五十一通目 違う視点を持つ
あまりの勢いの良さに、まずいことを口走ったことを悟った。
全員の足が止まっている。居心地の悪さを覚えて逃げ出したくなったが、魔窟の中であるし、全く知らない場所にいるのでできるわけもなくかった。
「不穏なことを言うな」
ピュリスがナクタを睨め付けた。デラフやウィスクもそれに同意して、わざとらしくナクタの文句を口にした。
「スマンスマン。ちょっと思っただけだ」
「思うな! そんなこと」
怒ったような態度で顔を背けたウィスクが歩き出し、ピュリスも思い出したように、消えてしまったピッケエレインを飛ばし直した。デラフはわざとらしく溜息をつき、ナクタの脇腹を軽く殴った。本人にすれば小突いたぐらいのものなのだろうが、丸太のような腕に殴られた方のナクタは「グェ」っと情けない声を出して呻いた。
「なるほどねぇ」
ムスタだけは何か考える素振りで顎を撫でた。ぼくが見上げると、声を潜めて語り出した。
「魔物については諸説あってな。神殿の考え方としては生物説で、冒険者の多くもそう信じていると思う。それが一般論なわけよ。その一方で、ソウが言うように魔法動物説もあるわけ。こっちは研究者やウィッカなんかが唱えているもので、現場型の俺たち冒険者とは少々意見が合わないというか、立ち位置が違うというか、まあ、そういう感じなんだよね」
「ウィッカとはなんですか?」
聞いたことの無い単語だ。話しぶりからして、役職のようなものなのかもしれないと想像したが、ムスタは難しい顔をした。
「一言で説明するのは難しいんだよなぁ。一見人間なんだが、人間じゃ無いらしい。まあ、まず長命種であることは間違いない。そして、数が少ない。群れを持たないで行動しているから、どうやって繁殖しているのか謎なんだよな。長命だからか達観しているし、研究者によっては人間の上位存在と位置付けたりもする」
長命種という言葉を聞いて真っ先に思ったのは『エルフっているんだ』と言う感想だった。エルフといえば、人間よりも長命で、優美な容姿をしている印象がある。森の民で街にはあまり出ないことから、姿を見ることはほとんどない――というのが、記憶にあるエルフの印象だ。とはいえ、架空の存在であるから、ぼくが見聞きしたものが偏っているだけかもしれないが。
「うん、まあ、それを想像するよな。でも、そういう感じでいうと『魔女』の印象に近いかもしれないなあ」
ぼくの顔を見たムスタは勝手に納得し、非常に小さい声で日本語を口走った。
「長年生きているだけあって、知識は豊富だし、研究に時間をかけられるしで、知識の人という呼び名もあるほどだ。が、人間嫌いが多くてな。交流できるのはウィッカに認められた者だけ、なんて言われているぐらいだ」
魔女とされる由縁はそのあたりなのかと納得した。魔女というのは厭世観が強い印象がある。外部との交流を嫌い、偏屈で、怪しいことをしている人物のことを『魔女』と呼んで迫害した歴史がある。
「魔法も使うのですか?」
「そりゃぁ、ウィッカだからな。魔法も使えば、魔導具も作れる。時々現れる、見たこともない仕組みの魔導具は、大抵がウィッカが発明したもんだ。俺たちには先入観があって越えられないって壁があったりするからなぁ」
こちらにある魔核で動く家電のようなものは『前世持ち』によって再現されたものが多いという。確かに、見た覚えのある形のものが多く、改良に改良を重ねた上で、最新の形になったものをそのまま再現しているので、使い勝手は良い。
しかしムスタは、そこに落とし穴があると思っているのだろう。記憶にあるものを再現することはできるが、全く想像できない新しいものを生み出すのは難しい。前世の記憶があればあるほど、前世での常識に縛られてしまうものだ。
人間が種から育ち、魔法があって、魔物がいる世界というのを、何かと比較することなく、丸ごとそのまま飲み込んで生きている人にしか見えないものもある、というのは想像に難しくない。
「ウィッカについてはそんな感じで大丈夫? んじゃ、話を戻すよ。神殿が生物説を推すのは、王を中心とした社会の成り立ちに影響するからなわけだ」
王という言葉にピュリスが反応したのがわかった。先ほどのように足を止めるようなことはなかったが、耳をそば立てているのがわかる。
「初代の王は聖女の愛を得て、魔王を討ち滅ぼした、とされているわけだ。だから、今現在、魔王は存在しないというのが神殿の考え方というか、基本方針になるわけよ」
「ああ、なるほど」
ここでようやく合点がいった。ピュリスが神経を尖らせるのもわかるというものだ。
