五十七通目 隠し通路
「出口は無いようだな」
ナクタが手にした魔導具を見ながら頭を掻いた。
ひとしきり歩いてみたが、他の通路に繋がっている箇所がなく、閉じ込められてしまったようだ。
「魔除けをしててもこれだけ遭遇するってことを考えても、ここは巣穴で確定だろ。ということは、どこかに出口がなければおかしい」
ムスタはそう言うが、実際のところ他の通路に繋がる場所はない。
「考えられるのは、時間経過と魔力反応ってあたり?」
ウィスクが指折り数えると、ムスタは「あとは、ソウが言っていたことだな」と付け加えた。
「ソウが言ってたことって?」
ナクタに尋ねられ、ぼくは隠し通路の可能性についてを指摘した。するとナクタはすっかり忘れていたようでぽかんと口を開けてぼくを見つめてきた。
「よく覚えてたな。すっかり忘れてた」
あれだけ疑っていたことをあっさり忘れるほうが驚きだ。ぼくにとっては『戻らずの通路』に何度も入ること自体が信じられない行為だが、好き好んで入る精神を持っていると、瑣末な話になるのかもしれない。
「となると、気温が高めの場所が怪しいな」
「この一番ドジェサに近い場所だろう。そこが一番暑い」
髭を撫でながらデラフが言った。彼が一番暑さに敏感なようだ。
「でもさ、そこだとかなり遠くない? 単なる壁抜け以外の仕組みがあることになっちゃうけど」
「それを言ったら、ずっとおかしなことだらけだろう、この階層。可能性は潰さんほうがいい」
以前、ナクタも同じことを言っていた。彼らには他の魔窟の経験があるために、深さによって仕組みの複雑さが変わることが常識となって染み付いているのだろう。他の魔窟を知らないぼくは違和感を覚えようもない。
彼らが話してくれた他の魔窟は、かなり深い階層があるものばかりだったが、逆に浅い魔窟の話は聞いたことがない。このラクシャスコ・ガルブは彼らが考えているより浅い可能性はないのだろうか。
「長らくの疑問が解消されたら御の字ということで、とりあえず暑いほうに移動しよう。それらしい場所がなかったら、タシサ方向の壁を破ろうか」
ナクタの提案に反対する者は誰もいなかった。強いリュマというものは、統率が取れていると感じる。浅層をウロウロしているリュマだと、無駄足になりそうな提案には絶対に文句が出る。
体力や装備の差というのもあるかもしれないが、若いリュマは効率を重視する傾向がある。効率化して無駄を省くのは悪いことではないが、経験が無いうちは救出可能性が高い浅層で色々経験した方がいいと、ぼくは感じていたし、ナクタたちと一緒にいるとますますその思いが強くなった。
浅層については、サンガに情報共有のための掲示板や帳面などがあるが、それらはあくまで良心的な誰かが書き残してくれた一部の情報でしかない。公開されない情報もあるだろうし、意外性のある攻撃で死んでしまったので記されなかったことも沢山あるのだろうと思う。
魔物の行動や習性を知るには、同じ種類のものに何度も当たる必要があるし、魔窟の構造を知るためには同じところを何度も歩く必要がある。自分で何度も体験して、想定できる範囲を広げるのが、実は一番効率が良いのかもしれない。
「疲れてない?」
ナクタがぼくの顔を覗き込んできた。
「今のところ問題はないです」
荷物も背負っていないし戦闘もしていないのだから、疲れる要素がほとんどない。身軽過ぎて申し訳なさを感じるぐらいだ。
「『戻らずの通路』に出ると思いますか?」
「あの場所ではなくても、どこかからは出られるはずだと思うんだよな」
変わり映えのしない壁を見遣りながらナクタが言う。わかりやすい目印があればいいのだが、そういうものは無さそうだ。
「魔物はここからどうやって出ているのでしょう」
「ウィスクが言っていた魔力反応が一番ありそうだと思う。魔物には独特の魔力があるとかなんとか」
「正確にはわかってないから『魔力』ということになっているわけよ」
ナクタの曖昧な表現が気になったのか、ムスタが割り込んできた。
「魔物について解明されていることはそれほど多くないのよ。そもそも魔物が使っている魔法めいたものが、俺たちが使っているものと同じ仕組みなのかもよくわかっていない。見た目や効果が似ているから便宜上『魔力』と呼んでいるってわけ」
何故解明されていないかというと、魔物を丸ごと持ち帰る冒険者が少ないから――ということを、少し前に聞いた。
