第一章12【未来の騎士様】

「━━それでね、そこでシュウが振り向きもせずに、魔物の首を突き刺したの!」


「ほお、やるじゃないか、シュウ。お父さんが知らない間に、そんな技術を習得していただなんて」


「たまたまだよ。運が良かっただけだって」


 ギルドで報酬を受け取り、馬車で帰路に着いたシュウ達は、皆で晩御飯を食べていた。そんな中で、ミラが今日の依頼での戦闘を楽しそうにしゃべっている。


「2人とも無事に帰ってきてよかったよ!これから何か必要なものがあれば、私が安く提供してあげるからね!」


「えー、お母さん。そこは無料でくれるんじゃないの?


「何言ってんだい!あんた達は冒険者なんだろ?だったら準備も含めて、しっかり経験しとかないと王都とかに行ったら苦労するよ」


 甘えるミラに厳しいことを言うフランおばさんだが、これも、自分達のこれからの冒険者としての生活を考えた上での発言なのだろう。安く売ってくれるだけでも、本当にありがたい話だ。


「それで、シュウ、ミラちゃん。初めて闘った魔物はどうだった?怖かったかしら?」


「うーん、少し怖かったけど。全然大丈夫だったよ!」


 確かにミラの言うとおりだった。しっかりと特訓を積んでいたから、今日闘った魔物相手なら、今後何度闘っても基本的に負けることはないだろう。


 だが、シュウはそれとは別の事を考えていて、


「なんで、魔物はあんなにもなってまでして、俺達の事を殺そうとするんだろうって思ったよ」


 燃やされながらも自分に飛びかかってきたトフウルフ。あの執念は、ただ事じゃない。もっとドロリとした殺意のようなものを肌で感じた、ような気がする。


「魔物はな、人族メンヒを殺すように、魔族イフトによって従わされているんだよ」


魔族イフト?」


「あぁ、シュウは良く知っているだろ?」


 もちろんだ。いつも読んでいた「英雄エルクの冒険譚」に度々登場する人族メンヒの天敵。魔物を操り、自分達、人族を根絶やしにする事を目的とする存在。彼ら、魔族イフト自体も非常に強く、英雄エルクも彼らとの闘いには手を焼いていた。


「父さんは、魔族と闘ったことはあるんだっけ?」


「あぁ、一度だけだがな。母さんや他の仲間と一緒に闘ったんだ。魔族は数は少ないが一人一人が非常に強い。魔力にも優れているしな。あの時も、何とか倒したが味方も数人死んでしまったよ」


 父さんの表情から、いかに魔族が強かったのかが見て取れる。だが、そんな魔族と人族は争いを続けており、自分が冒険者としてランクを上げていけば、いつかは魔族と闘うことは避けられないだろう。


 本来なら、晩御飯時には相応しくない空気が流れる。そんな中でミラが少し尋ねずらそうに、


「ヴァンおじさん、魔族って人族とは見た目、とかも、違うんですか?」


「いや、見た目は殆ど同じだ。だが、1つだけ大きく異なる部分がある。魔族には、必ず顔のどこかに十字架のような印があるんだ」


 そうだ、だから今日の冒険者登録の時、その前の検問の時も、フードを取って顔を見せなければいけなかった。本にも描かれているが、魔族は顔のどこかに骨を2本交差させたような印を持っている。


 なぜそのような印を持っているのかは不明だが、その印のおかげで、人族は魔族の侵入を防ぐことができている。だがそれは魔族側も同じことで、互いに侵入が困難なため、魔族は魔物を人族の領地に送り込んでいるのだ。