ナクタは王族の流れにあるらしい。ということは、神殿で語られる話の中心人物にほど近い存在ということになり、その彼が魔王の存在を肯定してしまうと色々と大変な話になってくる、ということだろう。
そもそも、魔王というのはどういう存在で、最初の王は何故討ち滅ぼそうとしたのかは、教義を知らないぼくには全くもってわからないが、魔王と王が互いに影響を与え合う存在なのだとしたら、ナクタが魔王の存在を匂わせるだけで、世の中がきな臭くなるだろうことは十分に想像できる。
ナクタがどういう立ち位置にあるのかや、神殿の教義が心身に染み込んでいるピュリスたちにしてみたら、滅多なことを言うもんではないとなるのも当然の反応である。
すっかり大人しくなっているナクタを振り返ると、話が聞こえていたらしく肩を竦めて見せてきた。
「みんな、ピリピリしすぎだ。可能性の話をしてるだけなのに」
「言っていいことと悪いことがある、ってことでしょうよ」
ムスタが茶化すが、ナクタは納得いかないように唇を尖らせた。
「オレについて知ってるヤツらの前で、大々的に宣言するわけじゃないんだし、いいじゃないか。それに、オレたちと違う価値観で育ってきたソウがどう感じてるのか、聞いてみたいじゃないか」
「それは、まあ、そうなぁ」
ムスタが同意を示すと、ピュリスが大きく溜息をついた。
「同意をするな」
「いやぁ、俺たちはさ、生まれながらに神殿の教えを浴びて生きてきてるわけだろ? 日々の行動のどこからどこまでが神殿の教えに基づいてるのかもわからないぐらい、身についてしまってるわけで、そういうヤツと話をしているだけじゃ、新しい何かが生まれたりしないわけよ」
「一理あるな」
「ウィスクまで。ムスタの口車に乗るんじゃない。こいつはこの間、ウィッカが出した魔導具に嫉妬してるだけだ」
「いや、でもさぁ。話しにくいからって回避し続けて、いざ事が起こった時に何の対処もできていないってのが、一番良くないんじゃない?」
「魔王が復活するとでも?」
「ほら、そういうとこだよ。完全に考えから排除してるじゃん。そもそも、魔王の定義も曖昧でしょ。言葉を交わせる知性があるとも、あらゆる動物の姿をしているとも言われてて、よくわかんないなってこともあるじゃん」
今にも口論になりそうになり、ナクタが「まあまあ」と割って入る。
「ピュリスの家は王家にも神殿にも近い立場だから、強固なんだよなぁ、色々」
ムスタがぼくにだけ聞こえるように呟いた。
「ナクタは妙に柔軟な気がするけど」
「冒険者になるぐらいだからな。常識を破りすぎてるだけだ」
声が硬くなったところから、ムスタにも思うところはあるらしい。守られるべき人間が、立場も考えずに行動しているとなると頭が痛いのはわかる。
今までの関係を見る限り、このリュマの構成としては、高貴なる方とその護衛というのが基本にあるのだろうが、高貴なる方の性質が柔和かつ気さくなので、身分や立場の差を越えての付き合いになっているように思う。
だが、やはり立場は立場なのだろう。仲間とだけ呼べる関係ではないというのが、ところどころから滲み出している。
「ソウの育ったところには、独自信仰があるのか?」
急にデラフに語りかけられて、ちょっと驚きつつも「ありますよ」と答えた。
「厳しい土地ですから、信仰なくしては生きていけないと思います」
「確かに、この辺りは生きていくのも大変だろうな。信仰の対象は自然か?」
「そうです。自然の中に超常的存在を感じて、物語ります」
厳しい環境で秩序を守るためには、超常的な存在が必要になる。宗教の成り立ちには、そういった側面が必ずあるのではないかと思っている。
ぼくたちの住む環境では、生きていくことを優先すべきとしてしまうと、簡単に財産が奪われ、人が殺されてしまう。生きていくことが尊いわけではなく、尊い生き方をすることこそに意味がある、とすることで、多少治安が良くなるわけだ。
「自然信仰のところでは、悪しき存在は『魔王』だけではないのだろう?」
「はい。そもそも、ぼくたち自体が悪しき存在である、とされていますから」
ぼくが答えると、ナクタは好奇心に瞳を輝かせ、ピュリスは額を抑えた。デラフは何度か頷くと「我々が悪しき存在、というのは面白い」と呟いた。
「それは『人は元来悪い性質である』ということか?」
ムスタは前世でよく用いられる『性悪説』の考え方を匂わせてきた。面白かったのでちょっと笑ったが、それとはちょっと違う。
「ミヒルが生むのはヒトだけではないからです」
ぼくの言葉に、全員がハッとした顔をした。
どうやら、都会ではあまり言われない言葉のようだ。
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