六十三通目 魔法

「何にしても、一度戻って対策する必要があるな」

 しばらく唸っていたムスタが、考えるのを諦めたような顔で言った。

「どう考えても『この深さで?』って思っちゃってダメだわ」

「わかるー。先入観は怖いってわかってるのになぁ」

 観念に囚われてしまうと違った視点を持てず、失敗するというのはよく聞く話だ。しかしながら先入観とは、その人が培ってきた様々な情報の集合体でもあるので、危険察知となることもしばしばある。身を守るための手段であるから、簡単に手放せる意識でもない。次から次へと危険が迫り来る魔窟という場所を渡り歩いている彼らにとって、先入観は道標でもあるから尚更だろう。

「ラクシャスコ・ガルブは攻略しにくいところなのでしょうか」

「どうだろう? 進みが悪い気はするけど、それは魔窟の難易度より土地の問題だと思うんだよねぇ」

「僻地だから、冒険者が集まらないということですか?」

「海からも大きな河からも離れてるし、移動手段も限られてるからねぇ」

 グムナーガ・バガールから一番近い町のルオラまでは、歩いて二、三日かかる。ルオラから大都市のラシュムまでは五日ほどで、そこから港があるサンポラまでは更に五日から十日ほど。

 サンポラからラシュムまでは交通の便は良いが、ラシュムからルオラは徒歩か動物を使った移動になるし、ルオラからは徒歩が基本となる。

 冒険者は鍛えているとはいえ、淡々と歩き続けるのは身体の強さとは別の能力が必要だ。なんとかルオラまで歩き通しても、そこから追加で二、三日歩くと言われて挫ける者も少なくないと聞く。

 移動手段が徒歩となってしまうのは、車両が入れるほどの道幅がないからだ。ルオラはかなり標高が高い場所にあるため、車両が乗り入れられるほどの道を整備するには、高い技術が必要となり、大金が必要となる。

 魔窟ができるまでは、ルオラに出向く人はほとんどおらず、金をかける必要を感じなかったのだろう。グムナーガ・バガールできてからは道を整備する話が度々持ち上がるのだが、技術が問題になっているのか、金が調達できないのか、立ち上がっては消えるを繰り返している。

 そんな困難な場所にあっても、金が生まれるとなっては人が集まるのだから、欲望というのは物凄い力を持っている。以前は放牧と織物を産業としていたルオラも、今では冒険者や商人が足をとめる宿場町の様相を見せ始め、今では放牧をしている人は片手で数えるほどしかいない。グムナーガ・バガールに来る人は、ルオラを何もない僻地だというが、ぼくらからするとなんでもある町だ。

「確かに、慣れてないと大変ですね」

 距離も去ることながら標高も上がるため、急ぎすぎると高山病になることもある。ラシュムから歩いてくるうちに馴染むと言われているが、馴染むまでの期間は個人差があるのでルオラで足止めを食う人も少なくないようだ。

 渓谷沿いの道は、細く、崩れやすい箇所もあるため、下手をすると滑落することもあるので、とにかくゆっくり進むことが重要だ。

「魔法が使えたら楽なんだろうけど、魔窟ほど自由に使えないしねぇ」

 それは初耳だった。

「規制があるのですか?」

 周囲に魔法が使える人がいなかったので考えたことがなかったが、よくよく考えてみれば、魔法というのは武器のようなものである。武器を所持しているなら見た目でわかるが、魔法の場合は丸腰との区別がつかないとなると、何某かの規制をかけなければならないのかもしれない。

 そんなぼくの予想に反して、ウィスクは首を横に振った。

「そうじゃなくて、単純に魔法が使いにくいんだよ」

 どういうことだろうかとムスタを見ると、茶を一口飲んでから教えてくれた。

「魔法というのは、魔素を必要とするわけよ。外は魔窟ほど魔素が濃くはないから、魔法を使うのに制限がかかるんだよ、勝手に」

「シュゴパ・ウィスクでもですか?」

 あれほど自由に魔法を操っていたとしても、外では制限がかかるものなのだろうか。

「ボクは魔素を集めるのが得意なんだよね。だから、魔窟の中だと自由自在って感じなんだけど」

 ウィスクは指先に小さな光球を作ると、弾くようにして中空にそれを放った。光球が壁にぶつかると、豆を弾いた時のような音がした。それぐらいの威力なのだろう。

 魔法のある世界にいるものの、ぼくにとっては相変わらずフィクションのような距離感であるから、仕組みなどについては全く知らない。

 前世でのゲームの印象から、個人が保有できる魔力の数値があり、その範疇で魔法を使えるものだと思っていた。だから、ウィスクは魔力保有能力が高いのだろうと思っていたのだが、そういうことではないらしい。

