二十七通目 失業の予感
「君が隠したがるのも、わかるんだよねぇ」
一度退散したムスタだったが、魔導具がタシサに夜をもたらすと、夕食を食べにやってきた。誰もいないから簡単なものでいいかと思っていたので、大したものは作れないというと、小麦粉を溶いたものを焼いてくれと言って、自分のテントに戻ると、ベーコンと蜂蜜を持って戻ってきた。どうやらここで食事をする気らしい。
ぼくがロティを準備する横で、ムスタは手頃な岩に座って頬杖をつき、独り言のように言葉を投げてくる。
「俺だってずっと言わないでいたし。前世の常識的で考えたら『前世の記憶がある!』なんて言われても信じないし、ネタだと思ってひとしきり笑って終わりだろ。そういうの想像したら、言えやしないよなぁ」
迂闊に口を挟めば追求されそうで、何も言えない。が、ムスタの言葉には共感しかない。わかる! と言いながら、手を取り合いたい気持ちにすらなってくる。
「このモヤっとした何かは前世の記憶なんだな、って気づいた時には、世の中には家電もどきは出回ってるし、食事や服の品質だって良いし、農業やインフラなんかもバッチリで、今更『前世持ちです!』なんて言っても、何ひとつ今以上のものなんて、提供できねえなと思ってさ。言わないほうが、期待を背負わなくていいし」
共感を示さないように気をつけながら、干し肉で出汁を取った即席スープを出すと、ムスタはポケットから容器をふたつ取り出して、スープの上に振りかけた。片方は胡椒のようだ。この世界にはペッパーミルがあるらしい。
「魔導具ってのは電子工学を齧ってると相性が良くてさ。俺は前世でちょっとやってたから、知識の転用がしやすくてその道に進んだわけよ。けど、異世界っていったら、やっぱ冒険だろって気持ちもあってさ。そしたら、魔窟なんて存在があるって知って、こうなっちゃったんだよなぁ」
両手で器を持ったムスタが汁を啜る。ぼくは曖昧に頷きながら、小首を傾げて尋ねた。
「ムスタは、魔導具師なのですか?」
拾えた言葉はそれぐらいだというような素振りをしてみたが、ムスタは笑うでも怒るでもなく「どうなんだろうなぁ」と視線を斜め上に向けた。
「魔導具師と名乗れるほどじゃあないんだよなぁ。ゼロからイチを作り出せるわけじゃあないし、今あるものを多少変えてどうにかするって感じだしな。結局、一番名乗りやすいのは冒険者なんだよね」
「六層に到達してるなんて、すごい冒険者ですよ」
「いやいやいやいや。リュマの面々が凄いだけよ。君もわかるでしょ、あの人たちの凄さ。俺なんか何もしなくても秒で全部終わるし、汗ひとつかかずに六層だよ」
謙遜と取るべきか、真実と取るべきか、ぼくは返答と顔作りに困った。
実際、ナクタたちはとてつもなく強かったし、危険を覚えることもなかった。ぼくもニーリアスも苦労という苦労もせず、ナクタまでも剣を手に取ることなく六層に到着してしまった。彼らが強いというのは事実であるし、汗ひとつかかずに六層に到達するというのも、あながち大袈裟とも言えない真実味がある。かといって、頷いてしまうのもムスタに失礼な気がする。
「あの人たちが本気出したら、ラクシャスコ・ガルブの踏破もすぐなんじゃないかって気がするけど、スピード踏破に興味がないみたいだからなぁ。災害でも発生すれば話は別なんだろうけど」
「災害が発生することありますか?」
「可能性はあろうだろうなぁ。『ベルティカル・コバズロの惨劇』を知らないか? 出入り口を塞げば魔物は出てこないだろうと封鎖したら、魔物が魔窟内で増え続け、弱肉強食の食物連鎖まで発生して、出口を求めた魔物が一気に溢れ出したみたいだ。周辺の集落はもちろん、都市と呼ばれるまで発展したところまで被害が出た言われている」
ラクシャスコ・ガルブが発生した時の話と似ているなと思った。突然現れた魔窟によってナムツェは消滅してしまったも同然となった。
「随分昔の話らしいから、それが教訓となって今のようになったんだろうけど」
「冒険者がいれば大丈夫ということですか?」
「詳しいことは、ナクタに聞いたほうがわかると思うけど、魔窟というのは踏破されると弱くなるらしい」
「弱い、というのは、魔物が弱くなるのですか?」
「魔窟という仕組みが弱体化するってことだな。最下層の魔窟主を倒すと、魔窟内の魔素がかなり減る、と聞いている。魔素が減ると、魔物が存在しにくくなるから数が減るし、五層より上にはなかなか湧きにくくなるようだな。さっき話に出た、ベルティカル・コバズロでは、三層までを魔物の飼育場として利用しているみたいだ。人間に有用な魔物を弱体化させて飼育しているんだと」
この世で一番怖いのは人間だ、というのは、こちらでも同じようだ。ただでは転ばないというか、逞しいといえばいいのか。後世に語られるほどの惨劇が起こった場所だとしても、人の手でコントロールしようとするのは、人間の性というものなのだろうか。
「ということは、そのベルなんとかコバズロの周辺には、今は集落があるのですか?」
