五十通目 魔物とは

 ドジェサ前の片付けが終えて、タシサに帰還するための一歩を踏み出した。

 下手に探索はせず、できる限り最短で戻る道を探すという方針で戻ることになった。

 ぼくとムスタがいた場所の対極に石扉があったので、ドジェサを中心に半周ほど進むと、彼らが壁を破壊して現れた場所になる。

「ここはまだ修復してないな」

 魔法で強引に開けた穴がそのまま残っているが、その先は暗闇に塗りつぶされていて、どこまで進めるのかは全く見通せない。

「このまま行ければいいんだが」

 デラフの言葉に、全員が無言で同意したのは言うまでも無い。

 彼らが開けた穴こそが最短ルートなのは間違いない。余計な体力を使わずに帰れるのなら、それに越したことはないのだ。

「最短で戻るならこのまま進めばいいけど、どうする?」

「行けるところまで行こう」

 ウィスクの問いかけに、ナクタが即答した。

 戻ることを第一目標にしている以上、楽に進める方向に進むのが正しい選択なのは間違いないが、再びドジェサを訪れることを考えれば、正規の通路を探る方が良いはずだ。ウィスクが尋ねたのも、そのことを考えてのことだろう。

「ピッケエレインで探れる範囲は探っていこう」

 ピュリスは小さな炎を三つ浮かべると、それぞれ違う方向へと飛ばした。ピッケエレインがどれほどの魔力を必要とするのかはわからないが、攻撃魔法とは勝手が違うように思う。ウィスクの光りの玉と同様、ずっと一定の出力をしていなければならないのだから、放って終わりの攻撃魔法よりも、地味ではあるが調整が難しいもののように思った。

「どうした?」

 考え込んでいるのがわかったのだろう。ムスタに尋ねられ、ぼくは今し方考えていたことを伝えた。

「確かにな。俺も魔法についてはあまりよくわからないんだが、攻撃魔法よりもああいったものの方が使えるヤツが少ないんだ。ということは、多分色々難しい」

 思った通りのこと以上の情報がない言葉を口にしつつ、ムスタはピッケエレインの動きを追うように視線を動かした。

「灯りは設置すればなんとかなるとして、ピッケエレインについては魔導具でなんとかできないものかと思うんだよなぁ」

「魔導具でとなると、色々仕掛けが難しくないですか?」

 ムスタとの会話となるとつい日本語が出そうになる。注意しながら、知っている単語を繋げて尋ねると、ムスタは顎を揉みながら言った。

「そうなぁ。魔法を道具で再現しようとするから難しくなるわけで、用途を明確にして機能を絞ればいい。毒や悪質な気体を探知するのは別のものに任せて、周囲の探索に特化させるという方向で多少絞れる。縦と奥行きの探索はレーダーが使えればいいんだが、こちらではそれがなかなか難しい、ので、物理的に探れるものを搭載させるということになるなぁ」

 最初は説明口調だったが、後半は完全に独り言だ。前にもこんなことがあったと思いながら、ちらりとナクタに視線をやった。レーダーとかこちらとか、所々気になる言葉が混ざっているが、それをどう思っているのか気になったからだ。

「ソウは、ムスタの言ってることわかるのか?」

「なんとなく、ですが」

 会話を求めて視線を向けたと思われたのか、ナクタが質問を向けてきた。

「そうか、すごいな。魔導具についてはよくわからなくてなぁ。ムスタに使い方を教えられても、すぐに覚えられないんだよな」

「苦手なのですか」

「難しいことは苦手だ。その点、魔物は倒せるからいい」

 全く繋がっていないことを、あたかも繋がっているかのように力強く言うナクタに、ぼくは笑ってしまった。

「魔物は、恐ろしくないですか」

「恐ろしいと感じる前に、どうしたら倒せるか考えられるからな」

 そういうものだろうか。普通は、怖いものだろう。

 知っている魔物ならば、自分との力量の差を考え、逃げるか戦うかを判断しなくてはならない。それをした上で、魔物の特性とリュマの相性を考えて、それぞれの持てる能力を発揮する、という流れになるものだ。

 知っているとはいえ、油断すれば簡単にやられてしまうのが魔窟というところだ。知っているものとよく似た別の魔物ということもあれば、同じものなのに突然変異した個体ということもある。親の顔より見た魔物に殺されるということも、少なくない。

 そして何より恐ろしいのは、未知の魔物に出会った時だ。互いの力量も特性もわからないのだから逃げる他ないのだが、背中を向けて走り出せば逃げ切れるというものではない。隙を見せずに上手いこと距離を取り、ジリジリと後退するというのが定番だ。戦うよりも厳しいことになることもしばしばある。

