五十四通目 巣穴
ナクタたちが貫通させてきた穴の大きさが、いよいよもって小さくなり、ぼくはともかくナクタやデラフは通り抜けできなくなってしまった。
「さて、どちらに行ったものか」
デラフが左右に首を向けて唸った。ここからは、誰にもわからない道行きになる。進んでいるつもりで、ドジェサに戻ってしまうことも十分あり得るのだ。
「探らせた範囲を潰してみたが、かなり入り組んでいるようだな」
ピュリスが手持ちの魔導具を示して見せた。今まで進んできたものと、ピッケエレインが探った範囲とを別の色で塗り潰した地図は、思っていた通り迷路のようで、どう進むのか正解なのか、見ただけでは推測できない。
「来た時と同じく、貫通させてこうか?」
最初から考える気などないらしいウィスクの提案に、ナクタは首を左右に振った。
「緊急事態でなければ止めておこう。誰もいないとわかっていた行きと違い、他のリュマに当たる可能性もある」
「それはそうだねぇ」
この状況で人的被害が出るのはいただけない。天井が崩落しないのだろうかという不安もある。
「幸いなことに、前に歩いたことがある場所まで、そう遠くはない。なんとかなるさ」
楽天的に過ぎると思ったが、ウィスクもピュリスも「そうだな」と頷いたことに、ぼくはちょっと驚いた。動じるだけ消耗するのは確かだが、あまりに物分かりが良過ぎるように思う。強いリュマというものは、こういうものなのだろうか。
「とはいえ、ソウとムスタの体力がやや心配だから、オレとピュリスで周囲を探ってくるよ」
「はいはーい。気をつけてねぇ」
ナクタの提案に驚いている間に、ウィスクは緊張感のない言葉を送った。デラフなど、すでに座り込んでいる。
「いや、ぼくは大丈夫です」
なんとか声に出したものの、ナクタは笑いながら手を振って、ピュリスともに左手のほうに歩き出してしまった。こうなると、追いかけるのも妙な感じで、伸ばしかけた腕を中途半端にしたまま、呆然と立ち尽くしてしまった。
「大丈夫、大丈夫。あのふたりは体力お化けだから」
ぼくの顔色を読んだウィスクも壁を背にして座り込み、下からぼくの腕を引いた。
「気を使わなくても平気平気」
ぼくを挟んでウィスクの反対側に座り込んだムスタにも腕を引かれ、立ってるわけにもいかなくなったぼくは落ち着かない気持ちで腰を下ろした。
「ナクタが言ったように、ボクらが歩いたことがある場所って、ここからそんなに遠くはないんだよねぇ。ただ、どこにどう繋がってるのかわからないだけで」
ウィスクが魔導具を出して、現在地と通過部分とを指し示した。
「この辺りにタシサがひとつあると便利だろうな」
魔導具を覗き込んだデラフは、首を戻すと周囲に視線を送った。
「越えた壁の数から考えて、このあたりで一息つきたいのはわかるなぁ」
「行き止まりが近くにあるなら、そこを整備して使うというのもあるな」
「ナクタが早く戻ってきたら、行き止まりがあるってことだから、そこに作るのもいいよね」
ぼくの気を紛らせるための話題提供なのかと思ったが、彼らは割と真剣にタシサの場所について検討を始めた。
七層についての扱いを保留はしているが、再びドジェサを目指すことは決定事項なのだろうから、都合の良い場所にタシサを作っておきたいのかもしれない。このあたりから、正攻法でドジェサに進むにはどれぐらいの道のりになるのかは定かではないが、一気に進める距離ではないことは確かだ。
それに、今ここで荷物を減らしたいというのもあるのかもしれない。アーレトンスーの維持にはそれなりに魔核が必要になってくる。彼らのことだから魔核の入手には困らないだろうが、多少身軽になっておきたいと思っているのかもしれない。全てのアーレントンスーに魔核を入れるのも、手間にはなるだろう。
「こっちはダメだな」
しばらくして、ナクタとピュリスが無事に戻ってきた。出て行った時と何ひとつ変わったところがない様子に、ぼくはほっと息を吐いた。
「いくつか分岐していたが、行き先はどれも行き止まりだ」
横一列に並んで座っていたぼくらの前に腰を下ろしたナクタは、ピュリスから受け取った魔導具を地面に置いて腕を組んだ。
「自然にできたものじゃぁなさそうだな」
「通路が滑らかに加工されているわけじゃないが、自然が作ったとするには作為的だ」
ナクタの隣に座ったピュリスが、魔導具の一部を指した。
