三十八通目 趨勢

「それじゃ、改めてここがどこだか見てみますかね」

 会話がひと段落ついたとみたムスタが、懐を弄って箱を取り出して蓋を開いた。ムスタはぼくにも見えるように持ち直して、箱の縁を指先で叩いた。

「これは六層の地図のようなものでね、ナクタたちが歩いた場所はマーキングされるっていう仕組みになってる」

 方眼が刻まれた面には、色のついている部分と暗色の部分がある。それを見て、同じようなものを貰ったことを思い出した。ムスタが改良したものがあるから必要ないといっていたが、自動で記録されるようになったということなのだろう。凄いことができるものだと感心する。

「今、俺たちがいる場所がここなんだけど、コレはなかなかどうして、周囲に近寄った跡がないなぁ」

 ムスタが指した場所の周辺は、暗色が広がっていた。色のある場所からは遠く離れている。壁一枚向こう側には誰かが来たことがあるのではないかという淡い期待があったが、それは虚しく霧散した。

「ナクタたちの現在地はわかるし、向こうもこちらの居場所はわかってるだろうから、まあ、なんとかなるでしょ」

 軽い調子で言うムスタの顔をじっと見つめる。ぼくを不安がらせないために軽く言っているのか、それとも本心なのかがわからないからだ。

「見た目はこうですけど、前世を合わせたら立派に成人してますよ」

「そうだろうなと思ってるけど?」

 何故そんなことを言うのだと不思議そうな顔をするムスタに、ぼくはちょっと笑った。

「ぼくの見た目が子どもだから、気を遣ってるのかと思って」

「ああ、そういうこと。気休めでもなんでもなくて、あの人たち凄いからさぁ。いざとなったら掘削してここまで来るぐらいのことはやりそうだし」

「そんなこと、できるんですか」

 荒っぽい方法だが、それができるなら救出される可能性はグッと高まる。しかし、ここは単なる地下洞窟ではなく、魔窟だ。自然が作り出した洞窟であれば、岩盤の状態が良ければ掘削して進むこともできるだろうが、魔窟という特殊環境でもできるものなのだろうか。

「できるかできないかでいえば、できるだろうねぇ」

 ムスタはぼやくように言って、ぼくを横目で見た。

「気を悪くさせたらごめんね。見たところ、前世でいうところの義務教育期間だと思うんだけど、どうなの?」

「年齢ですか? 合ってます」

 ぼくの精神年齢について興味が無さそうであったのに、肉体年齢の方は気になるのかと不思議に思った。

「ということは、こっちでの生活は十年ちょっと。この辺りの出身だろうから、言ったら悪いが、教育や情報についてはいまいちだろうから――あまり、こちらのことを知らないんじゃないかと思うけど、どう?」

「ほとんど知らないと思います」

 ぼくは思わず前のめりになった。ムスタの語り口からは、ぼくが知らないであろうことを教えてくれそうな響きがある。

 ムスタの予測通り、教育も情報もほとんどない土地で過ごしてきた。ラクシャスコ・ガルブに出入りできるようになってからは、以前よりも情報が手に入るようにはなったが、書籍に使われているのはチャムキリの言葉で、満足に読むこともできない。情報のほとんどを大人の会話から拾っているが、盛り場に出入りできる年齢ではないので、積極的な情報収集も難しかった。

 見た目が子どもだというのはなかなかに厄介で、大人というのは良くも悪くも、子供に与える情報は吟味している。こんな環境だというのに、子どもには子どもらしくいて欲しい願望があるようだ。

「それは不便極まりないだろうから、俺が知ってることは教えてあげるよ。とはいえ、魔窟が何故できるのかという根本的なところはわかっていないんだけど」

 話しながらアーレトンスーから水筒と寝袋を取り出して、ぼくに渡してきた。

「長期戦になるだろうから、体を楽にして。行方不明になったっていうから、色々持ってきたんだよ」

 自分の分も取り出して、ムスタは横になった。とても魔窟の六層にいるとは思えないほどの寛ぎようだ。

「魔窟は、魔素が濃くなると発生すると言われていて、下層に行けばいくほど魔物は強くなっていく。最下層にある『何か』を『どうにか』すると、魔窟の魔力が低下していくっていう仕組みになってるんだよねぇ」

 ムスタは眠そうな顔をして、わかるようでわからないことを言った。思い返せば、徹夜をしたと言っていたので、眠気がやってきたのかもしれない。

「『何か』を『どうにか』するって、どういうことですか」

「そのまんまだよ。『何か』が何であるのかは、その魔窟によって違うから、『どうするか』も変わってくる。ゲームよろしくラスボスを倒せば終わりってこともあるし、秘宝を手にすれば終わりってこともある」

