を投射。その一撃は船体を食い破る。


 護衛艦が大きく数を減らしてから数時間後、味方機を追う様に前進していた第二艦隊はついに敵艦隊を捕捉。距離を積めながら砲撃を開始する。宇垣は先の海戦にて、遠距離砲撃戦は弾薬の消費量の割に効果が薄いと判断し、艦載機で足止めしながら接近し、距離1万での砲雷同時戦へ持ち込む、従来の漸減戦術を採用していた。


 戦闘は深夜遅くまで続く。空母艦載機はすでに収容し、双方レーダーを頼りに敵を捕捉し、砲弾や魚雷を投げ合う。だがまともに戦闘を担える艦艇の数では日本艦隊の方が多く、日を跨ぐ頃には第一航空艦隊隷下の部隊も参加。一つの部隊を撃破するや否や、潜水艦と連携して別の部隊を捕捉し、攻撃を仕掛けるという、高い機動力を活かした襲撃戦術を取ったのである。


 斯くして、3日に渡って続けられたマリアナ沖海戦にて、連合軍艦隊は空母3隻、巡洋艦5隻、駆逐艦13隻を喪失し、戦艦2隻、空母2隻、巡洋艦3隻、駆逐艦5隻が損傷。艦載機も300機以上を喪失して撤退を余儀なくされた。一方で連合艦隊の損失も大きく、空母3隻損傷、巡洋艦1隻及び駆逐艦5隻撃沈と艦艇の被害は比較的小さい一方で、艦載機は200機以上が〈ヘルキャット〉とVT信管の餌食となったのである。

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