「あるよ。大分発展した街がある。ベリアグズキってところで、織物産業が盛んなところだ。ベリアグズキ産の布は高級品で有名だしな」
焼き上がったロティをムスタに手渡しながら、飼育している魔物というのは繊維が取れるものなのだろうと想像した。羊や蚕に近しい生き物とか、綿や麻に似た植物だろうか。もっとファンタジックなユニコーンの立髪のような何かなのかもしれない。
ケルツェでは羊を飼っている家が多いし、その毛で衣服を作ることもある。しかし、前世で普通に売られていたナイロンやアクリルといった化学製品は見たことがない。単にケルツェが田舎すぎてぼくが知らないだけなのかもしれないが。
チラとムスタの衣服を見てみるが、素材に明るくないので、その素材が何でできているのかはわからなかった。けれど、魔窟にいるというのに汚れていないように感じる。そういえば、ナクタもニーリアスも、他の冒険者たちも、ぼくやナビンのように薄汚れた服は着ていない。地下にいる間に洗濯しているところはみたことがないので、特殊な布で作られているのかもしれない。魔法や魔導具があるのかもしれないが。
「ベリアグズキには行ったことがあるのですか?」
「いいや。最近は多少便利にはなったけど、行きにくい場所にあってね。四方を山脈に囲まれている広い盆地みたいな土地なんだ。自力で行こうとしたら、険しい山道を歩き通さなくてはならないから、なかなかにキツイよ」
「そんな土地のものが有名になるのですか?」
産業が盛んになるには、モノが売れなければならないだろう。モノを売るためには流通させなくてはならないが、そんな不便な場所にあるものをどうやって安定して流通させるのだろうか。
「そこはあれだ、『ベルティカル・コバズロの惨劇』が鍵でね。魔物の討伐のために編成された軍隊が乗り込んだこともあって、急速に街が作られたわけだ。街を作るにはいろんなものが必要になったけど、山脈に邪魔されて簡単に移動はできない。そこで頭がいい奴が考え出したのが、魔法陣による転送技術なんだなぁ。魔物が溢れ出すぐらいだから、盆地内の魔素が濃厚だったんだろうな。それで、モノの移動が楽になった、っていう背景があるわけだ」
話を聞きながら、背筋が寒くなった。そんな仕組みが作られてしまっては、ぼくたちの仕事は無くなってしまう。アーレトンスーの存在だけでも脅威だと思ったのに、転送技術となると前世よりも進んでいる。
「それで、織物を外に運べるんですか」
「それで、というか、それを下敷きにして、ってところだね。ベルティカル・コバズロは踏破された魔窟だから、魔素の力は弱まっているから当時の魔法陣は使えないんだ。遺跡になってるみたいだけど」
そう言われれば、そうだった。踏破後には、五層より上には魔物が湧きにくくなり、三層までを利用して魔物を飼育している、という話から、流通の話になったのだった。つい先程の会話だというのに、失業の恐怖が先に立ってしまった。
「では、どうやって外に?」
「最下層に転送の魔導具を設置したんだ。魔導具は魔法陣より効率的に魔素を活用できるから、魔素の濃度が低くなっても多少はなんとかなるんだ」
「では、最下層まで織物を運ぶんですか?」
「そうなるね。まあ、ベルティカル・コバズロは十七層が最下層だから、それほど深い魔窟じゃない」
「とはいっても、十二層は魔物が出るのでしょう?」
現状、ラクシャスコ・ガルブは六層までが探索されていて、七層からはあるということしかわかっていないような状態だ。それを考えると、十二層も下がるというのは大変なことに思える。
「直通で行けるようなフルグロや、通路には魔物除けの魔導具が設置されているらしいから、思っているよりは楽なのかもしれないな」
楽、だろうか。ぼくにはとても大変なことに思えるが、冒険者ともなればそれほどには感じないのかもしれない。
「うまく魔導具を使って自動化できればいいんじゃないかと思うけど、魔素の濃度が問題になるみたいなんだよなぁ。定期的に魔核を補充できるようにすればいいんじゃないかと思ったけど、魔核を溜めすぎるとそこから魔窟が発生する可能性もあるというし、試すにはリスクが大きいよなぁ」
ぶつぶつと呟き出したので、自分の考えに耽り出したようだ。
スープを啜りながら今の話を反芻して、この仕事も長くない業種なのかもしれないと思った。最先端の魔導具というものがどういうものなのか、何ができるのか、絶対にでけいないことはなんなのか、といったことはわからないが、少なくともモノの転送ができるという、超技術はあるということだ。魔素の安定供給という課題があるようだけれど、そこが解決していけば、人間が運ぶよりも早く、たくさんの量を運ぶことが可能になるだろう。
進化によって職業が消えていくのは、どこの世界でも同じなのかもしれない。なんとも世知辛いものだ。
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