第一章15【Eランク冒険者と夢見る少年】

 ギフトスネークの成体。それはDランク認定されている魔物で、今のシュウ達のFランクよりも2つ上だ。ここは撤退するべきかとシュウは考える。幸いにも、ギフトスネークは初撃を躱されたことによって、こちらを警戒している。まだ襲い掛かってくる様子はない。


 普通に考えて、リスクが大きすぎる。今日の依頼の為、必要なものは買い揃えている。ミラは自分より実力は高く、非常に強力な炎魔法を持っている。

 だが、それでも━━


「シュウ、闘おうよ」


「━━━」


 迷っていたシュウにミラが言葉を放つ。その声は今も少し震えているが、覚悟を決めたのだろう。シュウを見つめる紅い瞳に迷いはない。


「まじか?」


「うん、まじ!だってさ、こんなところで躓いてたら、シュウは英雄になんてなれないよ?私は逃げないよ。それに━━、」


 立ち上がり、シュウに背を向けながら魔物を見つめ、闘う意思を示すミラ。一瞬、言葉が途切れかけるが微笑みながら彼女は、


「私の事、守ってくれるんでしょ?未来の英雄さん」


 それは、彼にとって最大の激励だ。そんなことを言われては逃げるわけにはいかない。たとえDランクの魔物が相手でも、魔族が100人立ちふさがったとしてもだ。


「了解、やるか、ミラ」


「うん!そうこなくっちゃ!」


 ミラの横に立ち、闘う意思を示すシュウ。だが、意思だけでは不十分だ。どうやって魔物と対峙する必要があるのか、思考を巡らせる。あの毒の霧もだが、何より厄介なのは先程のように、周囲の茂みと一体化されたうえでの奇襲だ。


「ミラ、場所を帰るぞ」


「え、なんで?」


「ここだと敵の場所が分かりにくいし、お前の炎も使いにくいだろ」


 ギフトスネークを誘導するように走り出すと、なるほどと言った表情でついてくるミラ。彼女の実力は折り紙付きだが、少し考えが足りない部分があるのは欠点だ。だが、そこを補ってあげるのが自分の役割だと考えると、少し嬉しくはある。


 余計な考えを捨てて、切り開かれた空間に出る。ここならばあの迷彩模様の皮膚も役に立たないはずだ。問題は、


「シュウ、どこから来るかわからないよ」


「大丈夫だ、心配するな」


 不安そうに言うミラだが、こういう時こそ父さんとの特訓の成果の見せ所だ。咄嗟の判断には自信がある。


「ミラ、ごめんね」


「え?ちょっ、ちょっと!」


 いつでも対応できるようにミラの肩に手を回し、抱き寄せる。顔を赤くして、何かこちらに言いたげなミラだったが、茂みが鳴る音を聞いて黙り込む。


「いつくる?いつでもこい」


 どんな攻撃にでも対応してやる。


 攻撃が来る瞬間を絶対に逃さないよう、集中する。周囲の茂みが鳴り続けるが、攻撃はまだ来ない。正直な所、このまま諦めてどこかに行ってくれれば一番いいのだが、


 左の茂みから鳥が突然飛び去り、そちらを見る。見つけた。


 瞬間、左の茂みから飛び出したギフトスネークが口を開け、飛び込んでくる。ミラを抱きかかえたまま右に駆け抜け距離を取る。2回奇襲を躱されたため、ギフトスネークも相当こちらを警戒しているようだ。


 反撃をしたいところだが、牙に毒があるから、噛みつき攻撃に対して剣でカウンターをするのは得策とは言えない。だったら、


「ギフトスネークには接近戦より魔法での遠距離攻撃が有効だ。任せられるか?囮役は俺がする」


「もちろん!」


「解毒薬は十分に持ってきてるから、2人同時にやられなければ、多少の毒は大丈夫だ。あの毒に致死性は殆ど無い。攻撃は任せた」


 ミラとの作戦会議を終え、ギフトスネークに突進する。牙の攻撃は直線的だし、集中を切らさなければ、なんとか避けられるだろう。

 そう考えると特別警戒する攻撃は━━、


「がっ!!」


「シュウ!!!」


 脇腹に衝撃が走り、吹き飛ばされる。何が起きたか理解できず、困惑するシュウ。どちらが地面なのかが知覚できないまま宙を舞い、背中に衝撃が走った。どうやら木にぶつかったようだ。