 食卓に重い空気が流れる。その空気を破るように、


「よぉし!それじゃあ、初依頼達成記念というわけで、エールを飲もうじゃないか!シュウもミラちゃんも16歳で大人だ。冒険者登録もしたし、記念に皆でどうだ!」


「あら、いいいわねー」


「そういうだろうと思って、今日は店から少し高いのを持って来たわよ」


「お!流石、フランさんだ!良く分かっているじゃないか!」


 バカ騒ぎを始める親たち。確かに16歳からエールを飲めるのは事実だが、正直あまり乗り気じゃない。


 どうやってここから逃げようかと考えていたが、ミラが少しそわそわしながらエールの瓶を見ている。これは1人だけ逃げるわけには行かないと考え直す。


 仕方がないが、皆に付き合うとしよう。




 * * * * *




 正直、後悔している自分がいる。こうなるのは分かっていたはずだ。子供の時から何度も見てきたではないか。エールを大量に飲んだ大人達がどうなるのかを、


「がっはっはははは!!!愛すべき息子たちと一緒に飲むエールは、最高だな!!!なあそう思うだろ!?母さん!!!」


「あら、これ空になっちゃったわ~。フランさん、エールまだあるかしら???フランさんったら何時の間にかこんなに若くなっちゃって~。キスしちゃおうかしら~」


「あっはっはっは!!!いいねそれ!!全部受け止めてあげっ、あ、こら!逃げるんじゃないよ!!!よし、今だ!来い!リサちゃん!!!!」


「え!?ちょっ、お母さん!離して!!!押さえつけなっ、え!!リサおばさん!?本気なの!?ちょっと、わ、私、まだ誰ともしたこと!!!だ、だめぇぇぇぇ!!!」




「━━ここは、地獄か?」


 ヴェーダの世界に地獄が、あるかどうかは知らないが、今の状況を勇翔の魂内にある言葉で表現するならこうなるだろう。




 * * * * *




 屋根の上で座りながら、夜風に当たっていた。大人達は十分に酔っぱらっていたので、自分一人が抜けたところで気付かないだろうと思い、こっそり抜けだしたが、問題なかったようだ。家の中からは今も大きな声が聞こえる。


 ふと、昔にもこんなことがあったなと思い出す。たしか、あの時もこうして星空を眺めていて、


「あ、こんなところにいた。もう大変よ。大人ってなんであんなのを飲みたがるのかしら」


「お、ミラ。無事だったみたいで何よりだ」


「あれが無事に見えたわけ!?ギリギリの所で抜けだしたけど、もう少しであんたのお母さんが初めての相手になるところだったわよ!!!」


 悪い悪いと笑いながら言うと、ミラは屋根の上で寝転がりながら「あー頭痛い」とけだるそうに声を上げ、


「なんでシュウは平気なの?皆と同じくらい飲んでたよね?」


「なんだろうね、よく分からないけど、俺は全然平気だったよ。耐性でもあるのかな?」


「それは、本当に羨ましいわね」


 自分にもミラに勝てる部分があったのだと、心の中でガッツポーズをしそうになるが、こんな点で勝っても正直虚しいだけだなと冷静になる。と、一人でもやもやしていると、


「あーそういえばね」


「なに?」


「今日の森でのシュウ、結構カッコよかったよ」


 突然の誉め言葉に、顔が熱くなる。普段の活発な口調で言われるのであれば、簡単に流せるのだが、酔っているせいかミラの口調はいつもより優しげだ。

 思わず言葉に詰まってしまう。


「正直さ、まだ全然私より弱いし、魔法だって使えないし、冒険者としてシュウが私に勝ってる所って1つもないよね」


 笑いながら言うミラに反論ができない。今日だって、本当は自分が何もしなくてもミラが魔法で魔物を全て討伐できていたに違いないし、自分はミラのおこぼれをもらっただけなのだと、ミラの言葉で強く実感する。


「でもね、今日のシュウの戦いを見てて、一瞬だけだけど、思っちゃたの。私に騎士様がいたらあんな感じなんだろうなーって」


「……」


「私よりも弱いシュウに、こんなこと思うなんて変だよね」


 言葉がでない。何と言えばいいのだろうか。言いたいことはあるが、今の自分には言う資格がない。自分は、ミラよりも遥かに弱いからだ。あの一撃だって、良くわからない力のおかげだ。自分の力じゃない。


 それでも、いつか。いつか必ず、彼女に追いついてみせる。そして越えてみせる。英雄だけでなく、騎士様にもなってみせる。


 だから、


「っ、ミラ」


 横になっているミラを見ると、眠っているようだった。エールを飲み、酔っていたため眠ってしまったのだろう。そんな、今なら無防備のミラに、


「今は、俺はお前よりも弱い。それでも、いつか必ず、お前よりも強くなって。お前の騎士になって、お前を一生守ってやる。これが、お前との約束だ」


 勇翔との約束。これに加え、新たな約束の追加だ、ミラとの約束。これも絶対に叶えてみせる。


 独りでカッコつけて思ったが、このままではミラが風邪を引いてしまう。家の中から何か、寒さを防ぐ物を持ってこなければ。

 気持ちよさそうに眠っているミラを起こさないように、梯子を下り、家の中に戻るシュウ。そんな彼が居なくなった屋根の上で、


「頑張って私を守ってね。未来の騎士様」


 そう静かにミラは呟くのだった。

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