第3話
男は
「それで、僕達を探すために、井原のマスクを作ってこの辺りを歩いていたんですか?」
呆れたように言う大翔に、飯坂は頭を掻いて苦笑いを浮かべる。
「ようやく満足のいくマスクが作れるようになったものでね。その井原健造のマスクを見て反応があったら、その子が助けられた子だと分かるだろう? 強引なやり方と思ったが、御伽探偵事務所は君達の居場所を教えてくれないから、仕方がなかった」
「そのせいで僕達は過去の傷がまたえぐられることになったんですけど」
深くため息を吐く大翔。それに同意するよう、瑠実も頷いた。瑠実はまだ恐怖が抜けきっておらず、その顔は強張っている。それに気づいたようで、白が瑠実と飯坂との間に立った。
「それで、二人に会ってどうするつもりだったんですか?」
白の質問に、飯坂は眉を下げた。
「成長した姿を見たかったというのが一番の理由だよ。あと……もしよかったら一緒に住まないかと思ってね。高校生だとお金もかかるし、いろいろと困るだろう。僕は一人暮らしだし、お金も十分にあげられる。お兄さんの方も遊びたい年頃だろうし、妹さんは僕と暮らさないか?」
「え?」
飯坂の提案に、瑠実と大翔が同時に声を出す。飯坂の言っている意味が、理解できなかった。
「元々、井原の元から助けられたら僕が預かろうと思っていたんだ。それなのに探偵社は君達の安否を告げただけでどこへ預けたか何も言わない。僕は君達がどこか危ない施設にでも預けられたんじゃないかって心配でね。だから、こうして強硬手段に出てしまったわけだ。どうかな? 悪い話ではないと思うよ」
瑠実は慌てて首を横に振る。今住んでいる場所――御伽探偵事務所は居心地がいい。敢えて引っ越すメリットはなかった。
「大丈夫です。あたしは今、住むところがあるので」
「そこは本当に安全な場所かい? 善人の皮を被った悪人なんてそこら中にいる。その点、僕は君達を助けたという善人の裏付けがあるからね。安心できるよ」
飯坂はそう真剣な表情を浮かべると、さらに言葉を続けた。
「もしお兄さんも一緒がいいというのなら、一緒に来てもらっても構わない。ただ、お兄さんにとっては窮屈な思いをさせてしまうかもしれないな。うちに来るからには、外部の人間を連れてこないことを約束してもらいたいから。彼女や大学の友人を家に連れてきたいというのなら、一人暮らしをした方がいいだろう。その方が自由に過ごせるはずだ」
その言葉に、大翔は眉を顰める。一方の瑠実は、彼の言葉を受けて妙に納得していた。
――これからもずっと兄と一緒にいるわけにはいかない。自分が先に出て行かなければ、優しい兄は一生妹である自分に縛られ続けるだろう。
瑠実はずっと感じていた負い目を思い出す。大翔は妹に罪を犯させてしまったことを悔やみ、瑠実の傍にいてくれている。瑠実にとって、そのことが少しだけ苦しかった。あんなことがなければ、大翔は今、一人暮らしをして恋人と幸せな生活を送っていたかもしれない。友人とお泊り会などができたかもしれない。そう考えれば考えるほど、大翔に一人暮らしをさせてあげられない自分に嫌悪感を抱くのだった。
口を閉ざし俯いた瑠実に、飯坂が一歩、歩み寄る。白と大翔が瑠実を隠すように動いた。その様子に、飯坂が眉を顰める。
「あんた、僕達を助けたって言ったけど、実際は御伽探偵事務所へ相談しに行っただけだろ。警察に言うわけでもなく、直接助けに来てくれるわけでもなく。そんなあんたに御伽探偵事務所を悪く言う資格なんてない。それに、僕の自由をあんたに決められたくない。僕は今の瑠実との生活に満足している。今後のことは自分で決めるから、余計なお世話だよ」
いつもより低い声色に、瑠実は大翔の怒りを感じた。
――自由を決められたくない。
その言葉に、瑠実は自分も飯坂と同じで兄の自由を決めつけていたことに気づく。兄が今自由でないと決めつけ、勝手に負い目を感じて……。瑠実は申し訳なくなると同時に、その兄の気持ちを嬉しく感じた。兄は自分の意思で、自分と一緒にいてくれているのだ。
大翔を援護するように、白も口を開く。
「実際に話を聞いたわけじゃないから詳しく知らないですけど、大翔の言う通りだと思いますよ。二人は自分の意思で今の場所にいる。その居場所を否定することなんて、誰にもできない」
飯坂は何も言わず白を睨む。白は微動だにもせず、言葉を続けた。
「それに、二人を傷つける方法を取って会いに来たあなたが、裏のない善人だとは思えません。二人を傷つけずに会う方法をどうして考えられなかったんですか? それは、あなたが自分のことしか考えていなかったからではないですか?」
「それは……」
そう言ったきり黙ってしまう飯坂。彼は白から視線を外し、床を睨んだ。
飯坂に代わって白を見つめる瑠実。恩を大事にする白のことだから、『助けてもらった恩が――』や『間違いなく善人だと思う』などのことを言うと思っていた。自分達のことを一番に考えてくれている白に、瑠実は胸が熱くなった。
しばらくして、飯坂が何かを思いついたように顔を上げる。
「そうだ。それは君達の意見だろう。妹さんの意見を聞かなければ。君達がいると本当に言いたいことが言えないかもしれない。二人で話をさせてくれ」
飯坂はそう言うと白と大翔を押しのけ瑠実の両腕を掴む。瑠実は咄嗟に短く叫んだ。
その時、飯坂の手が瑠実から引きはがされ、飯坂は床にたたきつけられた。驚いた三人の視線が一点に集中する。そこには、律の姿があった。
「まさか、こんなものを使って二人に近づくなんてね」
そう吐き捨てるように言う律の手には井原のマスクがある。律の顔を見た飯坂は、顔を強張らせた。
「お、お前は御伽探偵事務所の――」
「せっかく1回見逃してあげたのに、馬鹿だね。あの時見逃してあげたのは、一応あんたの相談のお陰で二人を助けることができたからだよ」
「だ、だったらなんで居場所を教えてくれなかったんだ!」
「そりゃあ、あんたが瑠実を狙っていたからだろ。犯罪者さん」
律はそう言うと、写真を数枚両手で広げて見せる。その写真には中学生から高校生くらいの少女が映っていた。カメラ目線の写真は1枚もなく、どれも盗撮だと考えられる。
「何故それを」
飯坂が呆然とした顔で写真を見つめる。律はそれらを自身のウエストポーチにしまうと、薄く笑った。
「あんたの家から数枚拝借したんだよ。今頃、あんたの部屋は家宅捜索でもっとたくさんの写真が見つかっているだろうけど。あんたはもう、指名手配犯だ。警察から逃げた方がいいんじゃないか?」
飯坂は顔を青く染めると、足をもつらせながら慌てて階段を駆け下りていく。律はその背中を睨み、影が見えなくなると深くため息を吐いた。
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