 ぼく自身も、そういった体験を何度かしている。幸いなことに魔物に気づかれ難い特性があるので今日まで生き延びてきている。冒険者よりも危ないのは、丸腰であることと、雇われるリュマによってはぼくたちの命を囮とすることすらある、という点だ。

 リュマにとって、ぼくたち歩荷は仲間ではない。あくまで金で買った人間だ。優先するのは仲間の命となるのはわからないでもない。が、囮にされて笑っていられるほど、ぼくらに感情がないわけではない。しかし、冒険者の中には、ぼくらを人間だと思わないヤツもいる。金で売り買いできる存在だからと軽んじるのだ。

「魔物の弱点がわかるのですか?」

「魔物にも系統があるからな。こういう感じの魔物なら、これが効果的だろうという傾向は見えるものさ」

 植物系の魔物は火炎系の魔法に弱いといった傾向があるのはわかるが、中には見た目に反してというものもある。そういったものを見分けるコツがあるのだろうか。

「一番わかりやすいのは、どういった場所にいるのかだな。魔物も環境に依存した生き物だから、水辺が苦手な魔物が水辺にいることはないのさ。乾燥した場所にいるなら、それに耐えうる特性があると考えればいい」

 ナクタの説明はわかりやすかったが、一点気になるところがあった。

「生き物、ですか」

 魔物を生き物と捉えるか否かについては、度々話題になる。生き物とするには不自然なものも多く、魔物は魔物として捉えるのが良いというのが、一般認知となっているように思う。

「場の環境に依存して棲息していると考えると、生き物じゃないかと思うけど」

 問うように首を傾げるナクタに釣られ、ぼくも首を傾げる。

「魔法のようなものではないですか?」

 ピュリスが操るピッケエレインを指すと、ナクタは「ううん」と唸った。

 魔物=生き物説と同じぐらい支持者が多いのが、魔物=魔法生物という説だ。魔法生物とはいうが、生物を模したもの、という意味合いだ。

 魔素が濃くなった場所に魔窟が生じることから、魔窟内の全てのものが魔素によって作られた物である、という考え方が元になっている。魔導具にしろ、魔法にしろ、魔素がなければ動かすことも、発動させることもできないが、羊や山羊のような生き物は魔素がなくても生きている。そのため、魔物と生き物は別物だと考えるべきだ、という主張だ。

「魔法というのは術者によって編まれているものだけど、誰かによって編まれていると考えているのか?」

「そう、ですね。魔窟は魔素溜まりから発生する、ので、それは魔力でできていませんか?」

 言い回しが上手くいかなかったが、言いたいことは伝わったらしい。ナクタは再び小さく唸った。

 では、それは誰なのか。

 ナクタの次の質問はそうなるのではないかと予想し、ぼくは答えを用意する。

 ぼくは、魔物を編んでいるのは、魔窟そのものなのではないかと考えている。ウィスクやムスタは、魔物は生き物説で考えているようで、階層による棲息の偏りについて言っていたように思うが、魔窟が魔物を罠として配置しているという考えが、ぼくには一番しっくりくる考え方だった。

 これはきっと、前世でプレイしたゲームの記憶のせいなのだろうが、色々と経験してみても、これが最も納得しやすい。

「皆さんのところでは、生き物というのが普通ですか?」

「まあ、そうだな。神殿の教え的にも、生き物説で語られることが多いし、魔物にも幼体がいることを説明するにも、そのほうがわかりやすいだろ?」

 ぼくは頷きつつも、幼体についても様々な説があったと思い出していた。

「もちろん、幼体についても諸説あることは知ってるさ。本当は別の種類なんじゃないかとか、魔力の偏りで小さいのではないかとか」

 幼体はその名の通り、幼く見える魔物のことだ。幼いというよりは小さいといったほうが正確だろう。低層でよく出くわすアルチュアという魔物は、幼体とともに現れる確率が高い。見た目が似ているので幼体とされているが、ぼくは共生関係にある別種なのではないかと考えていた。いわゆる、クマノミとイソギンチャクのような関係ということだ。幼体というのは、自分たちの種族の未来の繁栄に続くものだ。わざわざ前線に出して、数を減らす理由はない。

 そのように指摘すると、ナクタは顔面をギュッと歪めた後「じゃあ」と、躊躇うように言った。

「ソウは、魔王がいると考えている?」

 魔王、という単語に、その場にいた全員が勢いよくこちらを振り返った。

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