四十一話 兆し
「自分のことはいいの? ソウだって『適性証明』を持ってないんだろ?」
不思議そうな顔で聞かれて、ぼくは答える言葉がないことに気づいた。
ぼくの脳を占めていたのは、いつだって姉の問題だった。きっとどこかでそう簡単に解決できるものだと思っていなかったのだと思う。自分のことを後回しにすることで、現実を直視しないようにしていたのだと、どこかでわかってもいた。
いざ、具体的に考えてみようとしても、選択肢がどれほどあるのか全くわからないのが現状だ。目の前にあるのは、歩荷としてやっていくという道だけだが、ニーリアスやナビンから見ると、ぼくの前にはいくつもの分岐があるらしい。だが、ぼくにはそれが全く見えない。理由としては簡単で、考えることを放棄しているからだ。
「正直なことを言うと、何も考えてないです」
「何もって。こんな危険な仕事を選んでいるのに?」
「ぼくらの収入源として一番ポピュラなのが荷運びなんです。地上を行くか、地下を行くかのどちらかを選ぶってだけで」
「地下を選んだ理由は?」
「短期間で多く稼げるからです」
「稼ぎたいと思う理由は」
「姉の鑑定に大金がかかるので」
次々と出される問いに、言い淀むことなく答えると、ムスタは溜息をついた。
「本当に、お姉さんのことしか考えてないんだなぁ」
全くもってその通りなので返す言葉がない。姉の夢を実現させることが、ぼくの夢で、目標なのだ。
「昔から、あまり願望がないんですよ。『将来の夢』とか、苦痛だったな」
遠い昔のことを思い出す。進学、進級の度に聞かれる質問だったが、なんと答えるのが正解なのかわからず、いつも困っていた。思えば、あの質問の答えを迷いなく答えていた人はどれぐらいいるのだろうか。
「なんて書いてたの?」
「公務員、でしたね」
「また、漠然としてるなぁ」
呆れた様子のムスタに、ぼくは笑ってしまった。これといって書くことがないから書いたものだから、漠然としているのは当然だし、本当のところ公務員になりたいとすら思っていなかった。誰から見ても無難と思われるような職業を書く穴埋め問題の答え、だと思っていたのだから、大正解だろう。
「そういうムスタはどうだったんですか?[#「?」は縦中横]」
「幼稚園の頃に『カブトムシ』って書いたのを、ずっと擦られてたのを思い出した」
「なるほど。そういう答えもありですね」
「真面目に評するなよ。小さい頃は『ゲームクリエイタ』って書いてたと思う。具体的に書くようになってからは『プログラマ』だった。まあ、今やってることも、そうはずれてないのかもな」
気恥ずかしそうではあるものの、どこか誇らしげなのは、軸がブレることなく、今に至っているからなのだろうか。
そういった『夢』みたいなものは、どうやって生まれて、どうやって育まれるのだろう。『世界の職業一覧』といったカタログがあったのだろうか。不思議だし、羨ましい。
「まあ、こっちでは『適性証明』があるから、ある程度道筋はつけられるんだけどね。希望が無いならないで、やってみて判断するってのも手だと思うよ」
「そういうものなんですか?」
「『適性証明』ってのは、性能表みたいなものだからねえ。たとえば、パンが焼きたいと思っていても、炊飯機能が高かったら炊飯器になったほうがいいだろ? そういう感じに、自分の向き不向きがある程度見えるわけ」
確かに、適性がわかっているなら、無駄な努力はしなくてもいい。なりたいものの適性が低い場合は、才能の無さを突きつけられて辛いかもしれないが、ぼくみたいに何もないのなら、選択を絞りつつ、進む方向を見つけやすくていいだろう。
とはいえ、姉にかかる費用の他に、自分の分もとなるとかなり必要になるのではないか――と考えかけたぼくの耳は、ムスタの重要な言葉を聞き取った。
「でも、炊飯器やトースターなら意思次第で選べるところではあるけど、とんでもないレアスキルが出たら自由はないけどね」
「自由はない? どういうことです?」
「そのままの意味だよ。職業選択どころじゃなく、全てを管理されることになる」
ラジオが作れたら監禁されるといったようなことを言っていたが、そういうこととはまた別なのだろうか。そう尋ねると、ムスタは「ちょっと違う」といって、腕を組んだ。
「通信技術を開発したら王宮から出られなくなる、とはいったけど、研究は続けられるし、王宮内なら自由に出歩ける、と思う。誰でも使える通信技術はなくても、特定の人物が使える技能としてはあるんだ。前世の言葉で言うなら『テレパシスト』ってやつだな。彼らは、許可なく王宮から出ることはできない」
