第一章16【鍛冶屋と父親】

「はぁぁ!!!」


「はっはっは!まだまだ!」


 シュウは今朝も父親のヴァンと特訓を行っている。ヴァイグルに行く頻度が増えたため、以前のように毎朝訓練をすることはなくなったが、それでも時間があるときはこうして訓練をしているのだった。


「はぁ、はぁ、はぁ」


「シュウ、やるようになったじゃないか。父さんから学ぶ事もう殆どないんじゃないかな!」


「いや、まだまだだよ、俺は」


 シュウとしても、以前より実力が付いた事は実感できている。それでも実力不足を痛感せずにはいられないのだった。


「俺は、まだFランクだから」


「あー、そのことか。でもミラちゃんから聞いたぞ。ギフトスネークの止めを刺したのはお前だってな」


「……関係ないよ。俺は、ミラに助けてもらってばっかりだし」


 どうしても自信が持てない。Dランクの魔物を倒したのは事実だ。それでも、自分一人の力では倒せず、ミラの魔法があったから倒せたのだとシュウは思っている。それに加え、ミラが既にEランクに昇格したこともあって、シュウは焦りを隠さずにはいられなかった。


「そんなに自信がないのか?」


「……かもね」


「だったら、今ここで、お前の本気を見せてみろ」


「本気」


「ああ、剣術だけじゃない。札を使った上での本気だ。木剣だが真剣勝負だ」


 父親の突然の提案に驚かされるシュウだが、元Bランクの父と本気でやってみたいとは前々から思っていた彼からすると、断る理由はどこにもなかった。


「わかった、札を持ってくるから。少し待っててくれる?」


「おう!」




 * * * * *




「シュウ、準備はできたか?」


「うん、何時でもいいよ」


「じゃあ、いつでもきなさい」


 暫くの間、互いに動かなかったが、シュウが先に動いた。シュウはまず牽制として札を使い炎弾をヴァンに飛ばす。ヴァンはその場から動かず、炎弾を切ることで対応。その間に距離を詰めたシュウが、木剣を振り下ろすが、ヴァンは楽々と対応する。対応されたことでシュウは一旦距離を取るが、


「こちらからも行くぞ!」


 距離を取らせまいと、ヴァンが突進。このまま剣術勝負に持ち込まれると分が悪い。だからここは、


「ぬっ!」


 距離を詰めたヴァンだったが、一歩後退する。地面からせり出した土壁が、ヴァンの接近を許さない。壁の後ろから出てきたシュウが、再び札から炎弾を放つが、これは先程と同じ魔法なので、容易く切られてしまう。そのためにここに工夫を加える。


「いけ!」


 炎弾とほぼ同時に水魔法を放ち、ヴァンが切ろうとしている炎弾に水を直撃させる。


 炎弾が水で一気にかき消され、水蒸気となり、ヴァンの視界を一時的に潰す。相手がこちらを見失った隙に、横から一気に距離を詰めて一撃を、


「甘い!」


 それでもそう簡単にいかないのが、元Bランクのヴァンだ。足音や気配からシュウの位置を把握し、剣を振るがそこにはシュウはおらず、木剣が土壁を砕いたのだった。


 接近していたシュウは、ヴァンがこちらに木剣を振る直前、足下から土壁を作り、囮とした。そして、土壁を蹴って飛び、ヴァンの背後を取る。ヴァンは今、木剣を振り土壁を壊している。今がチャンスだ。


「はぁっ!」


 剣を振り相手の頭を捉える。だがヴァンもそう簡単には終わらない。土壁が囮だと気づき、シュウに背後を取られたと気づいた瞬間、魔力を練り、足下からシュウのように土壁を作り、自らの頭を守る。そしてそのまま壁ごと向こう側にいるシュウを薙ぎ払う。


「やるな、シュウ」


 土壁の向こう側には誰もいなかった。シュウは眼前に土壁が作られた瞬間、警戒をして一気に距離を取ったのだった。


 シュウとヴァン2人が互いに見つめあう。無言の間の後、再び戦闘が開始され━━


「はっはっは!もういいぞ!十分わかった!」


 なかった。ヴァンの笑い声により、模擬戦は終了したのだった。




 * * * * *




「シュウ、お前に渡したい物がある。ついてこい」


 父さんが笑いながら模擬戦を終わらせたかと思ったら、急に変なことを言ってきた。渡したい物というのが何かは知らないが、真剣な表情なので黙ってついていく。

 ついていった先、父さんの部屋の中、父さんは剣と鎧を渡してきた。

 

「これは?」


 剣はかなりの業物であることがわかる。長い間使っていなかったためか、少しさび付いて見えるが、磨き上げれば再び輝きを取り戻すだろう。


 鎧は良くわからない素材だが、恐らくは魔物の素材でできているのだろうか?触った感じ、柔軟性に優れ、軽いがとても頑丈で、トフウルフに噛みつかれた程度ではビクともしなさそうだ。