「魔法の使い方も色々で、身体に魔素を貯めることができる人だと、外でも自由に使えるんだ。でも、そういう人は権力の管理下に置かれるから、ボクとしてはそうじゃなくて良かったってところなんだけどね」

 武器を野放しにはして置けない、という判断だろう。

「相性の問題もある。人や物に害を与えるものだと厳しく管理されるが、そうでないものなら縛りは緩いしな」

 無害な魔法というのがどういうものなのかはわからないが、全ての魔法が管理されているわけではないようだ。

 とすると、その区別は誰がどうやってしているものなのかが気になった。

「それはどうやってわかるのです?」

 申告制なのだとしたら、わざわざ窮屈になる選択を自らする者はいないだろう。

「神殿の儀式があるだろ、あれだよ、あれ」

「ちょっと」

 ウィスクが小さな光球数粒をムスタに向かって投げつけた。それらを額に受けたムスタは、額を抑えて小さく呻いた。

「ボクらは六歳の頃に『芽吹きの儀』ってものを受けるんだけど、その時に能力判定をされて、どんな能力があるのか判明するんだよ。早い子は三歳の時の『芽生えの儀』でわかったりするんだけど、逆に十二歳の『開花の儀式』でわかるってこともある。で、それらを儀式って呼んでるんだよね」

 ウィスクから噛み砕いた説明を受けて、先ほどのムスタに対しての攻撃は、説明不足を責めるものだということに気がついた。

「十二歳までにはわかるのですね」

 だとすれば、ぼくも都市に住んでいれば判明していたということだ。

「でも、儀式を受けていないぼくみたいな人に魔法が使えたらどうするのです?」

「判定するまでは魔法が使えない、と言われてるんだけど、実際のところどうなのかはわからないんだよねぇ。ソウの友達で魔法が使える子っていないの?」

 どういう仕組みなのだろうと思ったところで、逆に質問を受けた。ぼくの集落に魔法を使える人がいれば、判定を受けずとも使えるということになる。

「いない、と思います」

 少なくとも、攻撃魔法を使うような人はいないはずだ。だが、断言できないのは害を及ぼさない魔法がどういうものだかわからないからだ。

 ウィスクやピュリスのような、わかりやすい攻撃魔法を使う者はいないが、天候を読んだり、予言をするような占い師的な人はいる。それが魔法によるものなのか、心霊的なものなのか、はたまた過去から積み上げた統計によるものなのかはわからないので、なんとも言い難い。

「いないのだとすると、判定されないと使えないっていうのは本当なのかも」

 ウィスクは納得しているようだが、ぼくからすると妙な感じがする。判定というのはあるものをあると判別することのように思うのだが、ウィスクの言う通りなのだとすると、授けられるもののような印象だ。

 判定を受けるまでは箱の中に閉じ込められている才能が、判定が解錠の合図となって能力が溢れ出すということなのだろうか。

「魔法以外の能力もわかるのでしたね?」

「わかるよ。特化した能力があれば、仕事に就きやすいしね」

 コネとはまた違った後ろ盾なのだろう。自分の望むような能力があれば、鬼に金棒といったところか。問題は、必ずしも望む結果を得られるわけではないということだが。

 関わったことのある郷に帰った冒険者は、商人の才能があると判定を受けたのだと言っていた。冒険者に憧れていたので魔窟に入ったのだそうだが、こちらの才能はないと身に染みたそうだ。

 冒険者としての才能はなかったが、探索中に見つけたモノや、市場に売られている様々な商品に目が行くことに気付き、モノを見極めることに興味が向くことを知ったことで、商人としての方向性が見えたとも言っていたので、冒険者をやってみたことはムダではなかったと顔を明るくしていたのを思い出す。

「ぼくにも才能があったりするんでしょうか」

「じゃあ、お姉さんと一緒に受けてみなよ」

 軽い気持ちでこぼした言葉に、ウィスクが弾んだ声で言った。ぼく自身よりもずっと乗り気なようだ。

「判定せずとも、学ぶ才能が際立ってるのはわかるわなぁ」

 額を抑えたままムスタがウインクをして寄越した。

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