魔物が操っているものが魔力であるかどうかを測定するためには、生捕りにするのだろうか。それはなかなか厄介な話だ。低層の魔物だとしても、生捕りとなればかなりの技倆が必要になりそうなのは、素人のぼくにも想像ができる。
となれば依頼費も高くなり、研究者には金がなく、結果的に解明が遅れるということなのだろう。
「まあ、どちらかといえば、俺たちが使っているものが『魔力』なのかどうかってことのほうが正しいんじゃないかと思うけどな。魔物の力だから魔力なわけで」
このあたりにこだわりがあるのがムスタの性質なのだろう。そして気になることがあると、あれこれ考え出して自分の世界に入っていく癖があることがわかってきた。
「魔物特有の何かに反応する仕掛けがあるというのは、他の魔窟で確認しているから、それじゃないかな」
そういうのもあるのかと、ぼくは改めて周囲を見回してみたが、それらしい何かを見つけることはできなかった。能力がないのだから、当然のことではあるが。
ぼくの目には単なる洞窟のように見える場所にも、何かの仕掛けがあるのだとすれば回避するのは難しいだろう。目印のない罠を踏まずに歩くのは無理がある。
そのうちに、目的地付近に到達した。
やはり、これといった何かがあるわけではない。今までと変わりのない壁に天井に地面だ。
「何か感じるか?」
デラフがナクタに尋ねたが、ナクタは首を傾げるだけだ。
「どうだろうな。暑いことはわかるけど」
「それは俺にだってわかる」
ムスタが襟元を広げながら言った。この辺りの暑さは水分を含んだものなので、じっとりとした不快さがある。
「念の為、各人誰かの服なり腕なり掴んでおこう。ソウやムスタが消えた時みたいになったら困るから」
「ああ、そういう可能性もあるか」
近くにいたウィスクに腕を取られた。言われてみれば、あれも罠のひとつだったのかもしれない。となると、今後六層を歩くことになった時不都合がおきそうだ。
「ソウはオレの服を掴んで。それじゃぁ、探っていこう」
それぞれがそれぞれを掴んでいることを確認すると、ナクタはしゃがんで地面に魔法陣を描いた。身を起こすと同時に、ウィスクが光球を消したので、暗闇に飲まれた。通路の奥のほうに設置した、仮置きの灯りがぼんやりと見える。
暗闇の中をナクタがゆっくりと動き出す。擦るような音がするのは、場所を確認するために壁に触れている音だろうか。腕が伸び切らない内に一歩踏み出した方がいいだろう。腕はウィスクに掴まれたままだが、他の人たちはどのあたりにいるのだろうか。
そんなことを考えていると、急にナクタの体が傾いだ。
「見つけた」
一言だけ残すと、ナクタが急に大きく動いた。ぼくは掴んだ手に力を入れ、離れないように大きく踏み出す。
次の瞬間、異様な感覚が全身を包み、脳が混乱して怖気が背中を走った。
ナクタが進んだ方向が壁なのはわかった。それまでの話の内容からしても、壁の仕掛けに踏み入ることだと理解していた。が、実際それがどういうことなのかまではわかっていなかった。想像はしたが、限界がある。
無意識に壁にぶつかると萎縮した身体に触れたのは、石にぶつかる感触ではなく、砂浜に倒れた時のような感覚に近かった。砂というよりは重く、泥というには水気が足りない。それに全身が飲み込まれ、前後左右どころか上下もわからない。五感が塞がれたような気持ち悪さがあった。
ナクタを掴んでいる腕が引っ張られるので、なんとか足を動かしてみるものの、本当に進んでいるのかもわからなかった。ウィスクが掴んでいるはずの腕がどうなっているのかもわからない。重さはあるものの、それは全身を覆うものの重さのようにも思える。
咄嗟に目を閉じたのかもしれないし、開いているのかもしれない。視界はただただ暗く、何も見えはしなかった。呼吸に至っては、踏み出した時からずっと止めている。吸えるのかどうかもわからず、試す勇気も余裕もなかった。
いしのなかにいる! という不吉極まりない言葉を思い出した。
「おっと、大丈夫?」
気がつけばナクタに抱き止められていた。
何がどうなったのかと思ったが、無事に通過できたらしい。ホッとしたのも束の間、背中に何かがぶつかってきた。
「うわ、ごめん!」
壁からウィスクが出てきたらしい。何も見えない暗闇をナクタに引かれるようにして移動した。
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