三十一話 許可取り

「六層を探索してみたい?」

 地上から降りてきたナビンを労い、一日の活動を終えた後、寝るまでの時間をもらって考えたことを伝えると、ナビンはぼくの発言に目を剥き、鋭い視線をニーリアスに飛ばした。

「おかしなことをソウに吹き込んだな?」

 表情と同じく険しい声を出すナビンに、ニーリアスは肩をすくめてぼくを顎で示した。

「違うよ、ナビン。ニーリアスに言われたからじゃない。ちゃんと考えたんだ」

「そんなことあるか! ソウがきちんと考えたならそんなことを言うはずがない」

「ちゃんと考えたからだよ、ナビン。とりあえず、話を聞いてくれないかな」

 話す前から答えはわかってしまったが、せっかく考えたのだ。どうしてそういう答えに辿り着いたのか、ふたりに聞いて欲しかった。

 ナビンは険しい顔のままではあったが、話は聞いてくれるようだ。ニーリアスは盗聴防止用魔導具に新しい魔核を詰めた。長い話になると思っているのだろう。ぼくも用意しておいたツォモ茶をふたりに振る舞い、腰を落ち着けた。

「シュゴパ・ウィスクに誘われたんだ。探索に一緒に行こうって。ぼくが退屈してるんじゃないかと思ったみたいだ。まあ、ずっとここにいるからね。確かに運動不足ではあると思う」

 地上や他のタシサに出向いているふたりと違い、ぼくはずっとこの場所で待機しているだけだ。安全を第一に考えてのことだろうけれど、身体が鈍りそうで少し怖い。

「それで色々と考えてみたんだけれど、せっかくの誘いだから受けてみようかなって思ったんだ」

「それはどうして?」

 むっつりと黙ってぼくを睨みつけているナビンに代わり、ニーリアスが合いの手を入れてくれた。

「ニーリアスはぼくと一緒にここまで来たから、シュゴパ・ウィスクのいるリュマの実力はわかっていると思うけれど、あんなに凄いリュマと一緒に行動する機会なんて、この先あるか無いかだと思うんだ。そんなリュマと、まだまだ未開の地である六層を探索したら、この先何かと有利になるんじゃ無いかと思ってね」

 ぼくの出した答えはこれだった。

 未来を考えろと言われたけれど、すぐさま何かできるほどの余裕はぼくにはない。家族のこともそうだけれど、ぼく自身を食わせていけるほどのものは何も持っていないからだ。何をするにも金はかかるというのは、前世でもこちらでも同じことだ。未来のことを深く考えるにしても、まずは金を工面しなくてはならない。

 金をどうするかと考えたら、一番は今の仕事でなんとかするのが手っ取り早く、なんとかするためには、優秀な歩荷になる必要がある。優秀な歩荷とは何かと考えてみたが、ぼくはナビンのような立派な体躯を持ってはいないし、ニーリアスほど流暢に通訳ができるわけではない。ふたりより有利なのは若さだけで、その若さも今のところは足を引っ張る要因となっている。

 では、若さを活かすにはどうしたら良いかと考えたら、経験を積む余地が沢山あるということだと思った。現段階の経験値はふたりのほうが上だが、ぼくは彼らよりも若い年齢でこの六層に入っている。ぼくより若い歩荷はここにはいない。それが有利に働くのではないかと思った。

 とすれば、まずはこの六層を同世代の他の歩荷よりも知り尽くすことが必要だと思った。どこかのリュマに属していないぼくには、何層まで潜ったことがあるかというのが重要な肩書きになる。今回六層まで潜ることができたが、今のままでは『行っただけ』という状態になってしまう。実が伴っていないと意味がない。

 となれば、ウィスクの提案に乗るのが一番の近道だろう。ぼくの知る限り、最も優秀なリュマである。身の安全を確保しつつ、六層を探索することができるという、この上無い条件が揃っている。

「今後、ラクシャスコ・ガルブでやっていくには、思い切った方がいいんじゃ無いかと考えたんだ」

 言い切ると、ニーリアスは片目を眇めてぼくを見た。その視線は、ぼくの本心を探っているようだ。本当に他意はないと見つめ返すと、ニーリアスは小さく鼻を鳴らした。

「確かに、この仕事は深度がものを言うからなぁ」

 顎を撫でながら理解を示すニーリアスとは違い、ナビンはじっとぼくを見たまま何も言わない。両腕を胸の前で組んだまま、ツォモ茶にも手をつけていない。

「ソウの言い分におかしなところはないし、この先、どう動こうにも金は必要だ。報酬の高い仕事を振られるには、経験が必要不可欠だから、この機会に見聞を広めるのはいいことだと、オレは思うぜ」