 しかもその衝撃で解毒薬を左の方へ落としてしまった。


 攻撃を喰らったのだろうか。尻尾での振り払い。

 これは、まずい。油断した。まずは起き上がらないと。幸いダメージはそこまで大きくはない。


 混乱する頭を整理して立ち上がる。ギフトスネークがこちらに迫ってきている。


 ギフトスネークが噛みついてくる。それを左側へ躱し、解毒薬を拾い、走り抜ける。同時に身体が緑色の霧に包まれかける。走っていたから助かったが、止まっていたら間違いなく毒の霧にやられていただろう。


「うっ!」


 僅かに毒の霧を吸い込んだため身体が僅かに痺れるが、事前に運よく拾っていた解毒薬を素早く飲み込み対応。ギフトスネークは毒の霧の中を通り、再びこちらに迫って来る、


「シュウ!!!」


 ミラがギフトスネークに向かって炎を放つ。放たれた炎は毒の霧を払いながら、魔の蛇へ直撃。倒せはしなかったが、ダメージを負わせることに成功したようだ。炎を振り払うように身体を大きくくねらせるギフトスネーク。一旦、休憩だ。


 なるほど、炎で霧を払えるのか。シュウは回復薬を飲みながら状況を新たに分析し、次の策を練り、


「シュウ!大丈夫!━━ごめん、私、シュウが攻撃されて一瞬、戸惑っちゃって……」


 ミラが泣きそうな顔で駆け寄ってくる。2人で依頼をしててここまでの負傷を負うのは初めてだ。動揺も仕方ないだろう。そもそも油断していたのは自分だ。無謀に突っ込んだのが良くなかった。


「大丈夫。回復薬も飲んだし、もう動けるよ」


 新しい作戦は決まった。父さんにも特訓で言われた事だ。


「━━勝利が来るのを待つんじゃなくて、無理矢理にでも手繰り寄せろ」


「シュウ?」


「大丈夫、作戦を考えた。俺達でアイツを倒そう」

 

 冷静に考えろ。アイツは魔物だし、毒も吐く。身体は自分より大きいから、自分の事を丸吞みも簡単にしてしまうだろう。だがアイツは蛇なのだ。動物だ。だったら蛇としての常識が通用するはずだ。


「こい、蛇野郎、勝負だ」




 * * * * *




 ギフトスネークは苛立っていた。2度も奇襲を躱された上に、皮を焼かれたのだ。あの人族を殺さなければいけないと憤っている。


 人族の1人が、また近づいてきたかと思えば、近づいてこない。先程は、近づいてきた所を尻尾ではたいてやったため警戒しているのだろうか。

 近づかないところで、奴に何ができるのだろうか。もう片方の人族は皮を焼いてきたため、炎を警戒はするが、奴はこちらに傷を負わせていない。


 奴は2度も自分の奇襲を回避した。厄介な奴だ。先程からこちらが攻撃しようと近づいても、すぐに逃げ、また距離を取り続けている。こちらを馬鹿にしているのだろうか。ふざけた奴だ。ならばこのまま距離を詰めずに毒の霧で、


「っ!ミラ!今だ!」


「はぁぁぁぁ!」


 奴らが何かを叫んだ瞬間、目の前に白い壁が広がり、何も見えなくなった。

 

 何が起きた?敵は、奴らはどこへ行った?


 困惑していると白い壁から何かが出てきた。その何かがこちらに突っ込んできて、


 ギフトスネークの意識は闇に包まれた。




 * * * * *




「やっぱりな、毒の霧を吐く瞬間は動きを止める。霧は炎を貫通しないし、お前は所詮、蛇だ」


 この作戦はギフトスネーク、即ち蛇の視覚情報が熱源に依存しているという勇翔の情報を基にした作戦だ。こんな情報が出回ってるとか、どんな異世界だよとシュウとは思うが、何はともあれ、勇翔には感謝しなくてはいけないな。