「これは、お父さんが冒険者だった時に使っていた剣と、鎧だ。シュウが冒険者として一人前となったら渡すつもりだった。本当はランクアップのお祝いにでもと思っていたんだが、今の戦いではっきりとわかった。お前はもう十分に強い。だから今、ここで渡す。」


「……ありがとう、父さん。大事にするよ」


 真剣な表情の父さんにこちらも思わず頬が引き締まる。普段は見せない真剣な表情のせいで、場の雰囲気も物凄く厳かで、


「とは言え、長い間使ってないから、今はまともに使えないんだがな!はっはっは!」


「締まらないな、本当に」


 知ってた。父さんはこういう人だ。




 * * * * *




「父さんとヴァイグルに来るのももかなり久しぶりだね」


「そうだな、シュウが冒険者になってからは、今回が初めてか」


 シュウはヴァンとヴァイグルを訪れていた。譲り渡す装備の調整などの為に鍛冶屋に行かなければいけないのだが、どうやらここには、ヴァンの馴染みの鍛冶屋があるようだ。


「その鍛冶屋にはいつも行ってたの?」


「そうだな。冒険者の間は、いつもそこに行ってたな。だがな、シュウ。結構それは当たり前の事なんだぞ?冒険者にとって装備は命!自分の命を預けるなら、一番自分の事を理解してくれる鍛冶屋に行くものだ!」


 それはその通りだ。良く知らない鍛冶屋に装備の調整を依頼して、変にされてしまっては堪ったものではない。冒険者として鍛冶屋選びも非常に大切なのだ。そこの所もこれから注意していかなければ。


「おお、着いた着いた!ここはいつ来ても変わらないなー!」


「えぇっと、ボルクの鍛冶屋?」


 着いた鍛冶屋は、いかにも古そうな店で、看板が今にも取れそうだ。大通りにあるから繁盛しているのだろうけど、少なくともこの見た目は、華やかな大通りには相応しくはなかった。


「おぉーい!ボルクのおやっさーん!まだ生きてるかー!」


 この父親はどういう挨拶をしているのか。余りにも不謹慎だ。大きな声が店に響き渡り、誰にも見られていないが、居心地が悪くなる。


「誰だ!こらぁ!んなぁこと言う馬鹿はぁ!!!こちとら70越えても現役じゃぼけぇ!!!!」


 父親以上の大声で奥から老人が出てきた。見た目は老人だが、瞳の奥は今でもギラギラと炎が燃えており、今にでも爆発しそうなくらいエネルギーに満ち溢れている。


「おー!おやっさん、久しぶり!元気だったか!」


「あー?お前さん……お!ヴァンじゃねーか!何年ぶりだ、おめぇ!冒険者は引退したんじゃなかったのか!?」


 エネルギーに溢れる2人に圧倒される。方や倍以上、方や4倍以上に年齢を重ねているのに、内蔵しているエネルギーが自分の倍以上はある。

 何度か言葉を交わした後、ボルクと呼ばれていた老人が、こちらを見た。ギラギラした目で心の奥まで見透かされそうだ。まあフードを被っているから無理だろうが。


「こいつぁ、ヴァン、お前の子供か?」


「あぁ!俺とリサの自慢の息子のシュウだ!今日は俺の装備をこいつように調整してやって欲しいんだ!」


「ほぉ、それはいいじゃねぇか!お前の息子も冒険者ってわけだな!」


 自分が冒険者であることを聞いて嬉しそうにするボルク。この会話から、彼らが本当に良い関係を築いているのかが良くわかる。なるほど、冒険者と鍛冶屋の関係性か。これは参考になる。


「そんじゃあ、まずは体型を確認しないといけねーな。シュウって言ったな?ローブを脱いでみてくれ」


「━━━」


「どうした?」


 1人で考えてるとボルクが話しかけてきた。鎧の調整をするのだから、体型を確認するのは当たり前だ。だがローブを脱ぐというのは、それはつまり顔を、瞳を晒すことで、それは、


「━━シュウ、大丈夫だ。ボルクさんを、信じろ」


 父さんが静かに言う。冒険者と鍛冶屋の関係は大切だ。命といっても過言ではない装備を預けるのだ。だったらこちらも相手の事を信じなくてどうする。決心をしてローブを脱ぐ。


「━━なるほどそういうことか。まあ気にすんな。そんなどうでもいいの色、毎回気にしてたら鍛冶屋なんて勤まらねーよ!はっはっは!」


 笑いながら言うボルクさん。どうでもいいと言われたことが余りにも意外で反応に困る。だが、何か言わなければ、何か、


「俺くらい長い間、鍛冶屋っちゅー仕事してると、相手の本質なんて瞳を観れば分かるってーもんだ!はっはっは!色なんて馬鹿馬鹿しい!お前の瞳はヴァンと同じで真っ直ぐな良い瞳だよ!」