「じゃあ、ラクシャスコ・ガルブの終わり方はわからないってことですか?」

「そうなるねぇ。実際に最終層に到達してみないとわからない。ラスボスを倒すってことなら、最下層まで到達する冒険者ならなんとかなるけど、パズルを解くとかになるとどうにもならないから厄介だよねぇ」

「パズル?」

 ぼくは頓狂な声を出してしまった。生きるか死ぬかという環境の中、最下層まで行ってみたら最終戦がパズルなんて拍子抜けもいいところだ。

「どこだったかな。あるよ、パズル。それを解かないと秘宝が手に入らないっていうんで、若い学者をムキムキに成長させて最下層に連れて行ったんじゃなかったかな」

 四層まで一緒だった学者を思い浮かべ、彼がムキムキになった姿を想像した。最下層に挑もうという学者ならば、彼ほど臆病ではないのかもしれないが、畑違いであることには違いないだろう。よく挑んだものだ。

「そこまでして終わらせなくちゃならないものなんですか?」

「どうだろうねぇ。それについては、俺もよくわからないんだよ」

「よくわからないんですか」

「わからないねぇ。正直、魔窟が魔窟であるほうが、その土地の経済は潤うと思うんだよな。魔窟がある限り、魔物は湧き続け、魔物や魔窟から得る物質は金になる。無限に資源が湧き続けるなんて、最高だろ?」

 ムスタが言うことは最もだ。前世でよく「限りある資源」という言葉を聞いたことがある。資源には限りがあるから大切に使いましょう、ということだ。それが無限に、無尽蔵に湧いてくるというのは、物質社会にとってはとても有意義なことである。わざわざ金のなる木を切り倒すバカはいないだろう。だのに、何故なのか。

「冒険者の性ってヤツなのかねぇ。発見された魔窟は、ことごとく踏破されて終わっていく定めにある」

 踏破されてしまって困るのは、魔窟のある土地だろう。その土地の有力者や権力者が踏破を禁じてしまわないことが不思議だった。

「踏破を禁じることはないのですか?」

「禁じたことはあるが、惨事を生んだ」

 嫌な言葉だ。眉を寄せたぼくに、ムスタは「簡単に言うと」と説明する。

「踏破を禁じられると、冒険者がいなくなる。全員が、というわけじゃないが、実力のある冒険者は別の土地に行ってしまうことがほとんどだ。そうなると、浅層にしか挑めない冒険者か労働者ばかりになって、貴重品が出ることはほとんどなくなる。そうなると、どうなると思う?」

「――街は潤わなくなり、魅力が失われる?」

「正解。魅力がなくなると、人は移動するだろ。小銭を稼ぐだけの冒険者が残ったところで、荒れていく一方になるのは目に見えてるからな。暴力で飯を食ってるヤツらの秩序がどうやって保たれているかは想像できるだろ?」

 暴力を制するのもまた暴力である、ということか。ぼくは頷いて、ため息をついた。

 実力のある冒険者がいなくなれば、ならず者の溜まり場となり街は荒廃する。そうなってしまった街には、まともな冒険者は寄り付かなくなる。魔窟は魔物を生み続け、討伐しなければ地上に溢れ出して惨劇を生む。『ベルティカル・コバズロの惨劇』の二の舞というわけだ。

 踏破されても踏破を禁じても、魔窟によって生まれた街はいずれ廃れる運命ということなのか。前世で習った炭鉱の街の歴史とよく似ている。

「魔窟っていうのは、結局のところ冒険者とセットなんだよなぁ。生かさず殺さず、魔窟とうまく付き合っていける仕組みが作れれば良いんだろうけど、そうもいかない。そんな秩序めいたことを何代にも渡って継続できるようなヤツは、冒険者にならないんだなぁ、これが」

 噛み殺してきた欠伸をとうとう制御できなくなり、ムスタは大口を開けた。

「眠ってもいいですよ」

「そうさせてもらう。起きていたところで、この状態じゃ役に立たないだろうしね」

 ムスタは仰向けになるとあっという間に眠ってしまった。寝袋の中に入らなかったのは、一応警戒はしているということなのだろうか。

 ぼくは周囲に意識を向けてみたが、相変わらず静かだ。何の音もしない。けれど、視界は先ほどよりもかなり良い。灯りがあるというだけで、気持ちは随分楽になる。

 ムスタが開いたままの箱を眺める。ナクタたちを示すらしい点が動いているのがわかる。ぼくたちを探しているのだろうか。けれどその距離は縮まることなく、右往左往している。

「まあ、なるようにしかならないか」

 あえて軽い調子で呟いて、ぼくは動く点を見続けた。

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