 突っ込んだ際にまた毒の霧を多少吸ってしまった。解毒薬を用意しなければ、


「ちょっと!シュウ!大丈夫なの!」


「ちょっ、ミラ…げおく…やく、おね…あい…しま、す」


 ものすごい形相でミラが駆け寄ってくるが今はそれどころじゃない。呂律が回らなくなってきている。そんな自分を見て、彼女がすぐに解毒薬を飲ませてくれた。なんとか助かった。それでもミラの表情は未だに険しく、何かを言いたげで、


「……なんだよ」


「なんだよ、じゃないでしょ!炎で壁を作ったのはいいけど、普通そこに飛び込む!?馬鹿なんじゃないの!」


「そこまでいいますか」


 敵の視界が炎の熱で奪われている今こそが最大の勝機だと思い、突っ込んだわけだが、どうやらミラはお気に召さなかったらしい。確かに危険かもしれないが、燃える心配はなかった。


「これを使ったんだからいいだろ?どこも火傷は負ってないよ」


 既に破れてしまった、少し硬い手のひらサイズの紙をミラに見せる。


「それ魔札まふだね。水魔法の札で水を被ったってこと?」


「うん、そういうこと」


「だとしても!そういうのは先に言ってよね」


「はは、悪かったって」


 げんなりとした様子で文句を言うミラに謝りながら、破れてしまった札を眺める。


 魔札まふだというのは、人族の魔導研究者が数年前に開発した魔導具だ。魔力を込めると魔法を発動できる札であり、一般的には札と呼ばれている。一般的に流通しており、生活にも良く使われている。


 特殊な紙で作られた札に、付与魔術師となるものが魔法を書き込むことで魔札として完成するらしいが、詳しいことは分からない。

 日常生活で使用される簡易魔術の札は安いが、複雑な魔法の札はかなり高価だ。


 使用するたびに魔力を消費するが、消費魔力量は札の魔法によって異なる。基本的に魔導士が使う魔法と同等の威力を札で使用するとなると、消費魔力が多いため戦闘で使用する冒険者は少数派である。


「まあ、魔法が使えないけど、魔力は多い俺にとっては大切な魔導具だよ」


 そんなこんなで毒の痺れが取れたので、ヴァイグルへの帰路に着く。シュウは回復薬を飲んだとはいえ、攻撃を受けたので一度治療へ、ミラはギルドに依頼達成の報告をしに行くのだった。




 * * * * *




「━━納得いかない!!!」


「そんな気にするなって」


「なんでシュウはそんなに冷静なのよ!」


 ランク昇格記念として、事前にヴァイグルの酒場を予約しておいた自分とミラは、現在こうして食事を取っている。ミラの機嫌はすこぶる悪いようだった。


「なんで私しかランクアップしないの!止めを刺したのはシュウだったのに!」


 そう、これがミラが不機嫌となった理由だ。自分が簡単な治療を受けている間、依頼達成の報告をしに行ったミラだったのだが、ギルドでランクアップを認められたのはミラだけだったらしい。