 自分がローブを脱ぐ瞬間まで持っていた杞憂を全てどうでもいい、馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばされた。なるほど、これが、自分の父さんが全幅の信頼を寄せている鍛冶師なのかと考えていると父さんが頭に手を乗せてきた。


「だから言ったろ?信じろって!」


「……うん、そうだね。でも父さんと同じ瞳ってのは、ちょっと困るかな」


「なにぃ!それはどういうことだ、我が愛する息子よ!!!」


「そういう所だって」


「はっはっは!良い息子じゃねーか、ヴァン!」




 * * * * *




「それじゃあ、明日までに鎧の調整と剣の研ぎは終えておく、これからよろしくな、シュウ」


「はい、俺からもよろしくお願いします、ボルクさん」


「じゃあな、おやっさーん!まだくたばるんじゃねーぞー!」


「お前は!毎回不謹慎だし、声が!!!でかいんだよ!!!」


 お礼を言い、鍛冶屋を去る。これで明日からの依頼がまた楽しくなりそうだ。


 ヴァイグルを出て、エスト村に向かっている道中、父さんが笑いながら、


「な?ボルグさんは良い人だったろ?」


「うん、お父さんが言ってた鍛冶屋と冒険者の関係。良く分かった気がするよ」


 そうだろうそうだろうと笑いながら言う父さん。そういえばと、父さんに聞きたいことがあったのをふと思い出す。今ならエスト村に着くまで時間もあるし聞いてしまおうか、


「そういや、父さんって、母さんと同じパーティだったんだよね?」


「ああ、そうだな。ヴァイグルの冒険者ギルドで偶然出会ってパーティを組んだんだ。運命の出会いって奴だな!はっはっは!」


 2人はヴァイグルで出会ったのか。それなら、今ヴァイグルの近くのエスト村に住んでいる理由もわかるし、ボルクさんと長い付き合いなのも納得がいく。

 ただ未だに納得がいかないのが、父さんは一体どうやってあんな母さんと、


「それで質問なんだけど。父さんってどうやって母さんと結婚したの?」


「んん?あぁ、そんなことか。それはだな、父さんが━━、ん?シュウ、今何か聞こえなかったか?」


「ん?確かに何か聞こえたような気がするな」


 今のは鳴き声か?しかも動物の鳴き声だ。恐らくだが猫だろうか?だがこの辺りで、猫なんて見たことがない。ヴァイグルやエスト村になら、猫を飼っている家庭は存在するが、ここはその2つの中間の道なので、普通、猫がいることは考えにくい。


「━━、父さん!あっちから鳴き声がするよ!」


 鳴き声がした方へ駆けだす、あの茂みの向こうから声が聞こえた気がした。


 そのまま茂みに近づき、茂みの奥を除くと、


「━━━」


「シュウ?どうした、何か見つけたのかってあれは猫じゃないか!どうしてこんなところに?まさか誰かに捨てられたのか?」


 猫だ。猫がいた。その猫は脚を少し怪我しているようで、歩けないようだ。父さんが持っていた回復薬を飲ませると、その猫は傷が治ったようで、元気に歩き出した。


「おぉー、元気になってよかったな!かなり人懐っこいじゃないか!やはり、誰かに捨てられたみたいだな。酷いことをする奴もいたもんだ」


 父さんは、猫を抱えながらこちらに来た。猫は父さんと自分の瞳を見比べるように、きょろきょろと顔を動かしている


「━━父さん、その猫、家で飼うの?」


「そうだな、こんなに人懐っこくて、可愛い猫なら家に連れて行っても怖がらないだろうし問題無いんじゃないか?」


「うん、そうだね」


「家で飼うなら名前を付けないとな。うーん、どんな名前が━━」


「ヒスイ」


「━━なんだって?もう一回言ってくれないか?」


「ヒスイ、こいつの名前だよ、ヒスイ」


「お、名前に反応してるぞ!気に行ったみたいだな!よろしくな、ヒスイ!」


 父さんの腕の中で嬉しそうに鳴く猫。覚えていた、忘れるわけがなかった。勇翔の記憶の最後の瞬間にいた猫にそっくりだ。美しい白い毛の一部は黒い毛だが、瞳の色は翡翠のように美しい緑色。なぜあの猫と似たような見た目をしてる猫を、ここで自分達が見つけたのかは分からないが、これも何かの運命なのかもしれない。


「喜べ、シュウ!新しい家族が増えたぞ!」


「俺よりかも父さんの方が嬉しそうじゃないか」


 新しい家族を迎え入れ、笑いながら帰る道。何故だか知らないけど、いつもより輝いて見えた。もしかしたら、勇翔が笑っているからかもしれない。こういう穏やかな日が毎日続けばいいなと思いながら、エスト村へ向かう。

 明日からは、また冒険だ。


 そういえば流れでまた聞けなかったが、父さんは母さんとどうやって結婚したのだろうか。まあ、また今度聞けばいいか、まだ時間はたっぷりとあるのだから。

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