テレパシストと言われてもピンとこないぐらいには、馴染みの薄い言葉だ。ムスタの説明によれば、離れた場所にいる人物の考えや感情などを感知する能力だそうで、いわゆる超能力の一種なのだという。前世では携帯電話普及以前には人気があった能力だそうで、漫画などによく登場したのだという。
「超能力、ですか」
ぼくのなんともいえない反応に、ムスタは苦笑いした。
「前世の感覚で考えたら滑稽なことかもしれないけど、こっちは魔法があるのが普通なんだ。超能力もへったくれもないだろ」
「それは、確かに」
ムスタとの会話がずっと日本語であるため、思考の基準も前世寄りになってきているようだ。よく考えなくとも、今は魔窟の中にいて、かなり危機的状況にあるのだが、話に熱中しているとそれを忘れそうになる。というより、現実逃避のために夢中になっているのかもしれない。
「携帯電話が普及して、いつでもどこでも互いの状況が把握できるようになってしまうと、テレパシーなんていうレアな能力も魅力がなくなってしまうっていうのも、面白い話だよな。貴重で、未知の能力であることは変わりないのに」
皮肉っぽく言って、ムスタは「話を戻すと」と切り替えた。
「魔力保持能力がとてつもない、とか、攻撃魔法の威力がエグい、とか、そういうヤバい上に利用価値が高い能力が見つかった場合は、王宮で完全管理されることになるわけだ。何をどうするのかはわからないが、常に監視下に置かれて、管理されるわけだ。危険が無いように、な」
核兵器みたいなものかと解釈して、ぼくは溜息をついた。兵器はモノであるから感情はないが、核兵器のような能力を持っていたとしても人は人だ。感情もあるし、欲望もある。監視されて管理されるなんて、窮屈なことこの上ないだろう。
「そう聞くと、鑑定されるのは怖いですね」
「そうだなぁ。普通は、三歳のお祝いに神殿に行った時に最初の鑑定をされるんで、本人的には怖いも何もないけどな」
「親は不安じゃないんでしょうか」
「レアっていうだけあって、王宮に連れて行かれるほどの能力の持ち主なんて、一握りも一握りだからな。そこまで深く考えないんじゃないか? 前世でだって、リスクを考えないで子どもを持つのが大半だろ」
そうなのだろうか。子どもを持つとか、結婚を考える前に死んでしまったので、どういう気持ちで選択するのか、考えたこともない。
それはともかく、おおよその事を理解できる今、リスクを承知しつつも人物鑑定を受けるべきだろうか。何も考えていないのだから、どういう結果が出たとしてもさほどダメージはないだろうが、自由がないという響きがどうにも重苦しい。
自分がレアリティが高い何かを持っているという自惚れはないが、万が一の不安が過ぎるのは、すでに『前世持ち』というカードを引いているからかもしれない。
ついでにいえば、未踏の地に今現在いることもレアカードの一枚なのではないか。
「ゆっくり考えればいいんじゃないか――と言いたいところだが、困ったことになってきた」
急に不穏なことを口にしたムスタに視線を向ける。ムスタはじっと一点を見つめている。緊張を覚えながら、視線をたどると、ナクタたちの場所がわかる例の魔導具があった。彼らに何かがあったのだろうか。
「ソウは、ここがどこだと思ってる?」
突然の質問ではあったが、全く考えていなかったことではないので、想定している場所はある。
「タジェサ前なんじゃないかと思ってます」
「俺はタジェサなんじゃないかと思ってんだよね」
「えっ」
タジェサ内であることは考えてなかった。タジェサの内だとしたら、主がいる。主のための部屋がタジェサなのだ。部外者が入り込んで随分になるというのに、何もしてこないなんてことがあるのだろうか。
「その根拠は?」
「声の響き方からして、かなり広い場所だ」
ムスタの紡ぐ言葉が短くなり、緊迫感が生まれる。雰囲気に飲まれたのか、ぼくの心臓の音が急に大きくなった。
「まずいな」
主が動き出したのだろうか。暗闇に目を凝らしてみても何も見えず、空気の動きに変化を感じることもできなかった。ぼくに何らかの能力があったとしても、レアリティは低いんじゃないかと、場違いなことを思った。
「どうしました」
声を顰めたぼくに、ムスタが押し殺した声で答えた。
「催してきた」
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