「この辺り、何かの巣穴かのようにタシサがいくつか並んでいた」
「魔素が濃かったから、巣穴で間違いないと思うぞ」
ふたりの言葉に、ぼくの肌は粟立った。今までの階層で、そんな場所は見たことがない。巣穴ということは、そこから魔物が生まれ続けるということなのだろうか。
「んー、全部で五つか。結構あるねぇ」
「さっきのが出てくるとしたら、結構骨だな」
デラフが太い腕を組んでナクタたちが戻ってきた方を見つめた。つられて同じ方を見たが、暗闇からカモシカのような魔物がにじり寄ってくるのを想像してしまい、嫌な気持ちになって視線を逸らした。
「この辺りにタシサが欲しいね、って言ってたんだけどねぇ」
「気持ちはわかるが推奨はしない」
「まあしかし、こちら側は全滅と分かって良かった。あっちに進むだけで済む」
徒労に終わったことを苦にした様子もなく言って、ナクタは水筒に口をつけた。
「ムスタ、壁に印を頼む」
「了解。『行き止まり』でいいか?」
立ち上がったムスタはナクタが頷くのを見ると、壁に向かって何やら刻みだした。
「次くる時のための目印だよ」
興味深気に見ていたぼくに、ナクタが教えてくれる。何やら書いたものを三角で囲むと、青白く模様が浮かび上がった。魔法陣のひとつなのかもしれない。単に書くよりも、消えにくそうだ。
「報告も終わったことだし、先に進もう。長居には向かない場所だからな」
誇りを叩きながら立ち上がり、ピュリスを先頭にして歩き出す。背後から魔物が襲ってくるのではないかという不安が過ぎって振り返ったが、ナクタが首を傾げて見つめてくるだけだった。
分岐に出くわすたびに、ナクタとピュリスが探索に行き、ぼくたちは立ち止まった。
足を止める回数が増えるにつれ、足が怠くなってくる。一定のペースで進むと疲労感は少ないのだが、こうも足を止めると倦怠感が強くなる。重い荷物を背負い、座ることなく進んでいる方が楽だというのだから、ぼくの身体も大分、魔窟の歩荷という生き方に馴染んできたのだろう。
「どうも戻ってる気がするなぁ」
ムスタが魔導具を見ながらぼやいた。ドジェサ側に寄っている気はしていたが間違いではなさそうだ。
「とはいっても、他は行き止まりなんだから、行けるところを進むしかないじゃん」
「どっかに隠し通路とかあるんじゃないか、って思ってんの」
「そんなこと、前にナクタが言ってましたね」
隠し通路という言葉に反応して口を挟むと、ウィスクとムスタは顔を見合わせた。
「可能性はあるな」
真顔で呟いたムスタが真剣な顔で魔導具を見つめた。
「いや、でも待ってよ。ここを隠す意味ある?」
困惑気味ながらも何故を口にするということは、ウィスクも隠し通路について検討しているようだ。
「ナクタが言っていたのは、温度だったな」
「あ、いえ。単にそんな話をしていたと、思い出したので」
デラフに視線で問われて、ぼくはしどろもどろに言い訳した。確信があって言った言葉ではなく、隠し通路という言葉に引っ張られて思い出したことを口走っただけだ。真剣に検討されてハズレだったら申し訳がない。
「考えてみる価値はある。違ったら違ったで、別の答えがあるというだけだ」
ぼくの気後れの正体も把握した様子で、デラフは髭を撫でた。
「まやかし回廊で温度が違うから、とか言っていなかったか?」
「言ってた。一部だけ温度が高いって。奥のタシサ付近に出るんじゃないかと言ってたけど、あれって奥の方が熱いからだったよねぇ」
「熱いからなら、ドジェサだってそうだろ。いや、下層に出る可能性もあるのか?」
口々に思ったことを口にする彼らの様子に、ぼくは軽率さを恥じた。デラフは違っていても良いと言ってくれたが、全くもって関係のないことで振り回すのは申し訳がないという気持ちが勝る。
ナクタたちがすぐに戻ってきてくれないものかと考えていると、デラフが駆け出し、ウィスクがぼくの腕を掴んだ。
「行くよ!」
「え?」
「ナクタたちが魔物に遭遇した!」
走り出しながら言われ、ぼくは先ほどの魔物を思い出した。アレとピュリスとの相性は悪い。ムスタの言葉が脳裏をよぎり、ぼくの心臓がキュゥっと音を立てた。
「大丈夫、すぐそこだから」
励ますように言われ、ぼくは頷いて、足を引っ張らないように全力で走った。
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