「私がシュウの事をどんなに説明しても、あいつら全く信じようとしないし。なんなの?瞳が黒いのと、魔法が使えないのってそんなにダメな事なの?」


 ミラから話を聞いている限り、報告を受けた職員が奥に行き、他の職員などと話していたらしい。その際彼らは、シュウの情報が書かれた紙を見て議論をしていたとかなんとか。

 怒りで言葉にならない言葉をぶつぶつ呟き続けるミラだった。


「ミラ、Eランク昇格おめでとう」


「ありがとう、って言わなくちゃダメなのこれ?」


「俺だってすぐに追いつくから気にすんなって」


「……わかった、ありがとう、シュウ」


 機嫌を多少は取り戻したミラとの食事の楽しい時間は楽しく過ぎていった。




 * * * * *




「申し訳ございません。本日は殆どの部屋が埋まってまして。開いているのは一部屋しか」


「そうですか。じゃあ、こいつだけ泊まるので。じゃあ、また明日。ぐぇっ!」


「すいません。こいつ冗談が好きみたいで。私たち2人1部屋で大丈夫ですので~」


「そ、そうですか。で、では、ごゆっくりどうぞ」


 なんでこんなことになってしまったのか。ミラに首根っこを掴まれながら、シュウはそう考えるのだった。


 エスト村方面への馬車はない。徒歩で帰るには暗くて危険。だったら泊まるしかないとなって宿を探したのだが、ここ以外に空いている宿はもう無かったのだ。


 なぜこんな遅い時間になってしまったかというと、不明である。


 のんびり食事を取りすぎたのが良くなかったのかもしれない。もしかしたら、酒場で他の冒険者にミラが声をかけられ、ひと悶着起こしかけたのがいけなかったのかもしれない。はたまた、呼ばれてきた都市の警備隊を相手に、事情説明しなければいけなかったのが悪かったのかもしれないが、もう過ぎ去ったことなので仕方がない。


 今考えることは、ミラとこの部屋で朝を迎えなければいけない、ということだ。


「ごめんってば、シュウ。私が問題起こしたせいだよね?」


「いや、別に気にしてないから大丈夫だよ」


「とはいえ、アイツら本当にむかつく奴らだったよね!なによ!『君のその美しい紅い瞳を、俺がもっと紅くしてやるぜ~』って意味わかんないんですけど!」


 確かに意味が分からない。仮に比喩表現だったとしてももう少しましな言い方があったんじゃないかと思う。自分も昔、勇翔の記憶から取った告白の言葉をミラに言った事があったが、あれはそこまでは悪い表現ではないのではないかと、あの冒険者の発言を聞いた今なら思える。


「さて、それじゃあ俺は床で寝るから。おやすみー」


「ちょっと!そういうわけにはいかないでしょ」


 彼女が盛り上がっている間にさっさと寝ようとしたが、流石にそう簡単には行かなかったようだ。


「でも、ベットが1つしかないんだから、無理だろ?」


「別に大丈夫でしょ?昔はよく一緒に寝たじゃない?」


「何時の話をしてるんだよ……」


「いいから、いいから!別に減るもんじゃないでしょ」


 自分の心が磨り減るんだよなとシュウは思うが、ミラは自分が床の上で寝るのを許してくれないのを感じ、ミラと同じベットで寝ることにする。


 ベットに入ると自然と距離が近づくので、変に緊張してしまう。ギフトスネークとの戦闘時には幾度となく密着したが、あの時は全く緊張しなかった。どうしてこう少し状況が違うだけで、同じことをしているのにこうまで緊張感が変わるのかが不思議でたまらない。


 こうしていると寝ることなんて到底不可能だ、だから直ちに雑念を消し去って睡眠に集中を、


「ねぇ、シュウ」


 不意にミラが話しかけてきた。自分の心臓が大きく鼓動するのが感じられる。それを悟られないように静かに構える。


「昔もさ、良くこうして一緒に寝たよね」


「そうだね」


「それでさ、覚えてる?こういう時、いつも寝る前にシュウが私にしてくれてた物語」


「当然、英雄エルクの冒険譚でしょ?」


 忘れるわけがない、当時は自分達の親が夜通し、エールを飲んだりすることもあった。その際には2人で一緒に寝ることも頻繁にあったものだ。それで寝る時には、シュウがミラに物語を聞かせるのがいつの間にかお決まりになっていて、


「また、その物語を聞かせてほしいな」


「……いいよ」


 ミラに言われるがままに、自分が大好きな英雄の物語を語っていくシュウ。その声は優しさや、楽しさに満ち溢れていて、


「━━それで、エルクとその仲間たちは凄いんだ。飲めば百人力になる魔法の水を飲んで、魔族を倒すんだ。無くなっちゃった手足すらも治せる魔法使いのゼウスに、賢者のフリード」


 楽しそうに話すシュウの顔を見て、微笑むミラ。この瞬間は、ここにいるのは冒険者ではなく、夢を見る少年なのだとミラは思う。そんなシュウの横顔を見るのが誰よりかも大好きで、


「━━遠くから敵を倒せる武器もあって、それで皆で力を合わせて闘うんだ。最後は戦士のミネルヴァが魔族の王にとどめを、」


 大好きな話をしていてふと寝息が聞こえるのに気付く。横を見るとミラが静かに眠っていた。それを見て、シュウは昔を思い出しながら微笑み、静かに眠りにつくのだった。

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