 ナビンの意見を求めるように、ニーリアスは言葉を加えた。ナビンは眉間に皺を寄せ、重いため息をついた。

「おまえはまだ若い。若い、と言うより、子どもだ。そんなに生き急ぐ必要はないだろう」

 年寄りめいた言葉に、ぼくは苦笑する。

「確かに、ナビンたちに比べたらまだまだ子どもに見えるかもしれないけど、六層にいる子どもなんていないだろ?」

 ニーリアスにも同じようなことを言ったなと思いっていると、ナビンは更にため息をついた。

「六層におまえを推薦したのはオレだ。が、今となっては後悔している」

「後悔する必要はないよ。別にぼくは危険を冒そうとしているわけじゃないんだ。四層の終わりからここまで、一緒に行動してみてわかったけど、彼らは本当に凄いリュマなんだ。危ういことなんて、何一つなかった。これ以上のリュマをぼくは知らない。となれば、不慣れな場所を一緒に行くリュマとして、最適だと思うんだ」

 ぼくの言葉に、ナビンはますます深くなった眉間の皺を揉んだ。頭ごなしにダメだと言わないのは、ここに連れてきたという引け目からなのだろうか。それとも、金が欲しいという共通する気持ちがあるからなのだろうか。

 この魔窟の六層に入れる歩荷の数は少ない。その数少ない内に、ナビンはいる。それがどういうことかと考えれば、金という動機が全く無いわけではないというのは、わかってしまう。

 何もない集落で生まれ育ち、成長して他の街を見てしまうと、それまで意識していなかった貧しさというものを痛いぐらいに感じてしまう。最初は美味い飯を食いたいという欲求を満たしたかっただけかもしれないが、気がつけば金があればなんでもできるような気になってくる。金が無いから自分たちは何もできず、何もできないというのは劣っていることであると考えてしまう。

 それをどう捉え、そういった感情とどう付き合っていくかは人それぞれだが、集落を出て働き始めた若い男は、やがて戻らなくなることが多い。結果、金を作れない人間だけが残り、集落はますます貧しくなっていくようになる。

 ナビンは、度々集落に戻っている孝行息子であるから、家族を置いてどこかに行ってしまうようなことはしないだろうが、その考えが全く過らないわけでもないというのも事実だと思う。

「――一度、そのリュマと六層を歩かせて欲しい」

 絞り出すような声でナビンが言った。彼らの実力を体験した上で判断したいということなのだろう。ぼくとニーリアスは見つめ合い、肩を竦めた。


 翌朝、食事をしに来たウィスクに話し合いの結果を伝えると、呆れた顔をした。

「過保護すぎじゃなーい?」

「そうでもないです。ぼくの本当の力では、六層に来れないので」

「本当の力ってどういうこと?」

「ぼくが今まで入ったことがあるのは五層の最初まで。六層に来たことはないです。今回の仕事は特別です」

 ぼくが六層にいるのは、解明されていない六層に送ってもいい人材が他にいなかったからに他ならない。ニーリアスやナビンのように実力でやってきたわけではないのだ。

「ナビンが不安になるのも、仕方ないです」

「ボクを値踏みしようなんて、大したタマだよねぇ」

 不満そうに言ってはいるが、表情は言葉ほどではないように見える。ウィスクの目的は、探索を進めたいナクタを止めることであるから、リュマ以外の人間が入るならぼくでなくても良いのかもしれない。

「ナビンを連れて行ってくれますか?」

「いいよ。連れてってあげる」

 あっさりと承諾したウィスクは、焼いたドゥンクーを汁に浸しながら視線を彷徨わせた。

「ニーリアスはまだいるの?」

「はい。あと二日はいます」

「じゃあ、明日かな。朝食終わったら出発って伝えておいて。こっちもみんなに伝えておくから」

「わかりました」

 ウィスクのお気に入りのツォモ茶を水筒に詰めて渡すと、軽く「ありがと」と言って、何かを思い出したような顔をした。

「一応、確認しておくけど、ソウは六層を探索したいって気持ちはあるんだよね?」

「はい。この機会に学びたいです」

「そっか。なら良かった」

 安心したような笑顔を見せたウィスクに、ぼくはちょっと居心地が悪くなった。

 思えば、ウィスクの一方的なお願いという形で始まった話で、ウィスクはその流れしか知らず、ぼくの意思がどこにあるのかわからないままだった。ぼくは自分の口で、はっきりと同行を望んでいると伝えてないことに気づき、後ろめたさを覚えてしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る